「始めることは簡単だ、やめることも簡単だ、続けることがむつかしい」

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Meters/「The Meters」<JOS-4016>シールド
DJにはシールドは不要か?


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昨年10月に引き続き、DJ.Mさん来店との連絡があり倉庫からソウル系のLP2箱引っ張り出す。前回はオークション・リスト作成の追い込みで対応出来ずバイトのM君に委ね、今回も予定していた寺内タケシのコンサートで留守のためスタッフKさんに一任。出張買取(観光?)も多く留守がちですが、スタッフだけは30代から80代(今年米寿を迎える母)までの8人体制でシフト組んでおります。
ご安心を!(不安?)


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世界最高齢の中古レコード屋スタッフ     記者会見の席に向かうディラン       
ディラン初来日時プロモパネルの前で



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その昔Lさんからトレードで入手した  今回お買い上げのヤードバーズ/幻の10年(25000円也)
ドイツ盤の「抱きしめたい


  普段は比較的のんびりと余裕ある中古レコード稼業を満喫しておりますが、今年のゴールデン・ウイークでは(いったいいつの話だ)、新潟・埼玉・北海道・ドイツ・イギリス?と、ぽつりぽつり遠方からの来客がありました。GWの県外客はむしろ出戻り移転後の方が顕著な気がします。怖いもの見たさにも似たコレクターの「米屋幻想」とでも言いましょうか(笑)。ドイツのLさんとはジスボーイをオープンした頃からの縁。彼のことは以前コラムでも書きましたが、実に3年ぶりの来店。「とおい・・」とアクセスの悪さを嘆いておりました。いつかは来るぞと思っていましたが、彼の60‘sドーナツ盤への愛情は相変わらず健在で、それはそれは軽い嫉妬を覚えるほど。何とも不思議な人です。













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  さて、朋友の浜田和也さんが8年も継続している地元世羅町での「寺内タケシ&ブルージーンズ」コンサートに行ってまいりました。彼とは、30年近く前に組んでた広島ブルージーンズ時代にベンチャーズの世羅コンサートで知り合いました。その昔、地元テレビの「オタク拝見」という番組に、「レコード・オタク」として依頼のあった私の代わりに、寺内オタクとして出演してもらったこともありました。何年か前には、彼の「寺内追っかけ人生」が日本経済新聞の文化欄に大きく採り上げられたこともありました。当初は自費の赤字覚悟でスタートしたTBJコンサートでしたが、彼の類まれなる(危ないまでの)情熱で、今では世羅の風物詩と言ってもおかしくないほどの“高齢、いや恒例ロック・コンサート”に成長したわけです。

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「ツァラストラはかく語りき」イントロ~「テリーのテーマ」オープニングで華やかにスタートした『コンサート in 世羅2016』。「早く観に来ないと死んじゃうよ」の呼びかけも実にアッケラカンとして寺さんらしいのですが、このオープニングを耳にする度に感じる胸の鼓動は、毎年その高まりを増しているような気がします。MCのキレも相変わらず冴えていて、年季の入ったコンサートは終始“緊張&ほんわか”ムード。寺内タケシを師と仰ぐ超一流プレーヤー達のサポートも手伝って、コンサートは緩急自在に進行して行きます。終盤のハイライトは、「運命」と「津軽じょんがら節」。おそらく平均年齢60才を超えるであろう超満員の観客を前にした喜寿エレキストの熱演には、“圧巻”の二文字以外に言葉が見つかりません。最後にアンコールで「青春へのメッセージ」が始まるや、全員総立ちのトランス状態。この熱気に満ちた団塊フィーバーはいったい何なんだ。夢かうつつか幻か(ちょっとオーバー?)。先月参加したディラン名古屋コンサートとは異種の感動を味わわせていただきました。

これまでの音楽人生で実に多くのコンサートを経験して来たわけですが、最近は「円熟」という言葉がよぎるコンサートも多くなりました。でも寺さんの演奏には、不思議と「円熟」という言葉が似合いません。それは5才でギターを手にした時から77才の今日まで持ち続けている、「大好きなギターを弾きまくるエレキ少年」としての姿をそのプレイに投影しているからでしょうか。しかしながら、「ギター少年」であり続けるということがどんなに困難で大変なことか。今年デビュー55周年の寺内タケシ。ここに至るまでの、ファンの目には触れることのない鍛錬の積み重ね。同じことを無心に繰り返すエネルギー。それは単に「好きだから」だけで続けられることではなかったと思います。「好きであること」の深さ(純度)の違いとでも言いましょうか・・。

「ギターは弾かなきゃ音が出ない!」という有名な言葉と並んで、「始めることは簡単だ、やめることも簡単だ、続けることがむつかしい」という寺内語録があります。コンサート終了後にロビー・フロアーで開催されたサイン会。ファンの長蛇の列を前にストイックな表情でひたすらCDやグッズに向かう寺さんを見ながら、この言葉を誰よりも一番理解しているのは他ならぬ寺内タケシ本人であると確信したのでありました。














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広島ブルーシーンズ時代に、浜田さんの口添えで楽屋訪問した時のショット。
“名誉称号「ブルージーンズ」を使用することを許可する”という寺さんサイン入りの認定書もあったんですが、出て来なかった(コラ!)。ああ、24年前か~

アーカイブ職人

 いやはや何ともハッピーな気分であります。出張セール先の博多では、コアな日本盤研究をされてるKさんとお会いして「日本盤 ビートルズ図鑑」の構想を提案してみたり、「ビートルズと日本」出版記念イベント参加後の大村さんからどしどし届く新着情報に、どんだけビートルズなん?と嬉しい悲鳴。シンコー編集部の美馬さんを中心としたプロモーションの快走ぶりはお見事で、(元々細い目をさらに細めて)ただただ傍観しております。


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4月2日開催イベントレポート
http://www.shinko-music.co.jp/beatles50/report160402.html
4月3日開催イベントレポート
http://www.shinko-music.co.jp/beatles50/report160403.html

美馬さんブログ
http://blog.livedoor.jp/akikomima/archives/2016-04.html










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日本経済新聞(2016年4月12日夕刊)


 シンコーさんのプロモーションが功を奏してか、出版記念イベントのことが日経でとりあげられたようです。
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既存の書籍や記録は疑問点や矛盾が少なくないという。例えば日本での初アルバムの発売日。64年4月5日が定説だったが、今は同15日が有力だ(*1)。イベント当日、参加者の一人が、当時レコード会社に発売日を尋ねた往復はかきの返信(*2)を持参。「15日説を裏付ける資料。こんな風に間違いを正して後世に伝えたい」。大村は期待を膨らませる。50年前の滞在日程に合わせ6月29日~7月3日にも同様のイベントが開かれる(*3)。
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「ビ-トルズと日本」風な、欄外注釈
(*1)いつから有力?今でしょう!
(*2)“発売は四月十五日頃になりますが、曲目の強さでは世界一のものです。”との記述あり
(*3)これも行きたい

日本盤の発売日について日経がとりあげたことは大きいですね。来日50周年で盛り上がりをみせるビートルズ日本事象への関心。メーカー側もこれまでのように傍観しているわけにはいかないのではないでしょうか?この時期に「ビートルズと日本」が出版されたことの意義は、本当に計り知れないほど大きいです。











ロックは語れない
「ロックは語れない」(渋谷陽一著、新潮文庫、1988年)


 さてここで一つ、「アーカイブ職人」のお手並み紹介といきましょう。何がいいか・・。
たとえばここに一冊の対談集があります。これを使ってみましょう。
我が中学時代のクラスメート浜田君の登場です。


ビートルズだけしか愛せない


渋谷「ビートルズの登場って、僕らが小学校六年のころでしょ。」
浜田「俺はひとつ下だから、小学校四年か五年のときなんだ。」
渋谷「友だちが「抱きしめたい」のレコード持ってきて、「これがビートルズだよ」って言うの。なんか汚ネエナアとか思ったことしか覚えてない。」
浜田「「週刊平凡」かなんかに、小ちゃな写真が載っててね、四人写っているんで、姉に「どの人がビートルズか」って聞いたの(笑)。そしたら、四人いて複数だから“S”がつくんだと教えてくれた。それを今でもすごく覚えている。」



この話は省吾フリークにはよく知られた有名なエピソードですが、じゃあその“小っちゃな写真”がどんなものだったのか気になりますよね?浜田君も見てみたいでしょう。

菅田「浜田君が小学生の時に見たという「週刊平凡」のビートルズ記事って分かりますか?」
大村「63年はないから、おそらく64年のこの2枚のいずれかでしょう。」
と送られてきたのが以下の記事です。



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1964年2月27日号

これはリンゴがよく見えないからちょっと疑問・・



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1964年4月30日号(小学6年の春)

四人ハッキリと並んでいる。これだ!

ね~、凄いでしょ?


以上、職人技のほんの一部でも伝えることが出来たなら幸いです。今後「ローリング・ストーンズ日本史」や「キンクス日本史」が、この「大村式」手法でアーカイブされることもありでしょう(キンクスはほとんど作業が無駄になることを覚悟で!)。


最後に、「週刊平凡」の記事についての大村さんからの補足メールを。

「これ以外に、Iさん(イベントで菅田さんの隣に座られていた女性)に教えて頂いたのですが、63年に明星か平凡でビートルズの写真が載っていたはず、とのことです。私が見た範囲ではありませんでしたが、見落としなのか図書館に所蔵がなかったのか・・・。気になるのでいずれ再調査してみようと思っています。」
職人魂炸裂か?

何はともあれ、大村さんの書籍完成により、Iさん(武道館5公演全制覇されたレジェンド)のような方から情報が得られるルートが出来上がったことを何より嬉しく思います。

第10回福岡ディスク・カーニバル

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ディオン/「“ミリオン・ヒット”を歌う」<東芝Y-5003>の帯

 先日の東京出張買取でついにやっちゃいました、“帯のみ買い”。何年ぶりでしょう?中途半端な帯なしより、帯のみの方が高価買取のケースが多々あるのですが、これは簡単に本体とドッキング出来ないのが辛いところ。『ザ・ベスト・オブ・ザ・ビートルズ』や『ザ・ベスト・オブ・ザ・バーズ』ほどではありませんが、これはなかなのもんではないでしょうか?(『ザ・ベスト ~ 』の2枚は帯以前にジャケットの発見が先でしょうが!)当然本体とセットになっていたのですが、放出を渋られたためせめてもの「帯のみ買取」と相成った次第であります。いつか夢叶えたいです。






 さて今週は金曜日から博多でセールがあります。買ってばかりではいけません。売らないと。昨日と本日でダンボール44箱を発送。久しぶりに福岡に顔を出したいと思います。

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買取は続くよどこまでも

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 久方ぶりのブログです(いつものこと)。ここ最近、千葉・東京・愛媛・京都・福岡とそれなりにナイスな買取がありました。広島の珍百景ショップとして月・火曜日を定休日にしてのんびり行きたかったんですが、ネタもいろいろあるのにブログ書くヒマもない。ありがたい限りです。そんな状況でも、買取にひっかけて道後温泉の露天風呂や京都観光などもちゃっかり堪能してる(ヒマじゃん)。でも好きなんですね、レコードを買取するという行為が。そのあたりコレクターの方と似た部分がありますが、私の場合その高価買取したものをさらに売って行かないといけない。大変なんです。3月分のアナログ貴重盤アップしました。ねっ、分かるでしょ?かうはやすく、うるはかたし(買うは易く、売るは難し)。“かうはやすく、うるはたかし(買うは安く、売るは高し)”と読み間違えないで下さいね、念のため。(決して買うは易くもないんですが・・)






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「ビートルズと日本」(大村 亨 著、シンコーミュージック)

 やっとの幕開けです。著者のスタンスを分かり易く説明し、この書籍の本質を見事に言い当てたレビューがさっそくアマゾンに掲載されました。各レビューの振れ幅が大きいアマゾンではありますが、これは超一級の優れものです。本書のグレードと並ぶレビューが最初にアップされた必然といいましょうか。いやはや嬉しい限りです。(何も言うことないや)

  当ブログでも大村さんのデータ収集力の凄さはちょくちょく紹介してきましたが、一冊の音楽本としては予想を遥かに超えた情報量とインパクトに圧倒されつつも、これが膨大な大村ファイルのほんの一部を取り出して編集したものであることも忘れないで下さい。そのあたり、次回のグログでちょっぴり紹介させていただきます。明日早朝に出版記念のイベントに向かいます。そして明後日は東京で買取です。では、SEE YOU NEXT TIME!(いつのことやら)



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ちなみにこちらは展示されません。

帯はなくとも動転、ジャケはなくとも初見 ~バーズ日本盤LPに新発見

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これは新発見ではありません。


先週の土日、新宿で開催した「オークションもれセール」に行ってまいりました。オープン前は準備不足によるバタバタでいつもウエアハウスの戸田さんに迷惑かけてるんですが、今回は例年になく15分前に無事セット完了。その心がけの良さが功を奏したのか(?)、オープン10分前に突如携帯に電話が。

「菅田さん?知り合いがレコード売りたいらしいんだけど・・。」
以前レコード売って頂いたMさんからでした。千葉在住の元音楽業界人とのこと。60年代から音楽活動されてるMさんだけあって、さすが顔が広い。
「今ちょうど出張セールで東京にいるんですよ。凄いタイミングですね!」
「本当~?別に急がないけど電話してみてくれる?」
「もうすぐセールが始まるので、落ち着いたら電話してみます。」
「それじゃあ、よろしく!」

オープンと同時にコレクター軍団が猛ダッシュしてエサ箱に突入!!

~なんて光景は遥か昔のこと。そこそこ冷静に(かつ熱く)皆さん楽しんでチョイスされておりました。
30分ほどが経過し、取りあえず山を越したと判断((気が早い?)。買取の話が頭から離れず、ソワソワとして落ち着きません。店外の通路にそ~と出て、Mさんから紹介されたEさんに電話してみました。年齢やレコードの年代・枚数は申し分なし。帯は基本的にないとのことでしたが、国内アーティストものも多いようで期待に胸膨らむ。つい嬉しくなって、店内に戻るや
「やった~、明日業界盤の買取が決まった!」とガッツ・ポーズ。
エサ箱に向いていた常連さん一同、私の大きな声に驚いてほぼ同時に視線を“ターン、ターン、ターン”。






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セールが一段落してから後は、お店を出てお決りの「ディスク・ユニオン」近辺を散策。近くに宿をとっていた関係で、夕方からは買い物や音楽仲間達と居酒屋でワイワイ・ガヤガヤ。翌日に控えている買取のワクワク感も手伝って、終始上機嫌でした。





 翌朝は(夕方の飛行機を予約していたこともあり)早めにホテルを出て、朝10時には千葉のEさん宅に到着。リミットの16時まで、軽い昼食休憩をはさみ必死に(かつ談笑を交えつつ)選別し、サンプル裸盤LPの塊を除いてほぼ全部のレコード・チェックを完了しました。フゥ~。内容の良さに気を良くして(裸盤への期待もあって)、気持ち1割アップのキリのいい金額で無事買取商談成立。

以下戦利品の一部をご紹介。タイトルの「帯はなくとも動転」の意味がお分かりでしょ?和モノ・コレクターの皆さん。


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帯が付いてるのはほんの一部でしたが、この2枚が連番というのが何ともいい感じ。





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そして、帰宅後に裸盤の塊の中から見つけ出したのがこの1枚。「ジャケはなくとも初見」の内容に仰天でしょ、バーズ・コレクターの皆さん!(少ないか?)。





バーズの初回コロムビア盤は、以下の3枚がこれまでの定説でした。


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*バーズの日本盤デビューLPは、ディランのファーストに2ヶ月ほど先行した65年6月に発売された。続くセカンドを合わせた2枚だけがペラの独自ジャケとなっている。サードの『昨日より若く』<YS-824>でコロムビア盤の3枚は完結する。(「日本盤 60年代ロックLP図鑑」2006年、p98より抜粋)*宣伝1

 

この『ザ・ベスト~』はYS-973というレコード番号から判断して68年春あたりの発売(予定)であったと推測されますが、米国COLUMBIA盤の権利が国内でコロムビアからCBSソニー(68年夏に創業)に移行する直前の混乱により、企画だけはあったものの発売に至らなかったとも考えられます。タイトルから『ザ・ベスト・オブ・ザ・ビートルズ』<OP-7177>を連想するコレクターも多いでしょうが、はたしてジャケットは存在するのかしないのか。連鎖現象で『ザ・ベスト・オブ・ボブ・ディラン』<YS-9**>なんてのが出てきたら、それこそ大事件でしょう。ちなみに『ザ・ベスト・オブ・ザ・ビートルズ』の謎に言及した書物が、来月シンコーよりビートルズ来日50周年企画の一環で出版されます(推薦文書かせていただきました)。*宣伝2







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これらの裸盤シングルはしっかりとその場で評価しました。
都内の300円均一セール等にエルヴィスのESナンバーの裸盤シングルなどがたまに出たりするらしい。
裸盤は要注意ですぞ、コレクターの皆さん。

コレクター?それともファン?

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 オークション・リスト完成後の凪状態で、すっかり気分が緩んでおりました。気が付けば締め切りまで1週間もなし。そろそろビッド入力に本腰を入れて取り組まなければ。絶滅危惧形態リストと言いながらも、ジニアスM君が開発した当店のオークション対応システムだけは超一流。各顧客の入札を打ち込み、最終的に金額別入札リストから判断した落札決定を入力しさえすれば、その後は請求書やオークションもれレコードのプライス・カードまで自動印刷してくれるのです。一応非公開(ブラインド)オークションのプロといえばプロですので・・。







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 今更宣伝しても遅いのですが、いくらかピック・アップを。
今回は新し目の和ジャズと和パンクが目立ち、60年代当時ものではジョニー・アリディーと島倉千代子あたりでしょうか。
特にジョニー・アリディーのリアルタイム・コレクションはインパクトがあるようです。LPは基本的に帯が付いていないのですが、当時コンプリートを意識して集められたということの凄さですね。EPで何か一枚ないものがあったような気はしましたが、ジャケット群眺めていると情報も乏しい時代における熱量のようなものが伝わって来ます。「ロックンロールのレコードを集めるにあたって、みんなエルヴィスばかり注目していたので、あえてジョニー・アリディーに焦点を合わせた。」と言われていました。着眼点の勝利ですね。売っていただいてから気づいたのですが、60年代の音楽雑誌の福田一郎氏らを交えたポップス・ファンの座談会で、高校生の一人として参加しいろいろ語ってらっしゃる記事を拝見しました(ジョニー・アリディーには言及されてませんが)。さすが本物です。




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一方の島倉千代子ですが、一般的にはレコードとしてのコレクター需要は少ないのですが、デビュー当時からの大ファンで古いファンクラブ会員でもあった千葉県のKさん宅で買取。ちょうど東京のセールがあったついでに足を延ばし、千葉の自宅までお邪魔しました。ステージ生写真や各時代のコンサートパンフ、パネル、ポスターその他様々なファングッズが大量にありました。レコードもサイン入りの何と多いことか!私事で恐縮ですが、母親の育児日記に「いつも島倉千代子の「この世の花」ばかり歌っている」と書かれてあったのが記憶にあります。この曲が流行った3~4歳の頃によく歌ってたという割には本人はあまり覚えていないのですが、同じ“I Was Born In 1952”の浜田君がお姉さんの影響でエルヴィスやプラターズを耳にしていたのと違って田舎者の“昭和27年生まれ”ですから。哀愁を帯びた島倉の歌声には幾ばくかのノスタルジーも感じないわけではありません。




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サインといえばオフ・コース関係のレコードにもかなりサイン入りがありますが、鈴木康博のみというのがちょっと・・。「群衆の中で」や「おさらば」のシングルに関しては、よっぽどの鈴木ファンでなければかえってマイナスにならないとも限りません。







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さて、70年代ではクイーンとスプリングスティーンでしょうか(ちょっとレジロスも映っちゃいましたが)。
セットセールのスプリングスティーンは付属品が多く、一応ランダムではありますがアップしておきますのでコレクターの方は参考にして下さい。

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ちなみにこのプロモ・ブックレットのサインは印刷です(当たり前か)。

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プロモフォト(?)はLPの付属品とは限りませんので、あしからず。


以上あまり売り上げ的には貢献しないような宣伝でしたが、ヘヴィー・コレクターはサインとか関係ないアイテムの入札額の熟考を重ねられていることでしょう。その昔、ディープ・パープルの世界中のレコードを集めてるコレクター宅に伺ったことがあります。ディープな内容を拝見しながら、軽い気持ちで「サインとか、グッズ関係は集められないんですか?」と訊いてみました。それに対する一言にはドキっとしました。




「僕はファンではなく、コレクターですから。」









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ジョニー・キャッシュのSUNレーベル盤を見るたびに、
エルヴィスのSUNレーベル盤があればなあ・・と叶わぬ夢にため息を漏らすのです。




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その昔「悲しき~」邦題コレクターっていらっしゃいましたが、
レコード店専用ビートルズLPバッグ・コレクターっていないでしょうね?

人生を音楽に賭ける

謹賀新年
今年もよろしくお願いします。



さていつになくオークショナリー?な気分の正月を終え、何とか目途が立ってきました。予告通り、中旬当たりアップでしょうか・・。枚数は1600枚弱で昨年と比較すると100枚近く減っております。トータル枚数もさることながら、このネット全盛の世の中にあってどれだけオークションのセクションにリスト出来るかでしょう。今回のリストでも、以前なら確実にオークションだったのにセットセールに落ちてしまったものの何と多いことか。以下パラパラっと画像載っけておきます。




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当店が27年間継続している非公開レコード・オークション。かつて全盛期には全国の30店近くが広告を載せ、個人の通販業者を含めたら年間100種以上の紙リストは飛び交っていたでしょうか。普段他店のサイトを覗くようなことも少なくここ最近気付いたのですが、W店、F店、E店もとっくにやめてたようです。他にこの形態を継続している中古レコード店及び通販店は今ではV店・M店の2店のみ、という現実。正に絶滅危惧種ならぬ、絶滅危惧形態。そうした時代の流れにあえて逆らうかのような、アナログ盤売ってんだからアナログ・タッチの紙リストでもいいでしょう、という開き直り。「ネットであけっぴろげに競り合うのが嫌で、落札結果は参考にするが買うのはショップや紙リストで」というオールド・コレクターも意外と多いんです。そういうアナログ・コレクターと繋がっているという安心感。いつか一括処分のときは長年のお付き合いのよしみで是非とも当店で、というスケベ心。まあ現実はそんなに甘くはありませんが、今年も何とかこの形態でリスト出来そうなことに素直に感謝です。









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 昨年末、EIGHTの貞廣さんの紹介で広島パルコが発行する「QUATTRO PRESS」の取材を受けました。取材してくれたのは、同じ“I Was Born 1n 1952”のデザイナー・ドイちゃん(初対面で私のことをカンちゃんと呼ぶようになったフレンドリー・シップに答えて)。お気軽で自由気まま風なパーソナリティーに反して、実に素晴らしくも巧妙な文章力。感心しました。「タイムマシーンを操る、コレクター垂涎の音楽旅人」のタイトルだけでイっちゃってるでしょ?マガジン・タイムマシーンを採り上げた取材は3年前のNHK広島以来(というか二度目)。この時はテレビで実演までしました(バナナのたたき売りかよ)。


ドイちゃんの筆致は実にスムージィー。

“懐かしい音楽のことで長時間話すこともある。当人同士は見ず知らずだというのにね。きみも何度も経験があるように、やっぱりいつの時代も音楽は人と人を音速で近づけてくれるんだよね。これまでトライしたのは3万件!そこにはどんなドラマがあったのだろう。”

いや~、数え切れないほどのドラマと感動がありましたよ。それこそ1冊の本にできるほどの。(でも最近は歳のせいで、数え切れるまで記憶が減退しつつあるのですが)




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昨年末のホール・コンサート入館前のショット

 60過ぎる頃から近しい人との別れを経験することも多くなり、昨年あたりは寄る年波もあってか更年期的症状?を感じることも・・。そんな年回りに届いた浜田君の「光の糸」。最初PV見た時ダサくも感じたこの曲。しかしながらリピートし歌詞を吟味するうちに、そのダサさすら確信犯的に見えて来たのです。“残された僅かな時間の中で 焦らないで 緩まないで生きる”という言葉がどんなに心に響き、かつ前を向く力を与えてくれたことか。歌詞としての普遍性は感じますが、この曲は、人生の終末にくるぶしだけ差し込んでいるような60代にこそ深く届くのです。



ドイちゃんはこう結んでくれました。

“それにしても菅田さんって、音楽が好きなんだなあ。それもそのはず、ビートルズに魅せられ人生を音楽に賭けた人だから。”

ちょっと買いかぶり過ぎの感もありますが、素直に泣けました。自分のことって意外と自分では見えてないんです。でもこれまでの人生を振り返ってみたら、中1の時から半世紀もビートルズ、ビートルズって言ってるんですから・・。そんな単細胞な人生もそれはそれでいいんじゃないかと、このワン・センテンス読んで素直に思えたんですね。

お言葉甘受させていただきます。ドイちゃん、ありがとう!
 




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ドイちゃんが名付けた我が安芸津町にある「大芝島のモン・サン・ミシェル」。その島に、フランスのミュージシャンなど海外からの利用客が多いレンタル・コテージがあるなんて知らなかった。灯台もと暗し

小林克也のNo.1 RADIO

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先日RCCラジオのFM開局特番「小林克也のNo.1 RADIO」にちょっぴり出させていただきました。いや~感激しました。RCCさん、ありがとう!

私の話なんかどうでもいいんですが、一応ゲストということなので訊かれたことには精一杯答えました。余裕ありげに話しましたが、最初はかなり動揺してた気がします。小林克也という人物の音楽人(DJではなく)としての大きさは、稀有な音楽体験や豊かな感受性、変幻自在なまでの異文化との融合性などから育まれたものなのでしょうが、しっかりと凡人の目線に降りて心を開こうとするその誠実な人柄が痛いほど(かつ自然に)伝わって来て、何とも心地よい恍惚の15分間でありました。






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本当は私がインタビューしたかった。10代で「ハートブレイク・ホテル」に出会った時のこと。そのショックはその後どのように変貌を遂げ、今どのようなインスピレーションとなって自分の中に息づいているのか。


RCCから出演依頼があり、年齢調べたら1941年生まれと知ってぶったまげました(60代後半というイメージだったので)。「41年生まれ」でとっさに浮かんだのが、ジョン(40年)とポール(42年)の同世代であるという事実です。さらに「1955年に「ロック・アラウンド・ザ・クロック」を短波放送で聴き、翌年エルヴィスに目覚めた」と。これって正にジョンやポールと同じ体験を地球の反対側でしたわけです。しかも日本というまったく異なった土壌で。あの大滝詠一ですら同じエルヴィスに目覚めたのはそれから6年後のこと。私がビートルズと出会った10年後ですらまだ裸電球の時代だったわけですから、小林さんがラジオから聞こえて来たエルヴィスにショックを受けた風土的背景とのギャップは凄まじいものがあったと思います。






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番組の冒頭でも話されてましたが、「打ち合わせ」とかは苦手とのこと。今回のトークについても、ディレクターからはほとんど説明なし。生放送ですよね。大丈夫?とも思いましたが、「あなたにとっての人生のNo.1ソング」というお題に、初めて買ったレコード、ビートルズの「恋のアドバイス」を持参しました。

「四人の若者が海に遊びに行ったようなスナップショットに、赤と黄色のレタリングがされてて・・」と、私のレコードを見ながら小林さんがあの美声でジャケットの説明をされる。ジョンやポールと同時代にエルヴィスから同じショックを受けた人ですよ。たまりません。しかもこのジャケットが当時大,大,大好きで、ポールやジョージがしている同じベルトはないものかと探したりしました。





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高校生になって『四人はアイドル』のLPを買ったら裏面が同じショットになっていて狂喜乱舞。動く映像すらほとんど見たことのない時代。当時カラーコピーはないし、音楽雑誌等のグラビア情報も極端に少ない中、何とかこのジャケットを壁に飾りたいと考え、そして私のとった行動は・・






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凶器乱悔?(当時は音源至上主義でしたからジャケットは音には関係ない、と。いわんや帯においてをや)

40年後に帯付の図鑑を出版する人間がとった行動にはとても思えません。 はさみで裏ジャケだけ切り取るって意外と難しいんですよね。やってみてください。(やらないで!)実は当時の熱を伝えようとスタジオにも現物持参してたんですが、小林さんに見せなくてよかった。かなり動揺された(引かれた)と思います。

ビートルズにのめり込んだ理由について訊かれた時、中1のクラスに浜田省吾君がいたのが大きかったことを伝えるのをうっかり忘れてた。高1の時このLPを浜田君の家で一緒に聴いて、「ジョージの「アイ・ニード・ユー」も渋うてエエのう」と話したり、アコギで「アイル・ビー・バック」を歌ってくれたことなど話せば番組的にも盛り上がったのに(後の祭)。


 「米屋をしながらレコードを売るのは、“(他人を傷つけなければ)何をしたっていいんだ”という常識破りなビートルズ・スピリットを意識してるんです。」と話した時、小林さんの口から思わず「ワ~ァ」って言葉が出て、それが凄く自然で、本当に嬉しかった。さらに「(それを聞いて)僕が思いついたのが、ビートルズのマネージャーをしていたブライアン・エプスタインという男がいて、お父さんは大きな家具屋だったんだけど、その家具のわきにレコード売場や楽器売場みたいなのを任されてそれでビートルズと出会うことになるんですけど、お米屋さんでレコードって聞いて、僕はね、時代や場所は違うけど同じように好きなものを追求したっていう」と、昇天級のフォローをしていただきました。

番組の締めに、「菅田さんの人生のNo.1ソング!」の掛け声で「恋のアドバイス」を流していただきました。小林さんの「ハートブレイク・ホテル」に匹敵する私にとってのビートルズの曲は「抱きしめたい」なのですが、この瞬間から、「恋のアドバイス」が間違いなく私の「人生のNo.1ソング」になりました。





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赤面したのは私の方です。

ディス・ボーイ と ビートゥルズ

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毎年恒例、秋から初冬にかけてのオークション検盤作業に没頭しております。そんなさなか、2タイプの買取依頼がありました。一つはジャズ系全般で、当店のオークション・リストで使えそうなものとして70~80年代日本人(フリー・)ジャズがかなり含まれていました。もう一つは80年代日本のパンク・ハードコアをメインとしたもの。こちらも当店本命の60~70年代物ではなかったこともあり、オークション準備期間中の特殊事態を説明し着払いで送っていただくことにしました。届いたレコードをチェックしてみると、リストA(国内アーティスト編)に滑り込み出来そうなものがかなり多く狂喜乱舞(ちょとオーバー?)。出張して限られた時間内で査定出してたら、買取額は半分以下になってたかもしれません。本命でないコアなタイプのレコードの場合、余裕があれば案外着払いの方がいいかもしれませんね。とは言いつつ60年代ロック・ポップス系帯付100枚あれば、連絡あったその日(または翌日)に間違いなくあなたの家にいることでしょう(是非とも!)。共にかなりの緊張と集中力を要する音楽ではありますが、時に苦行僧的心情にも似た検盤になりつつ何とか無事チェック完了しました(年内公開に若干不安もよぎってきましたが、がんばります)。




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 送って来られたパンク・ハードコアのダンボールの宛名は「ディス・ボーイ」となっていたのですが、正解度の順列(⓵ジスボーイ②ジス・ボーイ③ディスボーイ④ディス・ボーイ⑤ナイス・ボーイ)からするとこれは第4級に属するわけであります。今回の場合「デス・ボーイ」と書かれてあったら、特別評価額1万円アップで対応出来たのですが、残念。
(冗談はともかく、レア盤多数でしっかり評価させていただきました)




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 ところで店名の「ジスボーイ」は、ビートルズのLP『No.5』<OR-7013>に収録された「This Boy」の邦題表記「ジス・ボーイ」を一塊りの昇華単語としたものです。「キングレコード」も「キング・レコード」ではなく、浜田君の事務所の「ロードアンドスカイ」も「ロード・アンド・スカイ」ではないのと同じ理屈ですね(本当に同じ理屈?)。要するに中黒「・」を省いてあるのですが、これがなかなかうまく伝わらない。ある出張セールで広告の店名表記を訊かれ、「まあどっちでもいいのですが(気恥ずかしさゆえの前置き)、出来るなら中黒の点を省いて下さい。」とお願いすると、「はい分かりました。」と納得され、

「ジス ボーイ」

としっかり「・」を省略されたこともありました。 ( くっつけてよ! )






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タートゥルズ/レット・ミー・ビー<東芝SR-1451>

 「ジス・ボーイ」は「ジス・イズ・ア・ペン」を連想し失笑を買うのでしょうが、「ビートルズ」だって英語圏の人はそうは発音しないと思います。むしろ「ビートゥルズ」が近いでしょう(「ジスボーイ」を笑うものは「ビートルズ」で笑われろ!?)。実際タートルズの日本盤シングルも、最初東芝から発売された時は「タートゥルズ」と表記されてました。キングレコードに発売権が移行してからは「タートルズ」で定着してしまうのですが、「ビートルズ」が64年のデビューから定着していた表記だったにも関わらず、同じ東芝盤なのに65年~6年に発売されたタートルズの3枚のシングルが「タートゥルズ」と表記された理由は何なのでしょう?解説者の朝妻一郎氏に是正意識があったのが・・(タイトルのみならず本文の解説でもタートゥルズと記載されています)。

私が初めて“ビートゥルズ”なる表現に出会ったのは10年近く前のこと。「60年代ロックLP図鑑」でビートルズのソニー・プレスに関して確認証言をいただいた、ソニー・ミュージック(当時)の岡部篤氏の感想メールでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この度は素晴らしいLP図鑑をお贈りいただき誠にありがとうございました
懐かしくて涙がでました、ビートゥルズは勿論 ハーマンズハーミッツ、デーブクラークファイブ等々
  (中略)
まさに私の原点であり、音楽の素晴らしさに目覚めたのもここにあります
この本がそのことを今、思い出させてくれました             
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回確認のためコピーを取り出して思わずウルっとなってしまったのですが(笑わないで)、当時のリアルタイマーでも「ビートルズ」という表現に抵抗があった人は少なからずいたのではないでしょうか?「TLES」を「トルズ」とする日本語表記はあまりに長すぎた歴史があり、今更動かしようがないのでしょう。岡部氏のメールを拝見した時「きどった表現をする人だな~」と感じてしまった(失礼)私の方が、冷静に考えればおかしいのですが。





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エルヴィス・プレスリーもデビュー盤の「忘れじのひと」<S-235>(SP)では「エルヴィス・プリースリー」となっています。ビル・ヘイリーもデビュー盤「ロック・アラウンド・ザ・クロック」<DE-329>(SP)は「ビル・ハイリー」。共に当時のシングル盤は未発見ですが(エルヴィスは盤のみ存在<ES-5035>)、2枚目からは完璧に「エルヴィス・プレスリー」「ビル・ヘイリー」で定着しています。早く間違いに気づいて良かったですね。



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その気でいこう」<SS-1818>               「エッジ・オブ・リアリティ」<SS-1860>
2枚ほど「エルヴィス」を「エルビス」と表記されたシングルがありますが、その他は完璧に「エルヴィス・プレスリー」です。

黒人音楽のBLUESも「ブルーズ」が正しいようですが、これも「ブルース」の歴史が長すぎてもはや動かしようがありません。もっともカタカナ英語の発音のこと言ってたらアニマルズなんて「エネモウズ」だろうし、いろいろ考えたら不可思議なアーティスト名(バンド名)表記は山ほどありそうな気がしてきました。まあ「ビートルズ」なんてまだましな方でしょう。そう考えたらこの疑問が鬼門に入ってしまいました、とさ。それだけの話でした。結論!?






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[小林克也の No.1 RADIO」という地元RCCラジオのFM開局特番にちょっぴり生出演することになりました。
4時間の生放送のほんの一部ですが、ビートルズとの出会い談義になりそうです。
(小林克也さんの発音する「ジスボーイ」楽しみ?) 

松島観光

Bハニーカムズ


 例年8月までのアナログ貴重盤ですが、変則的に洋楽のみに限定し「10月分」として47枚アップしました。






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新たな貴重盤の更新によって、古いアイテムもチェックされるきっかけになるのでしょうか。在庫の問い合わせのあったサム・クックのLP。予約が入ったので久しぶりに針を落としてみました。学生時代にお気に入りだった彼女はやっと16才(Only Sixteen)が沁みる。高校1年の時、浜田君が我が家に来て歌った「ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー」も収録。もっとも浜田君の歌はエリック・バードン調だったけど。「(あのころ)彼はやっと16才」なんちゃって。





 まいどまいどのご無沙汰です。浅草セールの会場で若いカップルに「ブログ読ませてもらってます。」と握手求められ気をよくしてたのですが、オークションの準備期間突入や60代の更年期突入(と言い訳しておこう)でついつい怠け癖が出てスルーしておりました。盛岡セールもまずまずの売上で、ちょっぴり青森まで足を延ばして買取したり、念願だった陸前高田にも寄ることが出来ました。帰りの飛行機(仙台→広島)ですが、夕方空港に着いてみたら何と大ポカして1日予約日を間違えていたことが発覚。ポッカリ空いた1日の元をとるべく、昔だったら中古屋を回ったりしたのでしょうが、そんな気力があろうはずもなく、お店が定休日だったこともありその夜は仙台で1泊し、翌日開き直って「松島観光」へと繰り出すことにしたのでありました。




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仙台駅前のパルコで廃盤セールの垂れ幕を発見。思わずそーっと顔を出す(恥を知れ)。


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牛タン屋を探してビル街さまよう。スナックから「J.ボーイ」のゆるい歌声が・・。
一瞬ドアを開こうとする誘惑にかられるも、やめた。


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翌朝はさっそく仙台駅構内の案内所に。観光案内のプロに相談


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仙石線の松島海岸駅に到着


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駅から徒歩5分。さすが絵になる風景が・・


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空の青さに誘われて、遊覧船に誘われる。


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船内から眺める島々も実に情緒あり


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ポールのコンサート会場に向かう道中で、
初めて目に飛び込んできた武道館の佇まいにそっくりの建物を見つけ
思わずパチリ!(考えすぎか?)


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その後遊覧船とのスペシャル3点セットだった「笹かまぼこの手焼き体験」と「焼き牡蠣」を食し、
日吉神社、瑞巌寺を巡って、ちょっぴり電車の時間もあったので駅前の「ILE CAFE」に立ち寄る。
お店に入るとキンクスの「I 've Gotta That Feeling」が流れて来て、思わずお姉さん(当然年下)に声かける。
「キンクスいいですねえ。CDですか?」
「そうです。」
「いいセンスしてますね。この時代のロックお好きなんですか?」
「はい。」
「でも当時はキンクス聴いてる人あまりいなかったんですよ。」
「そうなんでしょうね。」
おっ、おぬし話せるとみたり。トークにエンジンかけようとした時、
「いらっしゃいませ~!」
邪魔者、じゃなかったお客さん来店。
メニューに迷ってる。
電車の時間、刻々と迫る。
ちょっと待ったがダメだ。
ギヴ・アップ。
「ごちそうさまでした~」
「ありがとうございます。」

濃厚ジュースおいしかった。(濃厚な会話できなくておしかった。)


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予期せぬ一人旅。いいリフレッシュになりました。

旅するレコ-ドセラー(On The Road 2015 ~Last Finale)

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サンビル・レコード・CDセール(at 盛岡)


来週の25日(金)から27日(日)までの3日間、岩手に今年最後の出張セールです。28日は青森に買取遠征の予定もあり、ちょっとした長旅になります。のんびり夜は冷麺を食しつつも、以前買取でお世話になった陸前高田の音楽ファンとも再会したいと考えています。一ノ関の「ベイシー」にも足を運んでみたい。まあ、あまり欲張らないことですね。帰ってからはいよいよ本格的にオークションの準備にとりかかりますが、例年8月で終了のアナログ貴重盤も10月分としていくらかでもアップ出来ればと思っています。

















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浜田省吾/旅するソングライター

浜田君のツアー始まってます。
9月21日 岩手県民会館 大ホール
9月23日 リンクステーションホール青森
と残念ながら東北方面ではニア・ミスであります。
私は12月26日の広島に参加予定で~す。

昭和歌謡ポップスアルバムガイド1959-1979

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 告知遅れましたが、アナログ貴重盤7月分アップしております。

 暑いですね、毎日。またしてもすっかり間が空いてしまいました。7月は浅草のセールとかおもしろネタもいろいろあったのですが、うっかりデジカメ忘れてしまいまして、ガラケーで対処するほどの気力もなく3日間浅草界隈を散策しておりました。まあデジカメ持たすとたまに暴走したりしますので、ちょうどよかったかと。先月は外販でそこそこ売れたので(業界盤LP・CD・書籍等70箱近く買取しました)、今月はちょっぴり夏休み気分です。








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 先々週シンコーから郵便物が届き、何だろうと思って開封してみると「昭和歌謡ポップスアルバムガイド1959-1979」というアルバム(LP?)ガイド・ブックでした。「例の本か~」と気付くのに時間かかりましたよ。とっさにピンと来なかったのは、地味な印象の表紙デザインが原因だったようです。随分前にジャケット協力しておりました。難産でしたね。まあ資料性のあるレコード・レヴュー本で簡単に出来上がるものなんて大したことないですから(と生意気なこと言っております)。切り口も幅広くて、とても濃い内容だと思います。帯に「史上初!  ~ アルバム800枚以上を解説する、唯一無二の一冊!」と書かれていますが、確かに歌謡ポップスのアルバムに特化したガイド本って珍しい気がします。昔から感じてるんですが、60年代歌謡曲のペラ・ジャケLPの塊なんて、(仮に演歌系であろうとも)本当に買取したことないですねえ。60年代のLPは基本的に大人の買い物で、クラシックやジャズ・楽団物がほとんどです。歌謡曲は(本書にも書いてある通り)60年代ではシングル盤が主体で、アルバムがメインとして意識され始めたのは70年代以降のこと。60年代はLPも高価で、よっぽどお気に入りの歌手(グループ)でない限りアルバムで聴くという概念がまだ定着していなかった気がします。歌謡ポップスのペラ帯付業界盤がまとまって大量に出たりしたら、それは事件でしょうね。








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前回のオークションでトレード入荷した中尾ミエ/「ニュー・ヒットキット」<SJV-60> 帯付WANT!


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CD化されたミッチー・サハラ「聞いてよ お願い」<DSKA-31>
キングレコードから昨年帯付LPの画像Wantありましたが案内出来ませんでした。帯付見たことないです。(帯画像の入手は無理だったようですが、今年になってディスクユニオンからCD化されました。)


 こんなジャケット見てるとトライしてみたくなりますね、「60年代ロック・ポップスLP図鑑(邦楽編)」。ロカビリー、歌謡ポップス、GS、昭和40年代フォーク&ロックの帯付図鑑。やり甲斐は十二分にありますが、大変そう。




ジョニー・ティロットソン、エディー・ホッジスMH-24

この手の帯付がまとまってリアルタイマーから入った時、思わず夢想してしまいました、「オールディーズLP図鑑」。でもとりあえず直近で可能性あるのは「ミコ・レコード図鑑」あたりでしょうか?来月10年ぶりぐらいに盛岡の出張セールも決まったことだし、ミコ・フリークの高橋(克彦)さんに提案してみるのもいいかも。でもこんな気力が継続出来るのって、あと何年だろう(そっちの方が問題だ)。








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 「昭和歌謡ポップスアルバムガイド」のレコード番号表記で気付いたことを1点ほど指摘させていただきます。東芝のレコード番号で、10インチ(25cm)盤が「JPO」となっていますが、これは「JPO」(ジェー・ピー・オー)ではなく「JP0」(ジェー・ピー・「ぜろ」)が正しいと思います。要するに10インチ盤の「0」です。洋楽の10インチ盤で0LPというのもありますが、同じく(オー・エル・ピー)ではなくこれも(「ぜろ」エル・ピー)ですね。12インチ(30cm)盤LPが「2LP」(これも(じゅう)「に」・エル・ピーでツー・エル・ピーではありません)、シングル盤(7インチ)が7P(「なな」ピー)となっているのと同じ理屈です。意外と知ってる人少ないようで、かく言う私もほんの5年ほど前に気付きました。何たって半世紀以上も前のレコード規格番号ですから無理もないですが。


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目録の「■LP 25cm」の番号表から、「OW-1000」(オー・ダブリュ)と「0LP-1」「JP0-1000」の字体が違うのがハッキリとお分かりでしょう。


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帯の表記は一見するとJPO(オー)に見えそうですが、下部の価格¥1,OOOの「O」と字体が一致しているのが確認出来ます。
シングル化していない「おでこにキッス」(ルック・チョコの歌)や歌謡バラードの名曲「そっと一人に」を収録したこのアルバム「弘田三枝子 ヒット・キット・パレード VOL.3」も、是非ともガイド本で紹介していただきたかった。


レコードで音楽を愛す

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明日から2週連続の出張セールが始まります。

7/10 (金)~12(日) 全日本レコードCDサマーカーニバル大阪 大阪 梅田アクトスリーホール 2F
7/18(土)~20(月) 全日本レコードCDサマーカーニバル東京 東京 (浅草)産業貿易センター 7F



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NHK「クローズ・アップ現代」の“あなたは音楽をどう愛す? ~新・配信ビジネスの衝撃~”という特集で、ストリーミングと呼ばれる音楽の新たな配信サービスを紹介していました。月々僅か1,000円程度でネット上の数百万曲を自由に聴くことができる画期的なサービスとのこと。低価格で無数の音楽に触れることも便利でいいですけど、1枚のアルバム(1曲)をとことん掘り下げて聴くことから得られるものもデカいですけどね。



あなたは音楽をどう愛す?
セール会場でレコードに群がる音楽フリーク達の答えはひとつ。



私はレコードで音楽を愛します









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柏村さん、デカイのは器だけではなかった・・。


 先週3日の金曜日に、広島FM「柏村武昭のだんRUNラジオ」にゲストで呼んでいただきました。柏村さんは覚えてらっしゃらないでしょうが、ジスボーイを21年前にオープンした時に、広島テレビの「テレビ宣言」で紹介していただいたんですね。その節はお世話になりました。お店が20年以上も続くなんてとても予想されてなかったと思います。柏村さん、ビートルズ来日の1966年にRCCラジオに入社されただけあって、さすが年季が違います。ビートルズ・ファンが当時クラスにどのぐらいいたと思うかとの私の質問に「10人」とアシスタントの石丸さんが答えたのに対し、柏村さん、「2~3人じゃあないの?僕には分かります。ビートルズは嫌いじゃあなかったけど、たくさんいたバンドの一つだと感じてました。」とキッパリ。その通り。神格化されたのは解散後のことですからね。

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『全国有名ディスク・ジョッキーが選んだゴールデン・ヒット・ダブル・デラックス』<キングSL-143~4>1970年
プロコル・ハルムの「青い影」に始まり、トーケンズとカービー・ストーン・フォーの「ビートでジャンプ」で締めるという渋い選曲の2枚組。同じキングなのに「テル・ミー」はストーンズではなくアンドリュー・オールダム・オーケストラのヴァージョン収録というセンスがニクイ!


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有名DJの紹介では福田一郎、八木誠、北山修、糸居五郎、亀淵昭信の各氏が・・。

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柏村さん登場!(「世界のジャンプ・ポップス」「ビクター・ミュージック・ホリデー」)
右下が当時私の憧れだった南海放送の門田洋子さん。(「夜のバラード」「電話いそげポピュラー・タイム」)



本番前の柏村さんの一言には、さすが!と唸ってしまいました。

「レコードは帯が付くと価値が上がるけど、OOは帯を外すと価値が上がる。」
OOはご自由にあなたのセンスで!

アナログ貴重盤6月分アップ

エルヴィス


アナログ貴重盤6月分アップしました。
来月は出張セールが大阪・東京と2件ありますので、残ったものについてはいくらか持参しようと思っています。


(邦楽シングル)
小坂一也/守屋 浩 無敵のライフルマン/われらのライフルマン コロムビア SA-552 E+ E+ 1961年,ウラRW小,中央△中 4800
雪村いづみ “はるかなる山の呼び声”EP 想ひ出のワルツ 他全4曲 ビクター EV-2001E+ E 45回転EP,1955年?,右上下◎各3㎝,ウラしみ中 3800

松島トモ子 白い色が好きな娘/バラひと枝と友だち二人 東宝 AS-1088 400 E+ E+ サイン入り 8800

フィフィ・ザ・フリー 栄光の朝/戦争は知らない コロムビア Z-1 - 400 M- M- 6800

ローザ三宅 お友だちの恋人/浦島太郎 グラモフォン SDP-2029 400 M- E+ 右下△・ウラ■極小,ウラ▲小 3800


GEMシンガーズ,富山 敬 他,音楽:山下毅雄 ゛佐武と市捕物控”ソノシート1枚 佐武と市 全1曲1話 朝日ソノラマ P-20 330 M- M 左上△極小 4800

(邦楽 LP) 
平尾昌章とオールスターズ・ワゴン マーチャン大いに歌う 東京キング LKF-1017 1000 E+ E; 10インチ盤,PJ,ウラRW中(ジャケ表はM-) 15000

アイ・ジョージ,坂本スミ子,古谷 充とザ・フレッシュメン 他 ドドンパ禁止(実はドドンパ万歳!) テイチク NL-1165 1000 E E 10インチ盤,PJ,折りたたみジャケ(ウラ左3分の1),ジャケット・デザイン(タイトル解説):永 六輔,アイ・ジョージ「モーニン」・坂本スミ子のバップスキャット「ブルース・マーチ」収録,背はがれ小,左下△・レーベル▲中 9800

ジミー時田とマウンテン・プレイボーイズ ハンクの肖像 東京キング LKF-1260 1000 M- E+ 10インチ盤,PJ 4800

津々美 洋とオールスターズ・ワゴン,ヴォーカル:伊藤照子(2曲) ツイストで踊ろう 東京キング SKF-83 1300 M- E 10インチ盤,PJ,上サイドにスレ中 18000

北山 修,加藤和彦,ニュー・シング・アウト,吉田峰子,ロック・キャンディーズ 他 ヤング・ジャパン国際親善演奏旅行 東芝 ETP-9401 023-00 M- M- 帯付(M-,両掛け帯,右下◎極小,しみ小),カートン・ボックス・ジャケ,表ウラにスレ・内しみ小 3800

蜂蜜ぱい,小坂 忠+ホージョハーフ,ごまのはえ,あがた森魚 他 春一番コンサート・ライブ キング OFW-1~2 030-00 M M 帯付(M),2枚組,専用内袋入り(M),歌詞カードなし 4800

坪井令夫と脇田 薫 他 CBCビップ・ヤング/CBCヤング・リクエスト 東芝 TP-7538 1500 E+ M- サンプル盤,上下サイドにスレ中 3800

休みの国 休みの国 SMS SM20-4140 2000 M- M 帯付(M-,右下◎小,右サイド△・ウラにスレ小),サンプル盤,右上■(見本)小,表RW・ウラしみ小 3800ノラ Vol.1 キャニオン AV-3004 1800 E+ M- 帯付(M-,ウラしみ小),サイドにスレ中 4800

成毛シゲル,フェイスレス・ピープル イエロー・リバー CBSソニー SONP-50257 1800 E+ E ウラしみ小,背スレ中,下◎4cm 5800

柳田ヒロ HIRO URC URG-4017 M- M- 写真集付(E+),ウラ右下■(URC\2100)小,右下△極小,下サイドにスレ・内ウラしみ小,歌詞カードなし 15000

山本 剛トリオ ミスティ スリー・ブラインド・マイス TBM-30 023-00 M- E+ 帯付(M-,ウラ△小),表RW小,ライナーなし 9800

杉本喜代志クインテット ライブ エレック KV-102 1900 E+ E+ ウラRW極小,サイドにスレ・内上□はがれ小,下◎□10cm,ライナーなし 4800

ティン・パン・アレー ソウル・サンバ/ホリデイ・イン・ブラジル ~ノリオ・マエダ・ミーツ・ティン・パン・アレー クラウン GW-4031 023-00 M M- 帯付(M),ライナー(M-) 3800



(洋楽シングル)
アダム・フェイス 悲しきは恋の日/素敵な恋を 東芝 HM-1178 330 M- M- 右下△・内ウラしみ極小 6800

スキーター・デイヴィス 恋はいじわる/ママと500マイル ビクター SS-1392 330 M- E+ 右下△・ウラRW小 6800

ミラクルズ ミッキーズ・モンキー/リアリー・ゴット・ア・ホールド・オン・ミー ビクター JET-1861 400 M- M- NC 6800

ファイヴ・ステアステップス・アンド・キュービー ステイ・クローズ・トゥ・ミー/アイ・メイド・ア・ミステイク コロムビア LL-2221 400 M M- 3800

シュープリームス “涙のお願い” EP キューピッド 他全4曲 ビクター SJET-318 500 M- E+ ウラ日焼け小 4800

ドアーズ ラブ・ミー・トゥー・タイムス/ムーンライト・ドライブ ビクター JET-1816 370 E+ E+ ウラ▲小,ウラしみ中 9800

ボブ・ディラン 窓からはいだせ/ハイウェイ61 コロムビア LL-882 370 M- M- 左下△・ウラRWしみ小 58000

ビートルズ “ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!” EP 恋する二人 他全4曲 東芝 AP-4573 600 M M- 帯付(M-,右上◎1.5㎝),赤盤,PM:1E?,歌詞カード(E+,左上△小) 15000

ポール・マッカートニー&ウイングス 007 死ぬのは奴らだ/アイ・ライ・アラウンド 東芝 EAR-10401 500 M- M- 赤盤 3800

ピンク・フロイド ナイルの歌/モア主題 東芝 OR-2716 400 E+ M- 右下■(\500)小,左上▲小,左下△・ウラRW中 7800


(洋楽 LP)
エルヴィス・プレスリー プレスリーとのデイト ビクター RA-5182 1500 M- M- 帯付(E,中央△中),P
J,背◎小 48000

ロイ・オービソン おお,プリティ・ウーマン キング MH-193 1500 M M 帯付(M),PJ 25000

セルジュ・ゲーンスブール 俺と女たち フォノグラム FDX-248 025-00 E+ M- 帯付(E,中央△中),左下△極小,右上△小,サイドにスレ中,背ヒビ上下各5cm 6800

ヘレン・シャピロ ゴールデン・ヒットとシャピロ コロムビア YS-3029 2000 M- M- 帯付(M),PJ,PH,右上下△極小,表ひっかき極小,背◎スレ小 23000

ドアーズ ゴールデン・ドアーズ」第2集 ビクター SWG-7188 1950 M- M 帯付(M-,ウラしみ極小,上下△小),サンプル盤,内しみ極小 33000

グループ・セラピイ グループ・セラピイ ビクター SHP-6032 1800 M M- 帯付(M-,ウラしみ極小),歌詞カードなし 12000

ビートルズ イエロー・サブマリン 東芝 AP-8610 2000 M- M- 帯付(E+,表しみ極小,ウラしみ中),赤盤,PM:9E?,ウラしみ小 ,盤にライン1本あり(4cm) 12000

リンゴ・スター スタンダード・コレクション 東芝 AP-8948 2000 M- M 帯付(M-,丸帯,ウラ中央ゴム印(日付)小),ソニー・プレス,PM:FS5,歌詞カードにゴム印(日付)小,ウラ左下△極小 8800

ジョン・メイオール 前進 グラモフォン MP-1457 1750 M M- 帯付(M-,下WD(つっぱり)小) 6800

トゥリーズ オン・ザ・ショア CBSソニー EPIA-53017 2000 M- M- サンプル盤,しみ極小,ウラ左下△極小,下サイドにスレ小 18000

ビートルズ音源上陸はアメリカより日本が先だった!?

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2年前に発売された8枚組CD『ビートルズとトニー・シェリダン/シングル・ボックス』<UICY-5100~8> 
このセットに日本盤ディスコグラフィーが掲載されずライナーにも発売月しか書かれてないのは、
決して手抜きではなく解説者である犬伏功氏の良心だと解釈してます。考えすぎかもしれませんが、
その判断は大正解です。月報でハッキリ明記されてる定説の間違いだけでも4~5枚ありますから。
セットに収録された「スイート・ジョージア・ブラウン」音源集は嬉しかった。
大好きです!トニー・シェリダンのボーカル(そっちかよ)



 先日プレスマークの発見者でもある柳生高志さんから、ビートルズの日本盤における初音源となる「マイ・ボニー・ツイスト」<DP-1264>の発売日を決定づけるグラモフォン月報(1962年5月号)の画像が送られて来ました。これによって、これまで一般的に定説とされていた“1962年5月1日”のインガム説がくつがえされ、“1962年4月20日”が真説としてほぼ確定されました。この検証ブログ(一瞬「懸賞ブログ」と誤って変換しそうになり、ユニバーサルから発売日確定の賞金100万円を贈られる光景が頭をよぎる(笑))、スタートしたのが「ビートルズ日本盤音源デビュー50周年記念日(仮)」とした2012年5月1日のことでした。実に3年の歳月が経過したわけです。(しぶとい!)


 前回の検証⑤(2012年7月10日)で、最後に以下のように結んでいます。

“現物を持ち合わせていないため確認には至っていませんが、「マイ・ボニー・ツイスト」はおそらく62年5月号の月報に記載されていると思います。「マイ・ボニー・ツイスト」が臨発であったなら月報に発売日の記述があると思われ、それですべて“問題解決”ということです。ただ臨発でなければ月報にも発売日の記述はなく、それに代わる確たる資料が出て来ない限り「62年5月1日?」とクエスチョン・マーク付きで表記せざるをえないということになるのでしょう。いずれにせよ香月本出版から33年にして、やっとグラモフォン盤発売日の真偽が問題提示されるということです。”

この締めの言葉を読み返せば、今回の月報確認に至った3年という歳月が意外と短く感じられるから不思議です。






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ジスボーイをオープンする前の「かんだレコード・リストNO.10(海外アーティスト編)」で
表紙を飾った「マイ・ボニー・ツイスト」<DP-1254>



 これまでの経緯振り返ってみますね。5月1日のブログをイントロとして、
検証①(5月19日)では定説であるインガム説の影に隠れていた「ビートルズ・アーリー・デイズ」の椎名説(4月21日)を紹介。

検証②(6月3日)で以下3点のポイントを整理しています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
●1963年度版の「グラモフォン番号別総目録」には“62年5月”とのみ記載(64年度版では廃盤)
●初めて発表されたインガム本(ピーター・インガム著「ザ・ビートルズ日本盤ディスコグラフィ」1986年、シンコー・ミュージック刊)には“62年5月1日”と記載
●9枚組シングル・セット「ビートルズ・アーリー・デイズ」(1986年、ビートルズ・レコード・クラブ発行)に封入された椎名まさし氏の解説には“62年4月21日”と記載
要するにレコード会社の目録には発売日が書かれておらず、記載された2件の発売日は食い違い、共にソースが不明ということなのです。
                         (検証②より抜粋)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
併せてグラモフォンの年鑑目録には、昭和40年代ですら発売日が基本的に明記されていないことも指摘しています。

検証③(6月6日)では、おおまかな発売基準日を月報から推測しています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(グラモフォン)         ( 東芝 )
? ~64年 1日・20日    ? ~65年 10日・20日
65~69年 5日・15日    66~67年  5日・15日
                   68~69年  1日・10日
70~  ? 1日・10日    70~72年  5日・25日
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
併せて香月氏の「グラモフォン1日・21日基準発売日説」に疑問を投げかけています。

検証④(6月17日)では、当時の月報に記載されている発売日から判断し、「香月氏が新譜基準日の“20日”を単純に“21日と間違って振り分けたのでは」と推測。21日説をそのまま引用した椎名説の信憑性を疑問視し、インガム氏が“5月1日”とした根拠の究明をはかるべく旧日本ポピュラー音楽学会会長でインガム本の監修者でもある三井徹氏に連絡を取っています。

検証⑤(7月10日)では、三井氏を介したピーター・インガム氏からの回答を紹介。結局、5月1日とした明確な根拠は見つかりませんでした。







katsuki_20150623102312244.jpg → ingham (1)  ingham (2)
グラモ盤1日と21日             5月1日               4月21日   

“5月1日”“4月21日”の両説に対する、現段階での私なりの認識はこうです。
「両説が同じ86年9月に発表されていることから判断してソースは共に香月本(79年)しか思い当たらず、グラモフォン年間総目録記載の“62年5月”の解釈が、香月本記載のグラモフォン盤発売日(1日・21日)から引用したインガム氏(1日)と椎名氏(21日)で分かれた。」
いかがでしょう?






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グラモフォン月報1962年5月号

 さて本題の柳生さんからのメールですが、非常に的確な内容なのでそのまま紹介します。

「漸くグラモフォンの月報62年5月号を入手しました。DP-1254は「今月の45回転」というページに掲載されていますが、案の定日付は明記されていません。が、特に明記されていないということは、「普通に62年5月新譜」なのだということを意味すると思います。(臨発とか特殊発売日ではなく、月遅れ掲載でもない、レギュラー新譜)


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この月のシングルの一押しは「鍛冶屋のルンバ」(ウーゴー・ブランコ)だったようで、15行に及ぶコメントが書かれています。一方「マイ・ボニー・ツイスト」は最後尾という位置づけで、コメントも「ヨーロッパのツイストの決定盤です。」で終わり。「まぁ、出してみるか」といった感じがありありと窺え、
あわてて臨発で出すようなものとは考えていなかったと思われます。


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このレコードが「マイ・ボニー・ツイスト」だったら
5月1日確定だったのに・・。



同月の他ページや周辺月の様子を見ると、当時の発売日は20日がメインらしく、
1日や10日というのもチラホラ(臨発中心で、この場合日付が明記されている)
という感じです。21日というのはありません。

以上整理すると、
4月20日の可能性が大
5月1日の可能性は少しあり
4月21日はまずなさそう
ということになるかと思います。」





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     発売日確認ソース5点公開                *発売日には諸説あり

 5月号の月報には、「マイ・ボニー・ツイスト」は“今月の45回転”として新譜欄に掲載されていたため当然のことながら“4月20日発売”は明記されてはいなかったものの、他ページに“5月1日臨発”表記のレコードも掲載されていることから4月20日発売は間違いないでしょう。当時の新聞その他の具体的資料が出て來ない限り100%断定するものではありませんが、日本デビューLP『ビートルズ!』の“64年4月15日”発売を裏付ける具体的記述5点(東芝月報、東京新聞、電波新聞、ポップス、平凡パンチ)を発表したレココレ(2014年2月号)の記事をしても「*発売日には諸説あり」の一言で片づけられている現状を思えば、仮に裏付け資料が出て来てもその先にある無念さのようなものを想像してしまうのですが、まずはこれで十分としましょう(諦観)。別にエラそうなことを言うつもりは毛頭ありませんが、「ビートルズ・レコーディング・セッション」におけるマーク・ルーイソン氏の緻密アプローチからすれば、62~4年におけるビートルズ日本盤発売日に対する国内認識は非常にお粗末な実態と言えるでしょう。(やっぱりエラっそう?)


 今回の資料を基にウィキペディアも発売日修正しておきましたので、反論のある方よろしくお願いします。また再発盤「マイ・ボニー」<DP-1351>が「マイ・ボニー・ツイスト」と同一音源と書かれてあったので、併せてこれも修正しておきました。「マイ・ボニー・ツイスト」のイントロはドイツ語イントロで、「マイ・ボニー」は英語イントロです。ついでながら再発盤の発売日も「64年4月21日」を「4月20日」に修正(リソース:グラモフォン月報1964年5月号)しておきました。Wiki修正によってNHKがサザンの特別番組で“4月15日発売”の真説を採用するというようなことが起こりましたので、まんざら意味がないことでもないと考えています。








ep_20150622213405bae.jpg      decca_20150622224353906.jpg
“Mister Twist”EP<France Polydor 21914>   My Bonnie / The Saints<US Decca31382>


 いろいろと長々と書いて来ましたが、結局は「ヒマ人の真実ゲーム」なのかもしれません。でもビートルズの歴史ですから、これはちょっと譲れません。万が一「4月20日発売」を100%確証するものが発見されれば、同じ62年4月発売のフランスEP盤やアメリカ盤シングル「My Bonnie」(4月23日発売が有力)より早く発売された可能性も出てきます。それは、ドイツ語イントロ音源が本国ドイツ盤に次いで初めて他国で発売されたのが日本ということになり、さらにはアメリカより先に日本でビートルズ音源が発売されたことを意味します。凄いことです。今後も“4月20日記述資料発掘の旅”続けます。(楽しい)







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1962年4月「ファンクラブ・ナイト」(キャヴァン)のステージ

 最後に三井徹氏からいただいたメール紹介しておきます(ちょっとインパクトあります)。

「(マイ・ボニー)は(ユー・アー・マイ・サンシャイン)と並んで、1950年代末から1960年代初めにかけて、自分がバンド活動のときに歌っていた記憶があり、となると、地球のこちらでシェリダンと関心を共有していたことになります。1962年にはバンド活動から離れて久しかったと思い出しつつ、62年4月からしばらくの日記を取り出しましたが、やはり(マイ・ボニー)への言及はありませんでした。そこで当時のライターはと思案すると、 (中略)  福田一郎さんはまめな方の印象があります。(寄贈された金沢工業大学のポピュラー・ミュージック・ライブラリーに)1962年日本盤(マイ・ボニー)の見本盤が届いた日が、メモされているかもしれませんね。」



(追記)7月2日
USA盤Decca31382の発売日としてWikiに記述されてる「1962年4月11日」は、
「OFFICIAL PRICE GUIDE TO THE BEATLES RECORDS AND MEMORABILIA SECOND EDITION by Perry Cox(1999)」
の「Scheduled release date 4-11-62」(予定発売日?)から引用されてる可能性が大で、定説の4月23日が正しいと思われます。

新しい花

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坂口恭平/「新しい花」<土曜社zhtsss-0001>


愛とは、
育てなくてはいけない
花のようなもの。


- ジョン・レノン 



ジャケット写真(by 石川直樹)がとにかく素晴らしい。いくら見てても飽きない。主夫生活をしてた頃のジョンとショーンだって、こんないい写真はなかった気がする。

坂口君は自分の音楽を素人音楽と言うけれど、エルヴィスだってビートルズだってスタートは完璧な素人ミュージシャンであり素人音楽集団だった。その内に秘めたエネルギーとセンスが世界を変えたわけだ。ビートルズなんて、言ってしまえば「そのアマチュアリズムにこそ音楽的魅力の本質が隠されている」とさえ思っている。坂口君はそのエネルギーがあまりに多ジャンルに渡っていることで、結果的に素人音楽をキープし続けているだけの話。というかその形がナチュラルなのである。それなりのプロデューサーとバック・ミュージシャンが付けば、坂口君のセンスをもってすれば簡単にクロート音楽なんて作れますよ。
その方法をとらないだけのこと。初期のディランのように。(おいおい、という坂口君の声が聞こえる)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


MANの音源を初めて聴いたのは10年近く前のこと。そこに収録されてた「あのこえ」を聴いて感じたのは、坂口君のセンスもさることながらフーちゃんの大貫妙子っぽい知的ボーカル(と感じた)との絶妙なからみでした。今回のアルバムでは何と数曲のソロも聴けます。風遊感(シャレ)漂うその歌声には心底癒されるものの、坂口恭平のパートナーとしての風格も感じさせます。秋にはソロ・アルバムも企画しているとか。タイトルは『ヨーコの芸術』にならって『フーの芸術』としますか?(却下)








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プロモーション?兼ねたミニ・ライヴ動画では「魔子よ魔子よ」のデュオが観れ(聴け?)、思わずMAN時代の感覚を思い出して嬉しくなってしまいました(9分あたりから。坂口君、何か初期キャロル時代のエーちゃんみたい)。













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エマージェンシー/999登場』<GP-585>

「999。それはイギリスに於ける緊急用テレフォン・ナンバー。何かコトが起こったら、ダイヤル999を回せばいい。そうすりゃ、この4人のパンキッシュな若者がきみのカオスを解決してくれるかもしれない。 大貫憲章」

999(ナイン・ナイン・ナイン)のアルバム解説冒頭にこんな記述見つけて、思わず坂口君の「いのちの電話」を連想してしまった。決して妥協することなく、こんな大変なこと3年も続けてるなんて・・・。感服。





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坂口君もズーム・イン・服的には999に負けてない。

アナログ貴重盤2015年5月分アップ

badscene.jpg エディ・ホウルマン


お待たせしました。やっとこさ、5月分をアッフしました。
今月末には6月分も引き続きアップの予定です。
お申し込みはこちらのサイトから。


( 邦楽 )
シングル 山下敬二郎 敬ちゃんのジングル・ベル/ブルー・クリスマス 東京芝浦 JP-5017 300 E- E- レーベル氏名印極小,ウラ氏名印・ゴム印小,左下△・右◇小,右サイド△しわ多 (88000)売値

シングル 伊藤素道とリリオ・リズム・エアーズ  悲しき恋の物語/こげよマイケル キング EB-7069 300 M E+   (4800)

シングル アンディ・藤本 サヨナラ・セニョリータ/マンデイ・マンデイ テイチク US-554 370 M- E+ サンプル盤  (3800)

シングル 森山加代子 赤い墓標/コタンの初恋 東芝 TR-1073 290 E- M- 右下△・ウラしみ小,左△中 (3800)

シングル 松田京子 涙いろの湖/恋の流れ花 ビクター SV-1029 370 M- M 右上下△極小,左下WD・ウラしみ小 (3800)

シングル サマーズ たった一言/今も・・・ コロムビア CD-2 400 E+ E+   (7800)

シングル ハロー・ハピー バイバイ・マリア/朝日の見える丘 東芝 EP-1201 400 M- M 内しみ極小,レーベル■中 (33000)

シングル 北辰(SOUL EXPLOSION) マジック・ファイヤー/レ・マリ・デ・ママ キング(アクメ) NCS-603(T-5671) 500 M M- 自主制作盤,ドラムス:井上悦信(正)他,編曲:寺内タケシ  (6800)

シングル 佐々木 勉 あなたのすべてを/ひとりにしないで ビクター FS-4 330 M- E 初回(中止?)ジャケ,サンプル盤(レッド・レーベル),左上下△小 (4800)

シングル あがた森魚 アカシアの雨がやむとき/花嫁人形 KITA K-10001 600 M- M- 自主制作盤,1979年?,内しみ小 (28000)

シングル BAD SCENE すべてがわかる時/ロックンロールをぶっとばせ キング BS-1699 500 E+ M- ソリ小,右上△小,右下△中(目立たない) (68000)

LP 小坂一也 唄う幌馬車 コロムビア AL-105 1000 E+ E 10インチ盤,PJ,上◎極小,ウラ上◇極小,ウラ上サイド□中 (9800)

LP 坂本 九,ジェリー藤尾,森山加代子,渡辺トモコ 悲しき60才/ジェリーを囲むユカイな仲間 東芝 JP0-1093 1000 E+ E+ 10インチ盤,PJ,左上△小,ウラ▲中 (4800)

LP 尾藤イサオ ワーク・ソング 東芝 TP-7151 1500 E+ E+ 帯付(E+,左上◎・ウラしみ極小,補△小,左下◎2.5cm),赤盤,PJ,右上△中,音質はM- (28000)
10インチ 楠 トシエ コマーシャル・ソング集 東京キング KH-28 800 M- E+ 10インチ盤,PJ,歌詞カード(E+),サイド△スレ小 (18000)

LP 浅川マキ 幻の男たち 東芝EMI ETP-90263 2800 N N 帯付(M-,円形ステッカー帯,しみ極小),ビニール・カヴァー付(未開封,ウラ下◇中(下◎6cm,縦7cm)),右下欠損14cmx2cm),表しみ極小,ウラしみ小 (5800)

LP 中山英二 アヤのサンバ Johnny's Disk JD-01   E+ E+ 1978年,表しみ中,盤の外見はM (12000)

LP RC・サクセション 初期のRC・サクセション 東芝 ETP-8148 1800 M- M 帯付(M-,ウラしみ極小),表しみ小  (8800)

LP ファニー・カンパニー ファニー・カンパニー Ⅱ ワーナー L-8025 2000 M- M- 帯付(M-,ウラしみ極小),上サイドにスレ小 (4800)

LP ムーンドッグス NIFTY MOON DOGS ビクター SJX-30222 2800 M- M- 帯付(M-,ウラ△しみ小),ウラしみ極小 (4800)

( 洋楽 )
シングル コニー・フランシス ハートでキッス/幸せな私 コロムビア LL-635 330 M- M-   (6800)

シングル ワンダラーズ 時の過ぎゆくまま/ゼア・イズ・ノー・グレーター・ラヴ コロムビア LL-2169 330 E- M- レーベル■小,左上・ウラ右▲中(マジックでアルファベット数字,1.7㎝×6㎝) 5800

シングル ファイヴ・ステアステップス・アンド・キュービー ステイ・クローズ・トゥ・ミー/アイ・メイド・ア・ミステイク コロムビア LL-2221 400 M M-   3800

シングル アーチー・ベルとザ・ドレルズ ショウダウン/ドゥ・ザ・チュー・チュー グラモフォン DT-1091 400 M- M- サンプル盤(紺白レーベル),サイドにスレ・ウラRW極小,ウラ右下■小 3800

シングル ベティ・スワン アイム・ロンリー・フォー・ユー/クローズド・フォー・ザ・シーズン 東芝 CR-2145 400 M- M- HH,左下△・内▲ゴム印(寄贈盤)小 6800

シングル ドアーズ “L.A.ウーマン”EP 輪廻 他全3曲 ビクター DWG-2   M- M- プロモ・オンリー,袋ジャケ,ジャケNo.:SWG-7513,1971年?,左上△小 28000

シングル ドアーズ/ジャクソン・ファイブ ランド・ホー/ABC ビクター JET-1966/1969 400x2 M- M- プロモ・オンリー盤(レッド・レーベル),ジャケ2枚(JET-1966/1969),レーベル▲極小 12000

シングル ビートルズ ヘルター・スケルター/ガット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ 東芝EMI EAR-20050 600 M- M- サンプル盤,右下△極小,サイドにスレ小 8800

シングル スモール・フェイセス オール・オア・ナッシング/アンダースタンディング キング TOP-1078 370 M- E+ 内しみ極小 23000

シングル トミー・クイックリー ハンプティ・ダンプティ/アイ・ゴー・クレージー コロムビア LL-804 370 M- E+   5800

シングル キング・クリムゾン クリムゾン・キングの宮殿・パート1/クリムゾン・キングの宮殿・パート2 ワーナーブラザーズ P-1072 400 M- E 内ウラしみ極小,右下△小 12000
LP エルヴィス・プレスリー ガールズ!ガールズ!ガールズ! ビクター RA-5165 1500 E+ E+ 帯付(E+,右上◎極小,右上下△・ウラしみ小,上サイドにスレ中),PJ,右上△極小,左◇・内□はがれ小,上サイドにスレ中 18000

LP シェリー・フェブレー,ポール・ピータースン,ジェームス・ダーレン,マーセルズ,ステュー・フィリップス楽団とコーラス バイ・バイ・バーディー ビクター  SJET-7286 1800 M M- 帯付(M-,しみ小),テスト盤,PJ 12000

LP ナンシー・シナトラ,ジョン・バリー指揮管弦楽団 007は二度死ぬ/ユナイト映画オリジナル・サウンド・トラック盤 コロムビア YS-862 1900 M- M- 帯付(E-,左上下◎・右下△・ウラしみ小,上サイドにスレ中,上・縦中央△中),PJ,内しみ小 8800

LP ジャクソン・ファイブ インディアナへ帰ろう/ジャクソン・ファイブTVショウ ビクター SWG-7537 1950 E+ M- 帯付(M-,ナウ帯,上サイドにスレ極小),TVサントラ盤,左上■・内しみ小 4800

LP エディ・ホウルマン ヘイ・ゼア・ロンリー・ガール キング SR-393 2000 E M- 帯付(M-),サンプル盤,上■・ウラしみ小,右上◎7cm,ライナーなし(元から?,歌詞カードはM-) 25000

LP ドアーズ アブソルートリー・ライブ ビクター SJET-8274~5 3500 M- M- 帯付(M-,下サイドにスレ極小,右◇小(2ヶ所)),サンプル盤,2枚組,レーベル□▲(「見本」の文字消し込み)小,サイドにスレ小 28000

LP クリフ・リチャード クリフ、カンツォーネを歌う 東芝 OP-7417 1800 M- M 帯付(M,下■(\1750)小),赤盤,PJ,ウラ右下■(\1750)小 15000

LP バッドフィンガー 嵐の恋 東芝EMI AP-80147 2200 E+ E 帯付(E+,丸帯,丸左縦△4cm),上下サイドにスレ・表RW小,背スレ・ウラRW中,A-3、4くもり(E-) その他はM- 9800

LP ローリング・ストーンズ アフターマス(余波)/ザ・ローリング・ストーンズ 第5集 キング SLH-51 1750 M- E+ 帯付(M-,紺帯,ウラしみ極小,上下サイドにスレ小),PJ,背スレ極小 48000

アナログ貴重盤遅延(いいわけ)

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新入荷したセットセール級の LP群

大口買取(2000枚前後)でバタバタしておりました。全体的にはプレミア・アイテムは一部ではありましたが、業界盤ならではのレアものがポツリポツリとあって、年末リストの洋楽セットセール級のLPはかなり潤った感じです。

以下はオークション・クラスのレコードです。


まずはスプリングスティーン3点セット

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これがうわさの「春青の叫び(しゅんせいのさけび)」帯
(訂正ライン、おしい!)

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続いてクイーン東芝EMI盤3点セット


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パンクその他3点セット

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最後は邦楽3点セット(ちょっとインパクト弱?)

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基本的にLPには帯は付いていません(あしからず)

 忙しかった3月の大阪出張セールの際に、ジョニー・アリディーの日本盤コンプリート・コレクターからご指名でコレクションお持ちいただきました。休憩シフトの時間帯を利用して近くの喫茶店にておよそ30分、無事60枚の買取取引が成立しました。リアル・タイムで完璧にコレクトされて来られたその価値は、絶筆に尽くしがたいものがあります。

まずはデビュー・シングル(初入荷)


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ジョニイ・ホリディ(となっています)/「スーヴェニール・スーヴェニール」<DP-1212>
バカンス期間中に宅録されたのでしょうか?




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何故かジャケ裏の解説はジョニー・ホリディ、曲目横は「ジョニー・ホ」となっています。
(ドン・ホーじゃああるまいし)


この曲の貴重なライヴ映像も簡単に観れます。(便利な時代だ)


アーティスト名の日本盤表記は、その後

ジョニイ・ホリディ → ジョニイ・ハリディ → ジョニー・ハリディ → ジョニー・ハリデイ → ジョニー・ハリディ → ジョニー・ハリディー → ジョニー・アリディ

と変化しているのが今回のコレクションから見えてきます。(違い分かります?)


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われらの世界<SFL-1076>
このレコードのジャケ表には、何故かアーティスト表記がありません。








7月10日(金)から3日間、12日の日曜日まで再び大阪の夏セールがあります。
関西方面のコレクターの皆様、ぜひとも 当店ご指名の上 、買取レコードを近くの喫茶店までお持込み下さい。

以上買取のご案内でした。

ということで、「5月のアナログ貴重盤」はもう1週間ほどお待ち願います。
すみませーん!! 

(こんな呑気なブログ書いてるヒマがあるんなら早くアップしろ?返す言葉もありません。)




(菅田)

 「NO.A 000036」現物確認完了

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高評価リスト(パーソナル・ウォント) 多数追加、更新しました。
このシングルもオールド・コレクターからは怒られそうな金額ですが、
ヤフオク慣れしたレコード・ファンにはインパクトあるのでは。
以前からのウォントも、どんどんエスカレートしています。








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この20日に九州からK夫妻が再来店され、ついに「THE BEATLES NO. A 000036」の現物を確認しました。直観的に間違いない手ごたえを感じていたためか、現物見てもそれほど動揺するようなことはありませんでした。他の来店客とも一緒に終始にこやかにビートルズ談笑し、楽しいひとときを過ごすことが出来ました。しかしながら、いつもは横になれば5分もしないうちに眠りにつくのに、その日の夜に限って何故か頭が妙に冴えわたり結局2時間近くも眠れませんでした(分かり易いヤツ)。








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あまりに壁面が殺風景なため、昔集めたSPなどもディスプレイして楽しんでおります。




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LIGHTNIN’HOPKINSのAladdin盤




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LITTLE WALTER            




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ROBINS 


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CHARMS



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「SOMEDAY」は佐野元春ではなく RAY CHARLES



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T-BONE WALKER



jimmy rogers
JIMMY ROGERS



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B.B.KING
このジャジーな「You Upset Me Baby」もSPで聴くと結構味があるんです。
50年代のブルースは、SPを蓄音機で聴くにかぎります。しかも電蓄でなくポータブルを鋼鉄針で。
私にとっての最高のオーディオ機器です。





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OTIS RUSH/I Can't Quit You Baby
この商売始めた25年ぐらい前のこと、広島FMが取材に来た時に
レッド・ツェッペリンの元歌」としてこのSP盤をかけたことがあります。
収録用のデッキの針が大きく振れ、レポーターがかなりビビってたのを思い出します。

最近はいろいろ昔のこと思い出しています。転換期でしょうか?





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ブルースにはまってた大学時代(1975年)。
ポスターはマジック・サムと「ホワイト・アルバム」の頃のビートルズ。


レコードマップの書き下ろし連載もスタートしました。(昔話です)





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かねのぶさちこ他、オークション用のレア盤もポツリポツリ入っていますのでご安心を。







 74 と 36

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オープニングの「キャント・バイ・ミー・ラヴ」。心臓バクっとしました。



行ってまいりました、ポールの武道館コンサート。凄かったですね~。でもストーンズも頑張ってるし、最高齢ロック・ライヴの記録が今後どこまで更新されるのかまだ予測がつかない状況にあります。ポール観てて、今回が最後の来日なんてとても思えない。40代のロック・バンドですら絶対ありえないと考えられていた時代のリアルタイマーとしては、いろんな想いが渦巻いて頭の中でまだ整理出来てない気がします。「スピード・オブ・サウンド」あたりからポールの完璧なフォローを放棄してしまった人間には、それこそ“泣き崩れる”ほどの感動はないものの、ドーナツ盤で「アイム・ダウン」のエンディングのシャウトを聴き直したりすると、半世紀前のポールと今の精力的なポールがすんなりと繋がります。今回ラストに「アイム・ダウン」を歌わなかったのは、今回が最後の武道館と考えてない余裕なのではないかと・・。でも冷静に分析出来るようになるにはもう少し時間が必要ですね。ということで、この話はいずれまた。そんな怪物ポールのほぼ半世紀ぶりの武道館ライヴで「バースデイ」が歌われたことが大きな磁力となったのか、とんでもないことがレコード・バカ人間の私に降りかかりました。 


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先月発売されたシンコー・ムック「ポール・マッカートニー」(増補改訂版)で巻頭追っかけレポートを書いている大村亨さん、九州から駆けつけた「ザ・ビートルズ完全日本盤レコード・ガイド」というブログの主BP_JRGさん(以下Bさん)の3人で武道館打上げの食事をしていた時のことです。「ホワイト・アルバム」のナンバリングの話題になりました。

K      「Bさんのナンバリング研究は凄いですよね。」
Bさん   「それがですね、最近二桁のナンバーのものを手に入れたんですよ。」 
Oさん&K「ええー?!それ凄いじゃないですか!」
K      「二桁なんて見たことないですよ。」
Oさん    「新発見ですね。」
Bさん    「74番なんですが、何となく50番以下はないような気がするんです。」

海外盤については一桁も何度か市場に出て来てますが、日本盤についてはヤフオクでも二桁は例がないようです。多方面からの訊きこみで、「業界関係者でもある高嶋さんがテレビに出た時に所有してたものが60番台だった。」という情報も入手しました。Bさんの直観、さすがです。後日、Bさんから画像が送られて来ました。







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ついに目にした幻の二桁日本盤!





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私が持っている171番。ちょっとした自慢だったのに・・。かすんで見える。

当時高校生だった私が発売直後に買った「ホワイト・アルバム」が17846番。仲井戸麗市氏でさえ30447番と「ルーディーズ・クラブ/ザ・ビートルズ ロックの思春期」(シンコー・ミュージック、1994年)に書いてありました。生粋のリアルタイマーでも、なかなかLPは直ぐには買えなかったのです。私も高校1年生でよく2枚組を買ったもんだと思います。

*シリアル・ナンバーとPMから判断して、69年から70年までのビートルズ現役時代に売れた枚数は5万枚前後と推測される。丸帯が付けられたのはシリアル・ナンバーの11万台まで、東芝音楽工業から東芝EMIに変わったのが15万台と思われ、欧米盤が初期のみ刻印されたのに対し、日本盤では消費税価格のラスト・アナログの時期まで付けられた(46万台)。
(「日本盤60年代ロックLP図鑑」より、協力:B氏)←宣伝









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28日の武道館ライヴの余韻冷めやらぬ5月3日(日曜日)のことでした。九州からゴールデン・ウィークを利用して、車でK夫妻が来店されました。聞くところによると、ご主人(65才)も奥さん(63才)も共に学生の頃からのビートルズ・ファン。奥さんはポール派だったらしく、「ビートルズ聴いてたのはクラスで2~3人」とのリアルタイマー常套句が。一方ご主人は、「クラスでは僕と本間君だけだった。」と証言。(いいね!)
それからしばらくして、「ビートルズ関係」のLP棚を物色中のことでした。Kさんの口からさらっとこんな発言が・・。

Kさん「5年前に盤が1枚だけで中途半端という理由で「ホワイト・アルバム」の36番をそこそこの値段で売っ
    てもらったんですけど、これって珍しいですよね?」
K  「ええーー!! (今何とのたまわれた?) 
    36番ですか!?とんでもないことですよ、それは。」
Kさん「ですよねえ?ああよかった。」

数年前にネットで画像アップして質問出したら、加工した偽物と勘違いされてすっかり意気消沈してしまったKさん。ビートルズ・クラブにも問い合わせたけど、あまり信用してもらえなかったようです。

K   「分かる気がします。ですから、それだけ凄い番号なんですよ。」
Kさん「菅田さんは現物主義でしょうから、今度現物持って来ますよ。」

九州に帰宅されてからすぐに送られて来た画像がこれです。






36.jpg 36-01.jpg


こんなことが1週間以内に立て続けに起こるとは。やはりポールの磁力に違いありません。やっぱり武道館に行ってよかった(ちょっとおかしい?)。

近い将来、再度ポール武道館ライヴが実現し、オープニングで「BACK IN THE U.S.S.R.」が歌われた時には、間違いなく一桁の日本盤が発見されることでしょう!(なわけないか)

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thisboy1994


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