愛すべき音の探掘者

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先月出張で広島に来られたミスター・ライノマンこと宮治淳一氏(ワーナー・ミュージック)にご来店いただきました。日本における洋楽アーカイブに数々の実績を残されてきた宮治氏ですが、サザンオールスターズ・ファンにとってはバンドの命名者としても有名のようですね(ニール・ヤングの“渋さ”とファニアオールスターズの“ハッピーさ”を内包した素晴らしいネーミングと感心しております)。元々彼とは学生時代の音楽仲間として旧知の仲であったのですが、僕が就職で広島に帰ってからは疎遠のままとなっておりました。およそ30年というブランクを経て、4年前にブライアン・ウイルソン大阪公演での運命的な再会をはたすまでは。

 彼に初めて出会ったのは確か1973年の夏。その頃僕は大学2年生でビートルズ以前の洋楽を貪り聴いていて、大阪のファンが出したオールディーズの機関誌に手紙を出したりしてました。ある日「ニュー・ミュージック・マガジン」の告知欄で神奈川県の辻堂に本部があるオールディーズ・サークルの存在を知り、さっそく訪ねてみました。そこで代表の神谷誠一氏(現「バック・トゥー・ザ・ロック」オーナー)のスタッフとして身を置いていたのが宮治氏で、彼は当時まだ浪人生でした。ですから今日は無礼講で昔のまま“宮治君”と呼ばせていただきます。宮治君の家に初めて遊びに行った時、部屋に60年代の「ミュージック・ライフ」がぎっしり並べられていて、「こんな環境で伸び伸びと浪人生活ができるなんて」と随分羨ましく思ったものです。オールディーズが好きで好きでしょうがないといった様子の宮治君を見るにつけ、「浪人生の分際でこんなコアなサークルに身を置いて、こいつ大丈夫か?」と随分心配もしましたが、翌年無事志望大学に一発で(じゃないか?)合格した時は、正直「頭いいんだ」と感心したものです。神谷氏の小間使いでいろいろと資料集めや文献を翻訳したりしたことが、案外語学力アップに役立ったのかもしれませんね。


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<日本初のオールディーズ・ファンジン(73年4月創刊)。関西が発祥でした。
僕のラブレターに対して発行者である宮下静雄氏(故人)の返事には、
「第2号の価格は未定です。なかなか売れずにいます。
やはり我国には、まだ Old Rn'R のファンは少なかったのです」
と書かれてありました。あ~、あれから36年か




 宮治君とはバンドのまねごとのようなこともしました(彼は忘れかけていましたが)。僕がお茶の水の石橋楽器店で買ったばかりのカール・ヘフナー(大特価6万8千円也)でベースを担当し、宮治君はヴォーカルでジーン・ヴィンセントの「セイ・ママ」を絶叫しておりました。これが結構うまいんです。誰かの結婚式でも一人多重カラオケで「ソー・マッチ・イン・ラヴ」を歌ったという噂も聞きましたから、それなりの自信は昔からあったのでしょう。彼の記憶によると、僕の下宿に泊まった時、フランス・ギャルのシングルを僕から貰ったとのことなのですが、こっちの方は僕が忘れかけておりました。記憶のかけらというものは、お互い微妙にキー・ポイントがずれていたりするのでしょうね。ただひとつ言えることは、僕の下宿に彼が泊まった時、二人が夜を徹して(?)語り合ったことは、女の子の話や経済学の話などでは決してなく、間違いなく古い洋楽の話ばかりだったということです。

 30年のブランクの原因は、僕の下宿に泊まった夜、ビートルズがデッカ・オーディションで歌った「アラビアの酋長」のオリジナル・ヴァージョンがファッツ・ドミノかルウ・モンテかで大喧嘩になったことなどでは断じてなく、やはりオールディーズの名曲風に言えば"OUT OF SIGHT、OUT OF MIND"ということだったのでしょう。エレキ・ダイナミカでの活動やベンチャーズへのロング・インタビュー本には影ながら敬意も表していましたし、「愛すべき音の侵略者」の映像化には触発されて地元新聞のコラムに書いたこともありました。30年という歳月を経て彼が変わったのは、数々の重責をクリアーして行くうちにおのずと身についたであろう圧倒的な貫禄(ただのノンベエではないのですぞ)、そして変わらなかったのは、音楽に対する絶え間ない愛情と実直さでしょうか。いろいろ紆余曲折を経ながらも、大好きな音楽で出会い、再会し、こうしてお互い五十代になっても音楽で交流出来てる幸運に感謝したいものです。これからもヨロシク!


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タイトルは「エレキ旋風」にして欲しいと強く主張したのですが・・




昨夜黒沢健一ライヴ堪能。素晴らしかった!
明日のっぴきならない出張買取で関東方面に遠征のため、レヴューは後日書かせていただきます。

(菅田)
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thisboy1994


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 1952年広島県安芸津町生まれ。獅子座のAB型。ビートルズをたまにしか聴かないビートルズ・フリーク。
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