ブラウン管の記憶

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「ビートルズと日本 ブラウン管の記録」(大村亨著、シンコーミュージック)


 出ました!大村本、第2弾。今回はビートルズ現役時代に日本で放映された“関連テレビ番組”にスポットを当て、新聞・週刊誌等から抽出したものをリスト化し(これだけで充分意義あり)、それらの番組に関して書籍・雑誌や当時番組を見た人の証言等で肉付けしたものです。ビートルズ関連テレビ番組に特化した書籍は、本国はもとより、おそらく世界的に見ても例がないのではないでしょうか。各記事に補足される大村さんのコメントやコラムは、後追い世代としての冷静沈着さを基本キープしつつも、その背景にたまにビートルズ愛が見え隠れするところに好感が持てます。半世紀も前に、遠く離れたアジアの孤島に届いた英国マジカル・ミステリー・ミュージック。今や“世界遺産”とまで呼ばれる境地に到達したポール・マッカートニーの出発点となったバンド。その魅力をキャッチした一部の若者と当時の社会通念との隔絶。時代に葬り去られた真実を掘り起こすことへのあくなき探求心とビートルズ愛。根底にそれがなければ、ある意味こんな前代未聞の書籍が出来るわけがありません。

 英本国のビートルズ情報は基本的なアーカイブ化が進んでいて、そこからいろんなネタを切り取り整理し分析した書物が多数存在します。一方日本との関わりに焦点を当てたものは、香月利一氏の「ビートルズ事典」(74年)以来、長年頓挫したままであったような気がするのです。異国のバンドであるだけに材料が乏しく、日本史として膨らませるべくミクロ的とも言える当時の記事に着眼したわけです。昨年センセーションを巻き起こした“熱狂の記録”と今回出版された“ブラウン管の記録”の2冊(「赤本」「青本」との呼称も既に出ているようですが)により、ビートルズ日本史としての基礎固めが大きく膨らみ、ほぼその完成をみたといっても過言ではないでしょう。






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刊行記念トーク・ショー(日本の将来を牽引するビートルズ研究家、藤本・大村の両氏)


 ビートルズ日本史と一口に言っても、「ビートルズと日本」が対象にしているのは、あくまでビートルズの現役時代における日本史です。アジアでほぼ唯一のコンサートが開かれたことが何より大きく、それに対する社会的反応がかなりのウエイトを占めています。藤本さんとの刊行記念トークショーでも、「メディアの報道として、ビートルズ関係の記事は66年の5月〜7月初旬の間に集中しているということ。その3ヵ月間で、僕が調べた63年から70年までの全体の量の約1/3を占めているんです。」と語られており、来日公演がきっかけとなって広がった関連記事や公演がもたらしたその後の影響力の大きさを考えると、来日がなかったら本書のヴォリュームは半減していた気がします。






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大村崑氏所有と同型の家庭用ビデオ・コーダー
鳥塚しげき氏も家庭用レコーダーで来日映像を記録したという噂がある。



 今回の“ブラウン管の記録”で興味深かったのが、前作“熱狂の記録”の出版がきっかけとなって新たな記録が導き出されたという事実です。60年代におけるテレビ番組の映像はテレビ局でもほとんど消去されており、前作を踏み台として情報が入って来た大村崑、岩堀敬両氏の家庭用ビデオ・レコーダーや8ミリ・フィルムによるテロップ入りの「日本公演」や「エド・サリバン・ショー」の映像記録発掘は、本書の一大スクープとなっています。本書がリアルタイマーの個人的記憶(きおく)を喚起し、それによって今後さらなる記録(きろく)が表面化して来ることを願うばかりです。







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「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」収録の『ワイルド・ワンズの世界』<CPC-8007>


 今回改めて確認したのが、当時放映されたビートルズ関連番組の多さです(500番組以上!)。一方、個人的な記憶として残っているのは以下の3番組のみ。
① 64年上期    NHK「海外ニュース」(or 南海放送「国際ニュース」)                   
② 66年7月 1日 南海放送「ザ・ビートルズ日本公演」
③ 67年6月26日 NHK「われらの世界」  

それ以外ほぼ記憶がありません。民放が南海放送1社のみだったとはいえ、あまりに情けない地方ファンの悲しさよ。「エド・サリバン・ショー」もまだビートルズに開眼する以前のことで(南海放送で放映したかどうかも不明ですが)、チョコレートのCMも言われてみたらそんなのがあったようななかったような・・。「ハロー・グッドバイ」や「ヘイ・ジュード」の映像は当時確かに見ましたが、それが「スター千一夜」や「ヤング720」だった確信が持てない。とにかく曖昧な記憶は断固排除するという、プチ研究者としてのプライドがあるのです(笑)。老化による記憶消失もあるかもしれません(笑えない)。当然「シャボン玉ホリデー」「ザ・ヒット・パレード」「歌のグランド・ショー」「夢であいましょう」「ホイ・ホイ・ミュージック・スクール」「アベック歌合戦」「ミュージック・フェア」「小川宏ショー」「スター千一夜」「ヤング720」「ステージ101」といったバラエティ番組は見ていましたが、ビートルズ関連の回は見落としているようです。私がはっきり記憶しているのは、ワイルド・ワンズが「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」とホリーズの「恋のカルーセル」を歌っていた番組です。番組名は覚えていないのですが、巻末の「出演+関連」放映リストには掲載ありませんでした。当然新聞のテレビ欄に出演者の演奏曲目が全曲掲載されているわけではありませんからね。日本語カヴァーでは、谷啓が「カム・トゥゲザー」を“いっしょに来い~♪”と歌ってるのを見た記憶があります。ワイルド・ワンズは間違いなく60年代末ですが、谷啓は71~2年のことかもしれません。


 リアルタイマーの常套句に「ビートルズはテレビで見ることなかったから、ラジオのポップス番組をチェックし、ひたすらレコードに没頭した。」というものがあります。いくら関連番組がメインとはいえ、ここまでリスト化したものを見せられると、正直リアルタイマーとしてのプライドのようなものが若干萎えてしまいます。あの時代、たまたま見てたテレビから「ビートルズ」という言葉が聞こえてきたら、間違いなく心臓バクっとしないわけないのですから、おそらく番組見落としているのでしょうね。まあテレビ番組と縁がなかった分、あくまでも本命としてのレコードは間違いなく擦り切れるほど聴き込んだわけで、それでこそあの乏しい環境でしか得られないものが体験出来たと思っています。音楽としての矢の刺さり方がとてつもなく深かったわけですから(負け惜しみ?)。






おしどり
美空ひばり 他/『おしどり・イン・ザ・ナイト』<JPS-5092>
「オール・マイ・ラヴィング」他ビートルズ・カヴァー4曲収録あるも、
ひばりのカヴァーはなし。残念。



リスト見て、是非映像観てみたいと思ったものを列挙してみます。

64年 4月24日 東京ビートルズ/抱きしめたい(木島則夫モーニング・ショー)
   5月19日 スリー・ファンキーズ/抱きしめたい(ザ・ヒット・パレード)
   6月30日 麻生京子/シー・ラヴズ・ユー(ザ・ヒット・パレード)
   7月26日 尾藤イサオ/ツイスト・アンド・シャウト(歌のグランド・ショー)
  11月10日 水原弘/愛なき世界(ザ・ヒット・パレード)
  11月28日 坂本九/キャント・バイ・ミー・ラヴ(踊るウィークエンド)
65年 2月13日 キューピッツ/家に帰れば(ホイ・ホイ・ミュージック・スクール)
   3月 9日 槙みちる/アイ・フィール・ファイン(ザ・ヒット・パレード)
   3月30日 いしだあゆみ/ロックンロール・ミュージック(ザ・ヒット・パレード)
   5月 5日 加山雄三/抱きしめたい(スターの広場)
   12月16日 バークラー/ノー・リプライ(ビッグ・ヒット・ショー)
66年 6月19日 スパイダース/ミッシェル(スパイダース・ショー)
   6月27日 フランス・ギャル/ ? (11PM/ビートルズ作戦)
   8月 7日 フォーメイツ/ガール(シャボン玉ホリデー)
  12月 2日 東京ビートルズ/ロール・オーバー・ベートーベン(ヤング720)
  12月 9日 青江三奈/カンサス・シティ(歌うバラエティ)
67年 5月 2日 弘田三枝子/ペニーレイン(ヒット・キット・ショー) 
68年 7月15日 美空ひばり/オール・マイ・ラヴィン(美空ひばりショー)







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「ミッシェル」を熱唱するフランス・ギャル!?

 私が自慢といえるほどの記録は持ち合わせていないのですが、以前「シャボン玉ホリデー」にもよく出られていたフォーメイツの河原さんからいただいた60年代の写真があります。これは当時カメラマンから譲り受けたもののようですが、河原さんからは「シャボン玉ホリデー」に出た時の写真かもしれないと聞いていました。調べたところ「シャボン玉ホリデー」には出演した記録がなく、本書で66年6月27日に「11PM」の“ビートルズ作戦”にボブ・マグラスと共に出演していたことを知った次第です。大村さんからの情報によれば、当時フランス・ギャルは日本テレビ「ジャニーズ・セブン・ショー」にも出演していたようで、この写真が“ビートルズ作戦”の時のものとは断定出来ませんが、夢は持ちたいものです。

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デヴィッド・マッカラム来日時のフォト(マッカラムの真上が河原さん)








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60年代中期の米屋
この2階の部屋で来日公演予告を見ました。
 


本書の「関連番組」P327に私の記憶が書かれてあります。
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当時『ザ・ビートルズ日本公演』の予告を見たという証言がある。はっきりした日付は不明だが、日中に放映されたもので画面は静止画。『ミュージック・ライフ』掲載のレコード会社の新譜広告のような構図で、BGMは「ミッシェル」ほか数曲がメドレーで流れていたようである。
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この記憶は、同じく“熱狂の記録”P29でコメントされた「初めてビートルズを見た日本人」に関するラジオ番組の記憶とほぼ同レベルの確かなもので、ラジオ番組の記憶が正しかったことは前書出版後に片岡義男氏本人の証言で証明されました。当時南海放送の予告を8ミリ・フィルムで撮影された方の映像、WANTED!


 まあいづれにせよ2冊の「ビートルズと日本」が出版されたことは万々歳。めでたし、めでたし。“ビートルズ愛に根差した”なんて60代のオヤジが口にする賞賛が胡散臭ければ、(本人は照れて嫌がるかもしれませんが)最後に大村さんにこの言葉を贈りましょう。


着眼点のセンスはタモリ的であり 実行力のパワーはポール的である


PS
祈出演「タモリ倶楽部/ビートルズと日本記事」
プロフィール

thisboy1994


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