10代の浜田省吾が愛した60年代ポップス

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「10代の浜田省吾が愛した60年代ポップスをファイブで聴こう!」
By DJ. TAIJI (2014年12月7日)

第1部 10代の浜田省吾が愛した60年代ポップス(5:15~6:30)

①あたしのベビー(ロネッツ)64年 *ビーマイ・ベイビー/浜田省吾
②プリーズ・プリーズ・ミー(ビートルズ)64年 
③ビコーズ(デイヴ・クラーク・ファイヴ)64年 
④イエス・イット・イズ(ビートルズ)65年 
⑤ヒア・トゥディ(ビーチ・ボーイズ)66年 
<休憩10分>
⑥ハンバーグ(プロコール・ハルム)68年 
⑦踊ろよベイビー(ママス・アンド・パパス)69年
⑧シンス・アイ・ロスト・マイ・ベビー(テンプテーションズ)68年
⑨ライク・ア・ローリング・ストーン(ボブ・ディラン)65年
⑩プレイス・イン・ザ・サン(ヤング・ラスカルズ)67年 (太陽のあたる場所(ラスカルズ))68年

<休憩15分>

第2部 10代に浜田君と接した人達との回想トーク (6:45~7:15)

*ビンゴ・ゲーム             (7:15~7:35)

第3部 60~70年代の音源から見える“ 変わらざるもの”(7:35~8:45)
①500マイル 68年(浜田家)
②イッツ・オンリー・ラヴ 70年(てんまや「ステップ・ジャンプ・ミュージック」) 
③愛の言葉 70年(③~⑤青少年センター)
④図書室の窓辺に 
⑤明日はどこに
⑥愛奴のテーマ 74年(拓郎ツアーでの愛奴)
⑦生まれたところを遠く離れて76年(愛奴、ジャンジャン)
⑧愛のかけひき 77年(⑧⑨岩国ライヴ)
⑨19のままさ 
⑩フィナーレ~初恋
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 念願だったファイブでのDJイベント、無事終了しました。予定の22曲に小ネタ曲加え合計36曲を流し、DJ.KOSUKE君に“DJ経験始まって以来の高難易度の要求(LP・シングル(45回転)・EP(33回転)・カセット・CDの複雑混入)”と言わしめ(苦しめ?)、フィナーレの「初恋」で踊らせるという4時間の構成。満足、満足。タイアド、タイアド。

第2部や第3部については参加者のブログを参考にしていただくとして、私にとっての本命だった第1部の補足説明をしておきます(年度は日本発売)。まずは前半5曲が中学時代中心の話。



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あたしのベビー(ロネッツ)64年 

浜田君にとっての渾身のアルバム『青空の扉』(96年)でカヴァーした曲。ほぼオリジナルに忠実に歌い上げたこの洋楽カヴァー曲を、アルバムのオープニングに持ってきた心意気に痛く感動。私にとっては、“10代の洋楽少年浜田省吾”がソロ・デビュー以来初めて甦った瞬間でした。


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プリーズ・プリーズ・ミー(ビートルズ)64年

中1で同じクラスになったばかりの頃(65年)、休憩時間に渡り廊下を歩きながら大声て「カモン!」「カモン!」と一人掛け合いで歌ってた曲。私がまだビートルズにハマる前のことで、“ビートルズさん”(その昔は個人名だと思ってたらしい)になりきっている浜田君を羨望のまなざしで見ていました。


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ビコーズ(デイヴ・クラーク・ファイヴ)64年

「誰かどこかで」などを聴くと、この曲の影響力の大きさが分かります。
極上のサウンド、メロディー、ハーモニー。曲が終わって客席から拍手が。レコードで踊らすだけでなく、“終わって拍手”もレコード・コンサートの醍醐味(いつの時代の話だ)。 


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イエス・イット・イズ(ビートルズ)65年 

♪「Ticket To Ride」 初めて買ったレコード~  のB面の曲。浜田君がそれこそエンドレスで繰り返し聴いてた曲。このビートルズにおける「B面主義」こそが真のリアルタイマーであることのあかし。ダークなハーモニーから抜け出した後のジョンの高揚した(かつストイックな)ボーカルの魅力。私もこちらの方をよく聴きました。 


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ヒア・トゥディ(ビーチ・ボーイズ)66年

中3の時このレコードを買って浜田君に自慢して見せたら、「B面がええんで」(出た~!)。このB面こそが名盤『ペット・サウンズ』からのシングル・カットでした。当時このアルバムで一気にビーチ・ボーイズにのめり込んだ中学生なんていたんでしょうか?(ちなみに私は7年後でした)近所のロック・フリーク大学生(LP300枚所有)のおかげでLPを聴ける環境にあったラッキーな浜田君。でもLP聴いてのめり込めた感性こそが素晴らしい。「サーフィンUSA」からのビーチ・ボーイズ・フリークだった細野晴臣さんですら発売当初はちょっと?だったという『ペット・サウンズ』。浜田君のエピソードを映画ロケの時に話したところ、間髪入れずに「そりゃあスゲー」と反応された細野さんが印象的でした。


10分の休憩をはさんで、ここからは高校時代の話。



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ハンバーグ(プロコール・ハルム)68年

ファンクラブ会報誌「Road & Sky」116号(02年)のインタビューに、「ロックバンドデビューは中学2年生のとき。ピアノを弾く子がいて、その子もポップミュージックがすごい好きで。プロコル・ハルムの「ハンバーグ」という曲があって、それを彼は弾けたんですよ。プロコル・ハルムは「青い影」で有名なんだけど、ピアノ曲の「ハンバーグ」。彼が弾くのを見て、すごくかっこいいなあと思って、家に遊びに行って一緒に歌ったのを覚えていますね。」とあります。このハンバーグ」のエピソードには間違いが二つあって、一つは「中学2年生」ではなく「高校1年生」のときの話。現に「ハンバーグ」のジャケット裏には発売月を示す「6805」(1968年5月)の文字が印刷されてます。あと一つは、バンドって言っても二人でガチャガチャやっただけなんです。きっと好意的に語ってくれたんだと思います。でもこの会報をファンの人から見せてもらった時、翌年結成した「ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」以前の出来事として浜田君が認識してくれていたことを知って本当に嬉しかった。


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踊ろよベイビー(ママス・アンド・パパス)69年

「ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のステージを初めて見たのが高2の文化祭。その1曲目に演奏したのがこの曲。それまで私はビーチ・ボーイズ・ヴァージョンでしかこの曲を知らなくて、このアレンジは浜田君がしたと思ったんです(それぐらいのことが出来る才能を当時彼に感じていたので)。今から思えばほぼママス・アンド・パパスと同じ感じでコーラスもきめていて、本当に驚きました。凄いバンドを作ったと思いました。


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シンス・アイ・ロスト・マイ・ベビー(テンプテーションズ)68年

♪ボブ・ディラン、ヤング・ラスカルズ、ビーチ・ボーイズ、モータウン、メンフィス・サウンド ということで、モータウンの曲を。ソウル系とかあまり買ってなかった私に遠慮してか、一緒にいる時はもっぱらロックの話題ばかりでしたが、唯一彼の家でこのシングル盤を聴かせてくれたことが記憶にあります。ちょっぴり切ないムードのメロディーが流れて来て、浜田君が妙に大人びて感じられたのが印象に残っています。


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⑨ライク・ア・ローリング・ストーン(ボブ・ディラン)65年

高校生になって結構この曲をプッシュしてましたね。警察の官舎で聴かせてくれたのがLPだったのかシングルだったのかは覚えていませんが、1曲目に「ライク・ア・ローリング・ストーン」が収録されているこのLPが発売されたのが唯一同じクラスだった中1の時のことでした。


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⑩プレイス・イン・ザ・サン(ヤング・ラスカルズ)67年 (太陽のあたる場所(ラスカルズ)68年)

呉市内の教会で初めて歌った曲らしいのですが、私はそれを見てなくて、やはり文化祭の時が最初でした。スティービー・ワンダーと違ってヤング・ラスカルズはエンディングで歌い直しのヒネリを入れているのですが、それで歌ったんですね。曲が終わったと思って客席から拍手が上がった時、みんな知らないんだなと思いました。案の定、その直後に拍手をかき消すように浜田君が歌い始めた時、やった!と思ったのをハッキリ覚えています。



以上、非公認最新アルバム『10代の浜田省吾が愛した60年代ポップス』の曲目解説でした。







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この曲をイメージしてオリジナル曲のタイトルも同じにした浜田君の拘りたるや・・

第2部のトップ・バッターで登場してもらったS君の家で浜田君は初めて書いた英語詞の曲「ガール・ライク・ユー」を録音し、そのテープをレコード会社に送りそのまま没になったようです。その音源も聴いてみたかった。


第3部の音源は、「500マイル」「イッツ・オンリー・ラヴ」「生まれたところを遠く離れて」の3曲のみが私が録音したものです。非常に音質が悪く聴きづらいのですが、17才で歌ったビートルズのカヴァー曲「イッツ・オンリー・ラヴ」にはその選曲にもマニアックなセンスがうかがえ、テープにも曲名を聞いた時思わず発した私の「やったのぉ~」の小声が入っています。本当はもっとアップ・テンポな曲だったらみんなにも伝わりやすかったのでしょうが、1970年におけるこのボーカル・センスは本当に凄いと思います。9年前にアルバム『マイ・ファースト・ラヴ』が発表された時、この音源をライターの小川真一さんに電話で聴いてもらい、実に的確な感想メールをいただいたことがあります。

“「イッツ・オンリー・ラヴ」本当に良かったです。ギターのストロークが目に浮かんできそうで。あのストローク返しの雰囲気とか、ハーモニーの付け方とか、名もない英国生まれのバンドがアメリカでデビューしたアルバムのB面の3曲目、といった感じで(笑)、余裕が伝わってくるところが、すごいと思ったです。いいものを聞かせてもらいました、ありがとうございます。でも、普通の浜省ファンには、あの時代に洋楽の感覚を自分のものにしていたことの凄さって、判りずらいでしょうね。僕にとっての浜田省吾は、ジャクソン・ブラウンのメロディを彼よりも上手く、日本語で歌うシンガー、というのが第一印象だったんですけどね(笑)。あの包容力のある歌い方が、ジョン・レノン経由だと思うとすごく納得がいきます。”

ソロ・デビューしてから歳を重ねるごとに日本語の曲はどんどんうまくなっていった反面、洋楽カヴァー曲に関しては10代の頃と比べその分だけ逆に“レノン度”は薄まっている気がします。それでも「マイ・ファースト・ラヴ・イズ・ロックン・ロール・ツアー」のMCでこの曲のフレーズを歌ったとファン・ブログで知った時は、ほんと泣きたいほど胸が熱くなりました。





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来年早々には、浜田省吾初の映画主題歌となる映画「アゲインが公開されます。今後も何をやってくれるかまだまだ目の離せない浜田君ですが、皆さんも機会があれば是非映画館に足を運んでみて下さい。 
プロフィール

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