荒木一郎/ある若者の歌

無題
荒木一郎/「ある若者の歌」<SWAX-54>
解説依頼を受けたのは、「プレミア・レコード図鑑」にアラキ・フリークなコメント
をしたことがきっかけでした。









レコード~レコードといつも騒いでおりますが、
店内には1950年代~70年代の音源をメインとしたCDが半分のスペースを牛耳ってます。

そんな中に長い間埋もれていた一枚を見つけました。ワタクシ「“一人ビートルズ”としての極私的荒木一郎論」というタイトルで、このCDに一筆書いてたんです。小川真一氏の明晰な解説に並んで、恥ずかしげもなく。 ネット上への露出はこれまで抑えてきましたが、7年前のことでもう時効でしょう。
 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  “一人ビートルズ”としての極私的荒木一郎論
 ビートルズの『ラバーソウル』を、生活習慣として毎日2回、10年以上に渡って聴き続けている
音楽業界人のことを最近知った。それこそ雨の日も風の日もである。何故か1日2回。彼のことを一
笑するのはたやすい。でも不思議だ。そんなことって出来るのか。人生ってそんなに甘くないはずだ。
中学生の時にどうしようもなくビートルズにハマって、結局それ以上のヴァイブレーションをその後の人生でなかなか得られなかった私のような人間でさえ、二十歳の頃いろいろあって、それまでのビートルズの全LPコレクションを一度手放している(結局そのLPは、20年後に親友から買い戻すことになったのだが)。様々な季節の変化の中で、人生何が降りかかるか分からない。それが現実というものではないのか。

 1966年という最初の大きな季節の変わり目に、ビートルズと荒木一郎はほぼ同時にやって来た。
何の免疫もない田舎の中学生には、「アンド・アイ・ラヴ・ハー」と「空に星があるように」の叙情性も「フロム・ミー・トゥー・ユー」と「いとしのマックス」のビート感も、同種の音楽として心に響いた。どう同種かというと、要するに手作りの曲を自分で歌うという点においてである。この事実は、当時の若者にとって決定的だった。新しい価値観を自分達若者で作れる。このスタイルこそが、今日の定着したロック文化(当時のロックは若者だけのものだった)を築き上げる最大の要因だった。次々に届けられるビートルズの新曲の斬新さに、一層その想いは確固たるものになっていった。さらに、荒木一郎や加山雄三のオリジナルも多くの勇気を与えてくれた。加山の才能を十二分に評価した上であえて言うが、荒木の方が、詩もオリジナルであったからというだけでなく、社会(大人)のシステムに対する醒めた視点において、よりビートルズ的であった。二十歳そこそこの四人の若者が、ジョージ・マーティンからセカンド・シングル用として勧められたプロ・ライターの曲「ハウ・ドゥー・ユー・ドゥー・イット」を拒否して自分達のオリジナル「プリーズ・プリーズ・ミー」に拘ったように、荒木もファースト・アルバムの収録曲を、レコード会社の説得に反して大ヒット曲「空に星があるように」を含まない全曲オリジナルで主張した。こうして出来上がった『ある若者の歌』のLPの帯には、“唄・作詞・作曲 荒木一郎”とさりげなく書かれている。しかしながら、1966年の時点で作られたこのアルバムの意義は、その後の日本ポップス史においてとてつもなく重要であると思う。

 21世紀に切り替わって“大人”となってしまった耳で、かつて若者だった時代のオリジナル集に針を落としてみる。陽だまりにしゃがんで目を閉じた時のような快感を覚えた。あたかもビートルズの初期の曲群のごとく、溝に刻まれた一曲一曲は生きていた。60年代の日本の若者のリリシズムを恥じてはいけない。サウンドに囚われるのではなく、ボーカルに耳を傾けて欲しい。かつてデビュー直後の22才にして「アスク・ミー・ホワイ」や「アンナ」を歌ったジョンのように、このデビュー・アルバムにおける同じ22才の荒木のボーカルは、繊細に紡がれたメロディーとあいまって、精神性においてロック的とも言えるくらいナイーヴだ。シンガー・ソングライターとしての初期の荒木一郎は、その後日本のポップス・シーンの一部を担うこととなる大衆ニュー・ミュージックのそれではなく、サウンド面でロック化する以前のフォーキッシュな若きボブ・ディランのそれに近い。70年代に入り、より複雑化した新たな季節の中でリリースされたアルバム『荒木一郎の世界』が、ジョンやポールのファースト・アルバムにも通底した冷めたロックな世界を醸し出していたのが何よりの証拠だ。

 五十代に足を踏み入れた人間にとって、「歌」が心に届かなくなって久しい。動体にはじけるリズム
はやたら氾濫しているが、静体に沁み込む「歌」がない。ビートルズのシャウトもチェット・ベイカーの呟きも、僕にとっては間違いなく「歌」であった。そして何より、荒木一郎のクールな声の抑揚が好きだった。荒木一郎の『ある若者の歌』をこれから毎日聴き続けてみようか、一瞬そんな想いが頭をよぎった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 CDが発売した当初は、(ライナーに書いた責任上からではありませんが)毎日聴き続けておりました。でも一週間が限界でした。それが現実というものでしょう。
 つい先月、その話を教えてくれた人の紹介で、噂の業界人に会うことが出来ました。気がつけば、情報を入手してから8年という歳月が・・。
その後も「ラバー・ソウル」が聴き続けられていたかどうかは、想像におまかせします。





(菅田)
プロフィール

thisboy1994


>>買取のお問い合わせはこちら

●店長「菅田」
 1952年広島県安芸津町生まれ。獅子座のAB型。ビートルズをたまにしか聴かないビートルズ・フリーク。
●スタッフ「オイリー」
 A型、初代ミス・ジスボーイ、元ユニコーン(及び新日本プロレス)・ファン
●スタッフ「モンリー」
 A型、元PANTA FC会員(’83~'01)

●スタッフ「スーザン」
 B型、2代目ミス・ジスボーイ、初レコ:中森明菜

●スタッフ「白井」
 O型、趣味:釣り、初CD:フランキー・ヴァリ&フォー・シーズンス

【買取専用フリーダイヤル】
0120-50-1041【13時~20時】
0120-0846-45【9時~13時(菅田)】

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示