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60年代ファンクラブ交友会

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買取入手したアレサのコロムビア盤<LL-686>

 先々週、夏期の風物詩マガジン・タイムマシーンで東京に出張買取してきました。今回の情報ネタは「ティーンビート」のファンクラブ案内。そこに掲載された、その名もダイオン・ファンクラブ会員募集。さっそく元会長のTさんに電話してみました。

「すみません、48年前の音楽雑誌で“ダイオン”・ファンクラブをされてたのを知ったんですが・・。」
「ああ、あれは“ディオン”のことです。」
「・・・。はい、知ってます。」
いいでしょう?こういう会話。

今回出向いたもう1件のMさん(ベンチャーズの来日写真投稿)との会話も似たテイストを放っています。

「50年近く前の音楽雑誌にベンチャーズの写真載せられてるのを見たんですが・・。」
「ああ覚えてますよ。ご存知かどうか知りませんが、ちょうどその頃ハーマンズ・ハーミッツというバンドのファンクラブもしてたんです。」
「・・・。はい、(そのバンド名)知ってます。」

なんとMさん、ピーターとゴードンを皮切りに、60年代のロック・ポップス系の来日コンサートをほとんど観てるという強烈なライヴ・フリークでした。





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ジャケだけ大量にあったダイオン(ディオンのことですね)/「フーチー・クーチ・マン」<LL-556>
1枚おみやげにいただきました。


バリー・マンPS-116
バリー・マン/踊ろよベイビー<PS-116>

 お会いしたTさんは生粋のカントリー畑の方でした。さすがファンクラブの元会長さんだけあって(と言っても当時は高校生)、ディオンの発売元であった日本コロムビアから譲り受けたと思われるサンプル盤の塊にはボブ・ディランの「ホームシック・ブルース」<LL-764>(盤のみ、惜しい!)とかもありました。ディオン関係に関しては、コンプリートとは言えなかったものの、ベルモンツ時代も含む相当数の日本盤がありました。残念ながら放出はなしでしたが、同じ音楽ファンとしてその姿勢も十分に理解出来ます(とは言いつつ、万が一ディオンの東芝帯付とかあったら相当食い下がったでしょうね。間違いありません)。売っていただいたシングル盤の山にはバリー・マン他レア盤もぽつりぽつりあって、それなりに満足のゆく買取となりました。




東芝広告 liberty.png
「ミュージック・ライフ」62年5月号の綴込み広告(東芝リバティ第1回発売)

 ところがリアルタイマーの買取メリットはそれだけではないのです。半世紀近く前の情報をネタに広島からやって来たメデタイ野郎見たさの好奇心からか、当時の音楽仲間が集まって来るのです。噂を聞いて遊びに来られたのが、Tさんが東京オリンピックの頃よく通っていたというレコード店の店員だったMさん。なんと彼女は高2の時ボビー・ヴィーのファンクラブに入っていて、62年の来日コンサートを学校さぼって観に行ったとのこと。一緒に初来日したドンとボブの二人ベンチャーズの演奏も聴かれたようです。何とも凄い話が聞けたものです。これまでの買取でビートルズの武道館コンサートを観に行ったという人は優に100人は超えると思いますが、ベンチャーズの初来日を観たという人には初めて出会いました。




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来日したボビー・ヴィーとミコ&(香山)ユリ(62年7月号)
 
 
 都内で40年以上も喫茶店されてる友人のSさんのお店にも連れて行ってもらいました。それこそ銀座「ハンター」など都内の中古レコード店に50年近く通って集められたストックをお持ちとのこと。Mさんも同行してオールディーズ談義に花が咲く咲く。そうこうして楽しみながらもストックが気になり何となくソワソワと落ち着かない私の表情を察知されてか、突然の訪問だったにも拘わらず、お店の客が退けた時間を見計らって山積みされたダンボールの一部を見せていただくことになりました。大量のストックを必死で物色しはじめて20分ほど経過したでしょうか。「今日は時間がないのでそのうちまた。」ということでドクター・ストップ。次回にお預けとなりました。フラワーズやアウト・キャストのLPとかもあったのになあ・・。










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1971年の「ミュージック・ライフ」

 マガジン・タイムマシーンは単に買取に有効なだけでなく、先方にとっても眠っていた音楽魂を呼び起こすいいきっかけになったりするんです。その交流が楽しいんですね。だからやめられないんです。先日のブログでは触れなかったのですが、黒沢さんの楽屋訪問した時ちょっとしたサプライズを仕掛けました。最近は過去の抽出に見落としがないか音楽雑誌の再チェックをしているのですが、たまたま71年の「ミュージック・ライフ」のバンド募集欄を見てたら、

“当方ドラム。17歳。セミ・プロ級のバンドに入れて下さい。 岡井大二”

という投稿を見つけてしまったんです。今回は岡井さんがツアーバンドのメンバーとして同行されてるのを知ってたので黒沢さんに連絡したところ、「爆笑!!もうしわけありませんが、これライブの日に見せていただけませんでしょうか?終演後、大二さんに是非見せたいので・・・。」とメールが返ってきました。

そして当日。岡井さんに「この雑誌見覚えありませんか?」と表紙を見せると「・・・?」の反応。やったー!と、心の中でガッツ・ポーズをとり、「このバンド募集のところ読んでみて下さい。」と促す。岡井さん、しっかりとした口調でかみしめるように読み始める。そして名前のところで絶句。すっかり忘れられてて、黒沢さんと二人で大うけ。

「セミ・プロというところが生意気ですね」とナイス・コメント。
「(バンド募集欄の)トップに載ってますね。」とご満悦。
「セミ・プロという表現にインパクトがあったんでしょう。」と私もフォロー。

数日後、黒沢さんからご丁寧にお礼のメールが届きました。

“今回のツアーは岡井さんの還暦祝いも兼ねていまして広島での例の本を菅田さんに見せていただくのが、一つのハイライトでした。
あの後、楽屋であのミュージックライフの話でメンバー、スタッフ共に「このタイミングで何と感動的な話なんだ!」と大いに盛り上がりました!
あの投稿記事を発見していただいて、本当にありがとうございました!!”

いい話ですね。私のことじゃなくて、お二人が築きあげているフレンドリーで暖かい信頼関係のことです。ビートルズの影にジョージ・マーティンがいたように、黒沢健一の影に岡井大二がいたということですね。ちなみに岡井さんは生粋のカープ・ファンとのこと。



 やっぱカープ・ファンに悪い人はいない!(それ結論?)











これまでトライしたファンジンの一部

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「ウエスタン・ジャーナル」1959年1月号
この雑誌(3号で廃刊)で知り合ったカントリー評論家、真保孝さん(79才)とは5年前から親交があり、今回の出張でもお会いしました。60年代を中心に、ジョニー・キャッシュをはじめとする数限りないLP解説を書かれています。



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「ビーチ・ボーイズ・ファンクラブ・マガジン」1965年~69年
「ペット・サウンズ」発売時の66年に会長されてた相原啓二さんには「60年代ロックLP図鑑」
で資料協力していただきました。



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「レッド・ツェッペリン・リサーチ」というカッコいい名のファンクラブ会員名簿
400名以上の住所録も会長が女性であるためか7割が女性。
魅惑的なるもアプローチしづらく成果なし。
プロフィール

thisboy1994


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●店長「菅田」
 1952年広島県安芸津町生まれ。獅子座のAB型。ビートルズをたまにしか聴かないビートルズ・フリーク。
●スタッフ「オイリー」
 A型、初代ミス・ジスボーイ、元ユニコーン(及び新日本プロレス)・ファン
●スタッフ「モンリー」
 A型、元PANTA FC会員(’83~'01)

●スタッフ「スーザン」
 B型、2代目ミス・ジスボーイ、初レコ:中森明菜

●スタッフ「白井」
 O型、趣味:釣り、初CD:フランキー・ヴァリ&フォー・シーズンス

【買取専用フリーダイヤル】
0120-50-1041【13時~20時】
0120-0846-45【9時~13時(菅田)】

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