19のままさ

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愛奴のファーストLP<SOLL-130>
今聴いても「愛奴のテーマ」~「初夏の頃」、「夢にいざなえ」~「恋の西武新宿線」
の流れがすこぶるポップに詩的で、初々しくも実にいいアルバムだと思う。


  
 先々月、メンバー全員のサインが入った「愛奴」のLPを買取しました。デビュー当初、プロモーションでレコード店や大型電気店などを回っていた時のもののようです。浜田君はシンプルに「しょうご はまだ」と平仮名で書いています。

 浜田君が愛奴でプロ・デビューしたと知ったのはいつのことだったのか、と考えてみる。あれは確か大学2年の時。荻窪にあった下宿の狭い部屋で、新宿レコードで買った「PET SOUNDS」(当時はUK盤以外は廃盤だった)を繰り返し聴いていた頃のこと。たまたま気晴らしにFMを聞いていたら、どこかのビーチで司会の松島トモコがバンドのメンバーにインタビューしてるのが聞こえてきたんです。その声が何となく浜田君に似てる。高校時代の歌のうまさを知ってたのでデビューできる力量はあるとは思ってましたが、「プロになるのは別次元の話」というのが当時の認識。でもそのバンドが歌うメロディアスな曲を聴いていると、どうも“らしい”気がしてならないのです。それから月日が流れたある日、ついに横浜のレコード店で「あいど」というバンド名のLPを見つけたんです。ジャケットをひっくり返すと“浜田省吾 DRUMS”。やっぱりか・・。プロ・デビューしたんだ!ドラムか~!?









jean jean
「JEAN JEAN」で録音したカセット
LPジャケットのように、テープ引っ張り出してクルクル巻きにしたら雰囲気出るかも。


 当時渋谷の道玄坂にあった「ジャンジャン」で、愛奴のライヴは見ました。ソニーの関係者?も録音機材を持ち込んで(僕もラジカセ持ち込んで)、スタッフ全員が「愛奴(I DO)」のスタジャン着てました。「力入ってるなあ」って思いましたね。ライヴは「愛するお前に」からスタートし、キーボードを中心にベースとドラムがビートを刻み、それにギターが絡んで「愛奴のテーマ」に繋げるという構成が凄くプログレッシヴでカッコよかった。既に耳になじんでいた「二人の夏」や浜田君が作曲したという60年代テイストの「恋の西武新宿線」といったポップスもイカしていて、「よし、このまま行け行け」って気分で興奮して見てたのを覚えています。最後にトリで演奏した「生まれたところを遠く離れて」は、イントロのブルージーなギター・ソロの緊張感が半端でなく、その後ドラムを叩きながら絶唱する浜田君のヴォーカルも圧巻で、長時間に及ぶプレイは正にその日のハイライトでした。ただ僕の席からはでっかい柱の陰に隠れてライヴの最中ずっと浜田君の顔が見えず、そのことで何となく距離感のようなものも感じてしまい、演奏が終わっても「今日はプロモーションで忙しそうだしまたいつでも会えるから」と、結局その日は楽屋には行きませんでした。中学・高校時代の彼とは洋楽仲間ではありましたが、ヴィンテージな時代の音楽に狂っていた当時の僕には、彼に対してビートルズに憧れた者同士のプライドのようなものも幾らかあったのかもしれません。

 ソロになって出したフォーキッシュな(ビートルズっぽさから遠ざかった)ファースト・アルバムでちょっぴり失望したものの、「とにかく会いに行こう」ということで向かった「西荻窪ロフト」のソロ・ライヴは何故か時間を間違えてしまい、結局着いたら浜田君が帰った後でした。その後も「ジャン・ジャン」での町支寛二とのデュオ・ライヴとかにも出向いたのですが、女子高生の多さに圧倒され気後れして結局その時も彼には声をかけませんでした。でもあの日ライヴで歌った「キャンパスの冬」の切なさは、強烈に僕の胸に沁みました。今思うと、その日が運命の分かれ目でしたね。そんなことの繰り返しを経て、気が付けば僕自身も大学を卒業して広島に帰り、怒涛のサラリーマン生活へと突入したわけです。就職してからも浜田君のLPは買い続けてはいましたが、「浜田君に楽屋で会ったよ。」と話す同級生の声も多く耳にするようになり、「増えた親戚にはなりたくない」というかつての洋楽仲間としてのプライドが、よけいその後の浜田君への接近を遠ざけてしまったような気がします。というか、気が付いたらとても手が届かない存在になっていた、ということなんですが。








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 8年前の「マイ・ファースト・ラヴ・ツアー」の時に浜田君とはちょっとしたキャッチ・ボールがあったのですが、結局振り返ってみたら、直接会って言葉を交わしたのは、予備校時代の冬に呉駅の前で話したのが最後でした。「家出して京都に行っていた」ことや「ツェッペリンのコンサートに行く途中、外人に会って話が盛り上がった」ことなどを話してくれました。でも、あの日から40年以上たったけど、ビートルズの話をしたら、今でも何も変わってないんじゃないかという変な自信があるんですよね。
気のせいなのかなあ・・。




いつまでも忘れない
今でも目をこうして閉じれば
19のままさ
でも僕らもう二度と
あの日のきらめき
この腕に取り戻せない

「19のままさ 」 by SHOGO HAMADA

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thisboy1994


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 1952年広島県安芸津町生まれ。獅子座のAB型。ビートルズをたまにしか聴かないビートルズ・フリーク。
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