「マイ・ボニー・ツイスト」の発売日に関する検証⑤

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 「アシタスイッチ」というトーク番組で、坂口恭平君と作家の石田衣良さんが「0円で幸せになれるか」について語っていました。編集のまとめ方は ちょっぴり石田さんよりな気もしましたが、対極的な二人をぶつけたことは人選として成功してたと思います。“視聴者の「よりよく生きるヒント」や「自分磨きにいかせるヒント」を探すためにいま輝いている人々の「人生」を研究するトークバラエティ”とのことですが、いや~坂口君、圧倒的に輝いていたなあ。「人間としての根源的な知性」とは何たるかがビシビシと伝わって来ました。一般の視聴者からは坂口君がただの「夢師」に見えるような編集ではありましたが、分かる人は分かってらっしゃる。ジョンも「ドリーマー」でしたが、ただジョンとヨーコのヌートピア建国よりは新政府の方が遥かに実践的だと思います。石田さんも言ってたように、「坂口さんの“社会のシステム的な矛盾を見つけ出してそこから新しい生き方を考えよう”という(思考法)は、豊かに成熟して出来あがった日本という国から生れたもの」なのでしょう。だからこそ「勝率は限りなく低い」なんてゲンジツテキな推測はせずに、応援して欲しいんだけどなあ。雑誌「潮」で対談した田原総一朗氏に「こんな人間を待っていた」と言わしめた坂口君。
このブログ読んでる人に一番インパクトあるのは、ピーター・バラカン氏の映画「モバイル・ハウスのつくりかた」を観ての感想でしょう。

 「ライク・ア・ローリングストーン」を作った時のボブ・ディランを彷彿とさせる
       *要は天才ディランがエレキを握ったということですね。






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8月8日発売のアルバム『Practice For A Revolution』には「ライク・ア・ローリングストーン」は収録されてません、あしからず。





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 三井氏からの伝達メールが届いたのは、8日後の事でした。

“ピーター・インガム氏から詳しい返事を頂きました。
 1962年5月1日情報の典拠は思い出せないけれども、巻末文献一覧の日本語文献のどれかであったのは間違いなく、おそらく1979年刊の『ビートルズ・ディスコグラフィ』(香月利一)だろうとのことです。しかし、5月であろうとは思えるものの、1日であるということまでの情報を得たかどうか確信持てないとのこと。”さらには、「米国盤は1962年4月23日発売と記載されていることからして、1986年に日本で出たシングル盤の復刻(The Beatles Early Days)に添えられた解説にある1962年4月21日は、当時としては米国盤が後になるとは考えにくいので疑問」「1962年5月1日は火曜日であったことからして、1962年当時日本のレコード会社が通常、どの曜日を発売日としていたかを調べるというのはどうだろう」「2枚組CD(Beatles Bop - Hamburg Days)で詳しいディスコグラフィを書いたGottridsson 氏に問い合わせることをお勧めする」と実に積極的な提案を頂いたのです。メールの最後に添えられた三井氏の一行には、グッとくるものがありました。

 インガム氏は、何らかの助けになればと願っておられます。(三井 徹) 

香月氏は既に故人となられており、データの真偽について問いただすことは出来ません。直接ではないにせよ、2012年の段階でインガム氏と情報交換出来たことは、私にとって何にも代え難く貴重なことでした。




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巻末参考文献の1冊「永遠のビートルズ」(英知出版)

 嬉しくて、“発売日なんかどうでもいいや”くらいの気分にもなってきたのですが、検証続行します。インガム氏の回答から判明したことは、“「マイ・ボニー・ツイスト」の発売日に関しては、レコード会社の総目録だけではなく既出の書籍も参考にされた”ということです。そして参考にされたという巻末文献7冊についても調査したところ、「マイ・ボニー・ツイスト」に関しての記述はいずれにもありませんでした。しかしながら、“5月であろうとは思えるものの、1日であるということまでの情報を得たかどうか確信持てない”というのは実に鋭い洞察です。香月本を参考にしたのでは?というのは記憶違いであったものの(四半世紀前の記憶ですから薄れて当然です)、総目録にも記述のない発売日解明の困難さを直感的に感じられていたのではないでしょうか。インガム本における日本盤の音源分析はその後も他者の追随を許さず、アップル再版盤の発売日に関しても、四半世紀前において既に「いづれも1969年か1970年に出たものとは思われるのだが、これらのレコードの正確な発売年月日を記すことは出来ない。」と分析されているのです。“当時としては米国盤が日本盤の後になるとは考えにくい”というのもさすがの推測です。ただ「マイ・ボニー・ツイスト」の発売日に関しては、仮に5月1日だったとしても10日ほどしか違わないため日本での発売がアメリカ盤の発売を確認して決定したとは考え難く、発売企画そのものはほぼ同時だったと考えるのが妥当だと思います(1か月くらい後の発売ならその考えもリアリティーがあるのですが。)

 現物を持ち合わせていないため確認には至っていませんが、「マイ・ボニー・ツイスト」はおそらく62年5月号の月報に記載されていると思います。「マイ・ボニー・ツイスト」が臨発であったなら月報に発売日の記述があると思われ、それですべて“問題解決”ということです。ただ臨発でなければ月報にも発売日の記述はなく、それに代わる確たる資料が出て来ない限り「62年5月1日?」とクエスチョン・マーク付きで表記せざるをえないということになるのでしょう。いずれにせよ香月本出版から33年にして、やっとグラモフォン盤発売日の真偽が問題提示されるということです。




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最近、62年5月号の「ジューク・ボックス」誌で「マイ・ボニー・ツイスト」のレビューを書かれていたのが川上博氏であることが判明しました。発売日に関する当時のメモでも残っていればいいのですが・・。記憶ではなく、あくまでも記録です。



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