映画の中のレコード店⑦

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「レコード・マンスリー」でのLPセレクトは、
店頭在庫分も考え66~69年まで幅を広げました。



 レコードの使用・選別に際しては時代背景の検証を徹底し、以下の点に留意しました。

① 背景であろうとも重厚な重みを出すためあえてコピーは使わず、レコードは当時の現物を使用する(現物としてのオーラは映像を通して確実に伝わると考えた)。
② レコードの重量感をそこなわないよう、ジャケットだけでなく中身の盤もそのまま入れる(カットはされたが、松山ケンイチが壁にレコードを飾るシーンもあった)。
③ レコード店のシーンに与えられた時代背景の68~9年における、各季節に見合った旬のセレクトを心掛ける(マンスリー等で各レコードの発売月を詳細にチェック)。
④ 60年代末の小じんまりとした新譜のレコード店として、ロック・ジャズだけでなく一般的な歌謡曲やGS・フォークも含んだ選別をする(国内盤新譜のロック専門店は、都内であろうとも60年代末にはほとんど存在してない)。


 蛇足ながら、(万が一の接写撮影を考えて)ジャケットをパックするビニールも、現在一般的に中古レコード店で使われている糊付タイプではなく、60年代当時の糊なしタイプのものを使いました(細かすぎて、正に「木を見て森を見ず」の危険性を指摘されてしまいそうですが)。60年代末はちょうど私が高校生で、ビートルズを中心としたロック・ミュージックにうつつを抜かしレコード店に通いつめていた時期でもあります。呉市という地方の中堅都市ではありましたが、音楽フリークとして当時のレコード店を充分体感した人間です。私にとっても、非常にラッキーな時代設定であったように思います。


でもいざスタートしてみると分かるのですが、そう簡単に物事は進まないのですね。


 まず最初にぶつかったのがレコード・ジャケット使用に対する著作権の問題です。レコード会社の許諾をとらないといけないのですが、海外放映も決まっている映画の大きさもあって、許諾がスムーズに下りないのです。60年代は日本のレコード会社が本国の許可なく独自でジャケットを作っていることも多く、そのあたりのものは特に警戒されてしまいました。一時は、「ひょっとしたら、60年代の日本盤を使ったメジャーな映画は出来ないのじゃないか」と絶望的にもなってしまいました。が、スタッフの並々ならぬ電話交渉の甲斐もあって、最終的に何とか規定枚数の許諾にこぎつけることが出来ました。通常の映画ではただの小道具にしか過ぎないレコードではありますが、あの時だけは、スタッフの追い込みに“危機迫るもの”を感じてしまいました。一大プロジェクト映画「ノルウェイの森」完成に向かう関係者の重圧を、いやがうえにも実感せずにはおれませんでした。私が担当したレコードなど、ほんの些細な一例に過ぎません。映画セットに使われた小物などに関しても、監督の決して妥協することのない徹底ぶりもあって、美術担当の苦労は想像を絶するものだったと聞きました(いろいろ「公式ガイドブック」等にも書かれていますが)。しかしながら、かつて、いやこれからも決して感じることのないほど大きな重責を感じていたのは、他ならぬトラン監督だったのでしょう。


  

LP
許諾が下りなかったLP群。
まあ涙を呑むほどのレコードはなかったのですが。

プロフィール

thisboy1994


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●店長「菅田」
 1952年広島県安芸津町生まれ。獅子座のAB型。ビートルズをたまにしか聴かないビートルズ・フリーク。
●スタッフ「オイリー」
 A型、初代ミス・ジスボーイ、元ユニコーン(及び新日本プロレス)・ファン
●スタッフ「モンリー」
 A型、元PANTA FC会員(’83~'01)

●スタッフ「スーザン」
 B型、2代目ミス・ジスボーイ、初レコ:中森明菜

●スタッフ「白井」
 O型、趣味:釣り、初CD:フランキー・ヴァリ&フォー・シーズンス

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