2011 NEW YEAR ~愛とは忘れないこと

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四人囃子 他/「ある青春/二十歳の原点」<AV-6006>
オークション落札額13000円也
この映画も観てみたいなあ。



謹賀新年。今年もよろしくお願いします。

 昨年は映画「ノルウェイの森」の話題で賑やかでしたが、みなさん御覧になられましたか?いろいろと刺激ある映画ですが、レコード・ファンは是非とも映画館で観てやって下さい。露出は少ないですが、こんな“レコード映画”(そんなカテゴリーあるん?)二度と出来ませんから。“100%の恋愛小説”とのことですが、私には“100%の60年代青春小説”という気がします。当時いわゆるノンポリと言われていた人の中には、単純な無関心派だけでなく、学生運動にはシンパシーを感じつつも活動には入って行けなかった若者が多くいたのです。他人を傷つけることを前提とした革命に動けなかった人達。だからこそ、ロック・ファンにとってジョンの非暴力活動がどれだけ勇気を与えてくれたことか。村上春樹も同じだと思います。「ノルウェイの森」は、「二十歳の原点」の高野悦子のように活動の中で悩みつつ自ら命を絶った若者だけでなく、活動に没入できず悩み苦しんだ多くの若者達へのオマージュを秘めた小説のような気がします。



 年頭からちょっと暗い話になってしまいましたが、昨年のブログ・スタートを見てみると浜田君の話してますね。彼の十代に対する共感は、「こんな凄いものはこれからの人生で出会うことないんじゃないか。この気持ちは絶対に忘れないぞ」と誓った、ビートルズにハマりまくっていた中学時代の想いとリンクしています。高校時代に呉の弾薬庫運搬反対デモで機動隊と衝突した時、機動隊員に同じ官舎に住んでいる人を見つけ投石出来ずショボクレて退散したと、無名時代のライヴMCで話してました(父親が警察官でしたから)。こういった経験を経ながら、ジョンの非暴力ではありませんが、彼も音楽でメッセージを伝えることに傾いて行ったのではないでしょうか。高3の頃には、一人で「プレイス・イン・ザ・サン」や「ワイルドで行こう」などを歌うようになりました。でも当時はロックに対して冷ややかな視線を向ける学生も多く、文化祭の体育館で一人ギターを弾きながら歌ってる途中で小バカにして笑いながら出て行く女生徒を見て、演奏を止め「途中で出るのは失礼だと思う!曲が終わってから出て欲しい」とキレたりしてたなあ、浜田君。

彼はいよいよ今年4月から34公演のツアーを再開するようです。昨年も反核メッセージを底辺に秘めたアルバムを出したりと、彼こそ“絶対に忘れないもの”を持ち続けている張本人です。
ということで、今年も浜田君に対する回想でスタートしましょう。
ビートルズへの初恋の想いを歌った「マイ・ファースト・ラヴ」。その曲をタイトルに冠した“MY FIRST LOVE IS ROCK'N ROLL TOUR”時に書いたものです。



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「浜田省吾辞典」(東京FM出版)


ロックンロール・アーリー・イヤーズ by 風流

 「“MY FIRST LOVE IS ROCK'N ROLL TOUR”いいタイトルだろ!?」の響きが僕の頭を刺激してるうちに書こう。いろんなこと。浜田省吾事典でヒントを貰うとしようか。P373、「1965」。ここからだ。

“中学1年生のときの担任の先生が、戦争でとっても痛い思いをされた人で、考え方が非常に反体制的な人だったんです。社会の先生で~。”
違うな。中学1年のときの担任は川口章先生で英語の先生だった。初っ端からあら探しになってしまった。どの先生のことかちょっと思い出さないけど、きっと2年の時の担任か、担任でなかったかだ。

“初めてのレコード「涙の乗車券」を買う。B面の「イエス・イット・イズ」の方が好きだった”
これは正しい。「B面がええんで」が口癖だった。「抱きしめたい」のB面「こいつ」、「キャント・バイ・ミー・ラヴ」のB面「ユー・キャント・ドゥ・ザット」、「のっぽのサリー」のB面「アイ・コール・ユア・ネーム」。僕が初めて買ったレコードが「恋のアドバイス」。これは圧倒的にA面の方がよかった。今でも大好きだ。胸がキューンとなる。(お前のことは聞きたくない)ハイ、次に進めよう。「涙の乗車券」が65年5月の発売で、「恋のアドバイス」が10月の発売。浜田君は発売してすぐ買ってるが、僕の場合はちょっと遅れて買った記憶があるから、約半年の遅れをとった訳だ。それから一気に加速して、中学2年のときにはどうにもならない状態に陥ってしまう。正にビートルズ病。

P374、「1966」。“姉が買ってもらった4500円のガット・ギターをギブソンJ-160Eモデルに改造する。”
中学2年だったか3年だったかよく覚えてないが、浜田君とS君を連れて、ビートルズのレコードをいっぱい持ってたK君のところにバンドやろうということで出向いたことがあった。その時確かに浜田君はギターを裸でかついでいて、いっしょに坂を歩いた記憶がある。いろいろレコードみてガチャガチャ音を鳴らして、即日バンド解散。って言うか、結成に至らず。S君宅で浜田君はオリジナル曲「ガール・ライク・ユー」を録音したと、その後S君から聞いた。「録音テープは?」「そんなもんある訳なかろうが!」

“特にビーチ・ボーイズの歌詞はイマジネーションを喚起してくれましたね。”
高校1年の時、浜田君の家でビーチ・ボーイズの「カリフォルニア・ガールズ」を訳してくれたことがあった。冒頭の「Well、East Coast Girls Are Hip~」のHipは“イケてる”とかの意味だろうが、浜田君はそれを「東海岸の女の子はヒップがでかく~」と訳してくれて、思春期だった僕はちょっとそのイメージを想像してしまった(B面の「レット・ヒム・ラン・ワイルド」もええんで by 風流)。S君も、当時本国イギリスで歌詞に問題あって放送禁止となったローリング・ストーンズの「夜をぶっとばせ」を辞書片手に訳してみたが、「分からんかった」と悔しがっていた。原題(Let‘s Spend The Night Together)の“夜を共に過ごす”という言葉の危険性を、60年代の呉の中学生に理解出来なかったのは無理もない。(あ~ゴメン、S君。過去の恥をさらしてしまった。でも時には 誰かを許すことも 覚えて欲しい(from 「悲しみは雪のように」)。







 昨年一番印象に残った言葉。映画「ノルウェイの森」のジャパンプレミアで、「愛とは?」の質問に答えた松山ケンイチの一言。

 「愛とは忘れないことだと思います」

まだ若い彼には失礼な表現かもしれないですが、岸壁で泣き叫ぶシーンは“一世一代の名演”と言いたい。




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thisboy1994


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