ミート・ザ・ビートルズ<JAPAN BOX>

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 ついに発売されるようです。日本レコード・デビュー50周年に合わせた、日本盤の初CD化。アップルもよく許可しましたね。あのアンケート・キャンペーンはその前兆だったんだ。な~んだ、分かりやすい(笑)

今回のCD発売告知をよく見てみたら、「ビートルズ!」の発売日は4月5日のままとなってはいるものの、“*発売日には諸説あり”の注釈が付記されてます。この一言はデカイなあ。メーカーに4月5日を断定する資料(根拠)がないことを公表したわけで、これは100歩譲って(いや64歩と改めてもいい)、「メーカー側の良心」と解釈しましょう。逆にさらっと4月15日と記されて*の注釈がないほうが発売日問題の大きなポイントにあっさりケリをつけられてしまうわけで、今後の日本盤研究への意識喚起にはならないような気がします。「最重要デビューLPの発売日を正したのだからもう他の細かいことはいいでしょう」的な。サイトに掲載されてる「1964年ビートルズ・ダイアリー」を見ても分かる通り、日本に関する出来事はほぼ皆無です。メーカーが参考にし得る、ビートルズ日本史書・資料がいかに少ないかを証明しています。そのあたりの研究者が本当にいない。過去の資料を徹底的に調べ上げ、それらを基に実録ストーリーを著した「ザ・タイガース~世界はボクらを待っていた」(集英社新書)のような書物も出て来てはいますが、ことビートルズに関しては、レココレ2月号での大村亨さんの記事が、ほぼ初めてと言って過言ではありません。



 発売日問題に関してはグダグダ言わずに、この際ポイントだけをハッキリと示しておきます。

●LPに関しては、定説となっている以下の発売日を明記した当時の記録が一切ない(64年~78年まで)。
①「ビートルズ!」の 4月5日(4月15日なら、発売当時に発売予定と結果の記述あり)
②「No.2!」の   6月5日(6月15日なら、発売当時に臨発予定の記述あり)

ですから今回のCDの発売日記述に関しては、
「ビートルズ!」 4月15日
「No.2!」   6月15日 *他説あり
というのが正しいと思うのですが。

●シングルに関しては、定説となっている以下の発売日を明記した当時の記録が一切ない(64年~68年まで)。
① 「抱きしめたい」の      2月5日(2月10日なら、発売当時に発売予定と結果の記述あり)
② 「プリーズ・プリーズ・ミー」の3月5日(2月5日なら、発売当時に発売予定と結果の記述あり。「ポップス」64年2月号には、2月15日の発売予定の記述あり)
ただし私は、“この2枚はほぼ同時に発売され、「抱きしめたい」が2月5日、「プリーズ・プリーズ・ミー」が2月10日の発売である、”という高嶋説を支持します。その根拠については追って具体的に説明して行きたいと思います。






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「No.5」と「4人はアイドル」のCDには、はたしてカラー・ポートレートは封入されるのでしょうか?




せっかくの機会ですので、LP図鑑見られたことのない方に掲載した発売日コラムを貼り付けておきます。8年前の記事ですが、今読み返して、プレスマークの発見がきっかけだったことを知りました。この時点では、東京新聞の記事もインガム氏の証言も得られていなかったのですね。感無量。

(コラム)ビートルズ日本盤LPの発売日に関する検証 ~「60年代ロックLP図鑑」より

 「ビートルズ事典」(香月利一著、立風書房、1974年)・「ビートルズ・ディスコグラフィー」(同著刊、1979年)・「ザ・ビートルズ日本盤ディスコグラフィー」(ピーター・インガム著、シンコー・ミュージック、1986年)。ビートルズが解散して35年以上になるが、日本盤のレコード発売日に関する資料はこの3冊しか存在しない。香月本の圧倒的物量、インガム本の学術的緻密さ。ビートルズ日本盤研究のバイブルとして、これらに掲載のディスコグラフィーは30年近くに渡って信じられて来た。そして私も信じて来た。
 
 昨年の3月に事件は起きた。プレスマーク(PM)の発見である(48~51p参照)。インガムをしても解明出来なかった11枚のアップル再版盤の発売時期がこれによって推測可能となった。多方面から情報入手しPMの現物チェックを重ねて行くうちに、「不明なアップル再版LPが69年と70年の二つのグループに分けられているのはどうしてか」「発売時期と関連深いジャケット裏のアルファベットについて触れてないのは何故か」等、様々な疑問が起こってきた。それらをきっかけとして、そのまま丸写しにしていた他のLPの発売日についてもこの際徹底して調べてみることにした。調査を進めて行くうちに、発売日と一言で言っても、これを確定するのは大変な作業であることが分かってきた。英本国盤は勿論のこと米国盤もLPの発売日は克明に記録されているのに反し、日本盤に関しては資料が極端に少ないのである。66年以降は国会図書館のレコード会社年鑑でチェックすることもある程度可能だが、65年以前のものに関しては、東芝音楽工業の総目録ですら基本的に発売月しか記載されていない。当時の音楽雑誌やマンスリー等でも、発売日に関するものは皆無と言っていい。そこで各レコード会社が当時発行していた月報こそが、最後の資料源ということになった。幸い手元に東芝の月報を持ち合わせていたため、まずはこれを細かくチェックしてみることにした。最初に目に入ったのが『ヤァ!ヤァ!ヤァ!』の(64年)“9月5日臨時発売”という月報の記述。香月本とピタリと一致している。当然であろう。何しろ香月利一氏と言えば、70年8月発売の『セカンド・アルバム』<AP-80012>でライナーまで担当している人である。月報を含む多くの東芝関係資料を吟味されてるはずだ。まあ再確認という作業だけでも意味はある、と自分を納得させつつ調査を進めた。

 次にチェックした『ビートルズ’65』で壁にぶち当たった。香月本(当然のことながら初期のディスコグラフィーについては香月本に準じているインガム本も)では65年3月15日となっているが、月報では3月号に掲載されているだけで発売日は書かれていない。65年以前に関しては、非情なるかな臨時発売以外は月報でも発売日が明記されてないことが分かった。ただここで気になるのが3月号に載っているということである。これも月報を細かくチェックしていて気づいたことなのだが、雑誌類といっしょで、レコードの場合も3月新譜というのは基本的に2月の発売であることを示す。「マンスリー」でチェックしてみても、やはり3月号に載っている。65年3月号の音楽雑誌の記事などに何かヒントが隠されてないかと「ポップス」「ミュージック・ライフ」等を細かく調べているうちに、ついに(!)「ミュージック・ライフ」3月号の東芝広告で決定的証拠を見つけたのである。“ビートルズでサイン入りポートレートを当てよう!”という「ビートルズ発売1周年記念謝恩セール」の応募要項に、“2月15日発売のLP『ビートルズ’65』お買上の方から抽選で”という文言があったのだ。発売1周年というのも、「抱きしめたい」の64年2月5日発売を意識してのことだろう。3月発売というのは明らかにおかしい。そしてさらに「マンスリー」4月号でダメ押しとも言えるチャートを確認するに至る。「全国のレコード店のえらんだ今月のベスト・セラーズ(65年2月28日現在)」の第2位に『ビートルズ’65』はランクされていたのである。


 何故香月氏は『ビートルズ’65』を3月15日の発売としたのだろう。発売中止盤の『ザ・ベスト・オブ・ザ・ビートルズ』<OP-7177>が2月25日発売予定であったことまで香月氏が調べ上げているのには感服する。この点に関しては、私は完璧にギヴ・アップである(まあいいか、どうせ発売してないんだから)。そこまで調査している香月氏であるからして、3月15日という発売日もまんざらいい加減なものではないだろう。ひょっとしたら当初予定されていた発売日ではなかったのか。『ビートルズ’65』は<OP-7179>であることから、<OP-7177>が2月25日であるなら3月15日発売というのも納得が行く。ただ『ザ・ベスト・オブ・ザ・ビートルズ』が本国EMIからのクレームで発売中止が決定した段階で、「発売1周年セール」に間に合わすべく急遽『ビートルズ’65』の発売を2月15日に繰り上げたという推理はどうであろうか。いずれにせよ、『ビートルズ’65』が65年2月15日に発売されたのは間違いない。

 いくらか胸の高鳴りを覚えつつ、『NO.2!』<OR-7058>のチェックを急ぐ。香月本では64年6月5日発売となっている。ということは月報では64年7月号に載っているはずだ。細かくページをめくってみるがあるべき箇所に載っていない。あれ~と思って最後のページに目をやると、何とそこに『NO.2!』が写真入りでほぼ1ページ丸ごと紹介してあった。紹介記事をそのまま転載しますからよ~く読んで下さい。“4月中旬に発売されたLPの第1弾《ビートルズ!》(OR-7041)は、発売と同時に殆んど売り切れとなり、ファンの皆様からお叱りをいただきましたが、ビートルズ砲の第2弾が、いよいよ6月15日に臨時発売されます。”ちょっと大変かも・・。5日でなく、15日。さらには冒頭の“4月中旬に発売されたLPの第1弾”の箇所。香月本ではビートルズの日本盤LPのデビューは64年4月5日となっており、この日付は疑う余地のない聖域として私自身の中でもインプットされていたものである。でも、5日は中旬とは言わないですよね。ちなみに5月号の月報ではデビュー盤は表紙を飾っており、“4月中旬発売予定”と告知されている。ここでも同じ中旬という表現がされているが、7月号の月報では予定ではなく結果として書かれているという事実(かなり大変かも)。5日と15日というのは、67年末頃まで東芝があてていたレコードの発売日である。特殊な臨発もの以外はこの2種類の発売日しか考えられず、どちらであるかを特定出来れば発売日がほぼ確定することになる。中旬という表現は明らかに15日を指すと考えるのが自然である。5日か15日か。『NO.2!』は、告知内容からして9割方15日であろう。『ビートルズ!』は、中旬という表現と聖域度を考慮しても、6割方15日に軍配か?

 再検討すべく、国会図書館の年鑑目録を見直してみる必要があると考えた。かつてよりお願いしていたデータが、ビートルズ・コレクターの大村さんから届いた。大村報告は実に的を射た形式でデータ・ファイルされていた。64年~82年までの毎年の年鑑が、年度ごとに比較出来るようレコード番号別にリストされていたのである。感動!このリストを見てすべてのナゾが解けた。香月・インガム両氏ともに月報を見ていない。年鑑目録のデータには『NO.5』以降はすべて発売日が具体的に書かれているが、それ以前のLPは64年度から67年度に廃盤になるまで、毎年『ビートルズ!』~1964.4臨発/『NO.2!』~1964.6臨発/『ヤァ!ヤァ!ヤァ!』~1964.9臨発/『ビートルズ’65』~1965.3とだけしか書かれていなかったのである。要するに、香月氏は単純に臨発を5日それ以外を15日と振り分けたと思われる。このことは別に香月氏を責めるものではなく、むしろあれだけの膨大な資料を作成する過程で、発売日の検証のみに私ほどのヒマな時間は費やせなかったというだけのことなのだ。で最後にPMとの照合を。ビートルズの場合、そのほとんどがプレスから発売まで1ケ月ほどのインターバルがある。初回PMは『ビートルズ’65』がA5・『ヤァ!ヤァ!ヤァ!』がH4で共に(新?)発売日の1ケ月前のプレスで合格。『ビートルズ!』のD4・『NO.2!』のF4は、来日時の臨時発売として有名な『ステレオ!これが~』と同じプレス当月の発売ということになる(デビュー間際でかなり発売を急いだものと思われる)。しかしながら『ステレオ!~』は同じ当月発売でも下旬の臨発であり、仮にD4・F4が4月(及び6月)1日のプレスだったとしても、インターバルは譲って半月が限度。やはりどう考えても5日の発売というのは不可能である。
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