スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

レコードは真実を語る

jd ando1


 60年代より地元広島で営業を続けられている老舗ダンス・スポット「JAZZ FIVE」のマスター、安藤延夫さん(89才)に御来店いただきました。先週も地元の中国新聞に、「広島出身の新藤兼人監督(98才)が、49本目の監督作品『一枚のハガキ』を撮影中」という記事が載ってましたが、広島が決して長寿県というわけではありません。“20世紀を代表する天才ミュージシャンの二人がたまたま同じバンドにいた”(ビートルズのことですね)のと同じように、日本(世界?)最高齢の映画監督とDJがたまたま広島だったということです。1967年から今日までの43年間、同じ場所の同じ空間でDJし続けることのプロ意識、生きざまは、単に「継続」なんて簡単な言葉で説明できるものではありません。








jazz five 2


 まず驚くのがそのアグレッシヴな行動力。自立型一人暮らしのマンション住まいなのですが、近くの団地にお住まいのママさんと娘さんを乗せて、郊外から20分以上かけて車でご出勤なのです。何を隠そうこのお店、実は当店からは目と鼻の先の距離で、歩いても5分とかからない場所にあります。先日も東京から出張でやってきた息子の彼女を連れて女房と三人で行ってきたのですが、熟練STEPのご指導を受け、二人ともクタクタになっておりました(体力的に完璧マスターに負けてました)。その時に店内に貼ってあった告知ポスターで知ったのですが、何と本日6月23日こそが、43年前に華麗なる歴史のスタートをきった記念日だったのです。おめでとうございます!




 「縁は異なもの」といいますが、当店のホームページがスタートしたのも、何も隠しはしません、そう11年前の本日6月23日。そして今日ここに、11年振り、初のリニューアルでございます。めでたし、めでたし。






 今年の3月に朝日新聞の「ひと」欄に記事が載り、一躍全国に注目された安藤さんですが、この方の豊穣な音楽的基盤はあまり理解されていない気がします。ひょっとしたら、安藤さん自身もお気づきでないのかもしれません。「え~、89才でDJ?凄~い!」確かにそうではありますが、それだけではないのです。




music life  jazz five ad
「ミュージック・ライフ」70年7月号に掲載された「FIVE」の広告
40年前から住所・電話番号が一緒です

 激動の60年代末。「ファイヴ」は、吉田拓郎がアマチュア時代に組んでいたR&Bバンド「ダウンタウンズ」の行きつけのスポットでもありました。そしてベトナム戦争で疲弊した米兵達が岩国基地から夜な夜な繰り出したのも、「ファイヴ」でした。ヒート・アップする店内では黒人と白人のケンカが絶えず、安藤さんは秘策を考え出します。黒人兵が興じるR&Bだけでなく、白人兵の好むロックも交互に流したのです。さらに踊らせるだけでなく、メリハリをつける意味もあったのでしょう、ダンス・スポットでありながら“聴かせる”LISTENING TIMEを設けたのです(僕はこの点を最大限に評価します)。
 



 昨年でしたか、自宅マンションにその当時使われていたであろうレコード群を見せてもらいに行ったことがありました。これまで何度かジャズ喫茶等のレコード買取もしたことがあり、「どうせ状態とか悪いんだろうなあ」とナメていたのですが、とんでもなかったです。基本的に輸入盤がメインで、たまにある日本盤も帯なんてやわなものはほとんど付いてませんでしたが(おまえがそんなこと言っていいのか?いえいえ、ここは大先輩に敬意を表して)、ほとんどがMINTの状態。「レコード大事に扱ってましたからね。」納得です。


 
jazz five 3

 どうです、このクオリティー! 限られた輸入盤取扱店で手に入らないLPは、個人のギフト扱いで海外から直接取り寄せていたというのですから驚きです。当時「ファイヴ」の空間に身を浸した人が受けた恩恵。浜田君も不遇時代のライヴ・ハウスで「予備校に行くと親に言っては、さぼって一日中『ファイヴ』にたむろしてた」と語ってましたが、こうした音楽に囲まれていたことが、大きな肥やしになっているのは確かでしょう。

 
kevin.jpg
B面2曲目のミディアム・テンポな「STRANGER IN BLUE SUEDE SHOES」に鉛筆で丸印
ケヴィン・エアーズで踊らせていたDJ!


 レコードを見ながら、「本当に凄いですよ!」と何度繰り返したことか。さすがに僕の興奮がおべんちゃらでないと気付いた安藤さん、「いやー、嬉しいね。昔使ってたレコードのことをそこまで褒められたのは初めてですよ。TVの取材もこれまで20本以上受けたけど、ほとんどが歳のことばかりだからねえ。外人で歳のこと聞く人は一人もいませんよ。あなたに出会えて嬉しいですよ。」恐縮です。ただのレコード・バカがレコード見て興奮しただけなんですが・・。僕も嬉しいです(でもたまには歳の話もさせて下さいね)。 






 新聞記事やTVでお見受けする安藤さんは陽気で元気なDJじいさんのイメージでありますが、それはあくまでエンターテイメントであって、基本的には“生真面目な職人肌”の方です。そうでないと、こんなこと40年以上も続けられません。「継続」の裏に「偶然」はないのです。DJブースでバラード系のジャズを流している安藤さんの後姿を見ながら、「石のような孤独」を感じる瞬間があります(一瞬ですが)。決して記録として残されるのでもなく、ただひたすら無欲に音空間を作り続ける人生。カッコいいじゃあありませんか。

 「JAZZ FIVE」がオープンするほぼ3年前に、エリック・ドルフィーはこんな言葉を残してます。



    「音楽は終ると、空間に消えてしまう。もう二度ととり戻すことはできない」                           










jd ando2
「こういう店にはがんばって欲しいですね」
お言葉、重いです。



dj ando2
「こんな音で音楽流してたら、売れるものも売れませんよ」
「い~え、それ以前に客が来ないのが問題なんです」



jazz five 1
隣接する「歌えるパブ 城下町」とのハシゴ、いつかやってみたい




(菅田)
スポンサーサイト

愛すべき音の探掘者

miyaji.jpg

 「来客劇場」ちょっと前後してしまいましたが、先月出張で広島に来られたミスター・ライノマンこと宮治淳一氏(ワーナー・ミュージック)にご来店いただきました。日本における洋楽アーカイブに数々の実績を残されてきた宮治氏ですが、サザンオールスターズ・ファンにとってはバンドの命名者としても有名のようですね(ニール・ヤングの“渋さ”とファニアオールスターズの“ハッピーさ”を内包した素晴らしいネーミングと感心しております)。元々彼とは学生時代の音楽仲間として旧知の仲であったのですが、僕が就職で広島に帰ってからは疎遠のままとなっておりました。およそ30年というブランクを経て、4年前にブライアン・ウイルソン大阪公演での運命的な再会をはたすまでは。

 彼に初めて出会ったのは確か1973年の夏。その頃僕は大学2年生でビートルズ以前の洋楽を貪り聴いていて、大阪のファンが出したオールディーズの機関誌に手紙を出したりしてました。ある日「ニュー・ミュージック・マガジン」の告知欄で神奈川県の辻堂に本部があるオールディーズ・サークルの存在を知り、さっそく訪ねてみました。そこで代表の神谷誠一氏(現「バック・トゥー・ザ・ロック」オーナー)のスタッフとして身を置いていたのが宮治氏で、彼は当時まだ浪人生でした。ですから今日は無礼講で昔のまま“宮治君”と呼ばせていただきます。宮治君の家に初めて遊びに行った時、部屋に60年代の「ミュージック・ライフ」がぎっしり並べられていて、「こんな環境で伸び伸びと浪人生活ができるなんて」と随分羨ましく思ったものです。オールディーズが好きで好きでしょうがないといった様子の宮治君を見るにつけ、「浪人生の分際でこんなコアなサークルに身を置いて、こいつ大丈夫か?」と随分心配もしましたが、翌年無事志望大学に一発で(じゃないか?)合格した時は、正直「頭いいんだ」と感心したものです。神谷氏の小間使いでいろいろと資料集めや文献を翻訳したりしたことが、案外語学力アップに役立ったのかもしれませんね。


forever.jpg
<日本初のオールディーズ・ファンジン(73年4月創刊)。関西が発祥でした。
僕のラブレターに対して発行者である宮下静雄氏(故人)の返事には、
「第2号の価格は未定です。なかなか売れずにいます。
やはり我国には、まだ Old Rn'R のファンは少なかったのです」
と書かれてありました。あ~、あれから36年か




 宮治君とはバンドのまねごとのようなこともしました(彼は忘れかけていましたが)。僕がお茶の水の石橋楽器店で買ったばかりのカール・ヘフナー(大特価6万8千円也)でベースを担当し、宮治君はヴォーカルでジーン・ヴィンセントの「セイ・ママ」を絶叫しておりました。これが結構うまいんです。誰かの結婚式でも一人多重カラオケで「ソー・マッチ・イン・ラヴ」を歌ったという噂も聞きましたから、それなりの自信は昔からあったのでしょう。彼の記憶によると、僕の下宿に泊まった時、フランス・ギャルのシングルを僕から貰ったとのことなのですが、こっちの方は僕が忘れかけておりました。記憶のかけらというものは、お互い微妙にキー・ポイントがずれていたりするのでしょうね。ただひとつ言えることは、僕の下宿に彼が泊まった時、二人が夜を徹して(?)語り合ったことは、女の子の話や経済学の話などでは決してなく、間違いなく古い洋楽の話ばかりだったということです。

 30年のブランクの原因は、僕の下宿に泊まった夜、ビートルズがデッカ・オーディションで歌った「アラビアの酋長」のオリジナル・ヴァージョンがファッツ・ドミノかルウ・モンテかで大喧嘩になったことなどでは断じてなく、やはりオールディーズの名曲風に言えば"OUT OF SIGHT、OUT OF MIND"ということだったのでしょう。エレキ・ダイナミカでの活動やベンチャーズへのロング・インタビュー本には影ながら敬意も表していましたし、「愛すべき音の侵略者」の映像化には触発されて地元新聞のコラムに書いたこともありました。30年という歳月を経て彼が変わったのは、数々の重責をクリアーして行くうちにおのずと身についたであろう圧倒的な貫禄(ただのノンベエではないのですぞ)、そして変わらなかったのは、音楽に対する絶え間ない愛情と実直さでしょうか。いろいろ紆余曲折を経ながらも、大好きな音楽で出会い、再会し、こうしてお互い五十代になっても音楽で交流出来てる幸運に感謝したいものです。これからもヨロシク!


chugokushinbun.jpg
タイトルは「エレキ旋風」にして欲しいと強く主張したのですが・・




昨夜黒沢健一ライヴ堪能。素晴らしかった!
明日のっぴきならない出張買取で関東方面に遠征のため、レヴューは後日書かせていただきます。

(菅田)

日本ロック界の最強ヴォーカリスト

こんばんは、モンリーでございます。
わたしも「来客劇場」書いてみたいのですが、
唯一書けそうな日本ロック界の最強ヴォーカリスト様、
ライブの度に御来店いただくのですが、
なにせ最強ですから、なかなか難しそうです。


さて先週、
店舗への行き方を聞かれる電話がかかってきました。

「ワタシ ヒロシマエキ ニ イマス
オミセ ドウイケバ イイデスカ?」

分かりやすい日本語ですが、foreign peopleのようです。

「ヒロシマ ヨク ワカリマスカ?」
「ハジメテ キマシタ」
「デンシャ デ カナヤマチョウ キテモラエマスカ?
ソコカラ マタ デンワ シテクダサイ」
「ワカリマシタ」

なんとか私の日本語が通じたようで、無事御来店いただけました。

店内をいろいろ見ておられたのですが、

「○×!△○*△(アーティスト名)アリマスカ?」

うーん・・・
日本語はよく分かるのですが、アーティスト名は
発音がよすぎて全く分からないのです。

「;?>○△(国名) ノ カシュ デス」

うーん・・・
やはり発音がよすぎて全く分からないのです。
残念。

フォーク系のレコードをお買い上げいただき、
お店を出られる際、
「ココノ オミセ ニ イキタイノデスガ チカイ デスヨネ?」
チラシに書かれた地図には3本の線と
平和大通り 仏壇通り 流川通り の文字
そして真ん中に大きな○印
「チカイ デスネ ジュウショ カイテナイデスネ」
「ジュウショ ナイデス (笑)」
無事たどり着いたでしょうか・・・

つらいぼくの心

オークションリスト作成の合間に

最近入荷したレコードを店頭に出しております。少しづつでスミマセン。

検盤中、Jackie & Roy/Changes から1曲。

JACKIE  ROY CHANGES

「Didn't want to have to do it」(邦題:つらいぼくの心)

ラヴィン・スプーンフル、ジョン・セバスチャン作曲によるレイジーなワルツカバーですね。名曲。

以前、この曲をカバーした日本人アーティスト。





黒沢健一氏。





明日ライヴがあるってコトもあり、お客さんとたまたま、L⇔Rの話してたんです。


次の瞬間。


「こんにちは、黒沢です。」



奥にいたお客さんからでした…。
(本日、御来店されるのは聞いていたのですが…既にいらしてたのです。汗。)





一同唖然…。







kurosawa kenichi


ラヴィン・スプーンフルといえば、「Do you believe in magic」?。一般的に代表曲と言う意味で。

チョイスする曲が黒沢さんらしい。

初期L⇔R時代にはDC5のカバーなど演ってたし(DC5はまともにCD化されてなかった…今もですが)、

当時から一線を画するバンドで超~洋楽(オールディーズ~60Sロック)志向。


私が高校生の頃(92年頃)、黒沢さんが紹介する洋楽CDは全部チェックしてました。(CDジャーナルなんかも)

ズバリ、私にとって、同時期のミスチル、スピッツより断っ然、魅力的でした。

と、(勝手に)大ファンを謳っていますが、

実は一度もライヴに行ったコト無いんですね。都合が合わなかったんです。




明日は所用あり。

なので、







またしても、ライヴに行けなくて「つらい」んです。

HIP HOPとジスボーイ

B系ファッションに身を包んだ男性ご来店。




言うべきか、言わざるべきか

「あのー、ウチ12インチおいてないんです…」

一考…やっぱし、いらん事は言わんでおこ。






大概、聞かれるんです。

「12インチのコーナーはどこですか?」と。







しばらく、店内を周回して、









立ち止まったのは「歌謡曲(演奏物)」








???






あれ、JAZZやSOULじゃないんだ。









そこは、
三味線の「高橋竹山」、はたまたギターの「横内章次」他のインスト演奏物レコードがあるトコ。










???






この人、三味線すんだろうか?
(最近多いみたいだから、全くおかしくはないのですが。)





と、おもむろにレコードをゴボウヌキ。










ドラム。









しかし一連の和モノDJ系ではないですし。











ようやく理解できました。









サンプリング用。クリエイター様だったのです。



K-FLASH氏。大阪からの御来店。


「海外モノのある程度のモノは、みんな使っちゃってるから、

誰も使ってない和モノでカッコイイの創りたいんです。」






イデオンとかトリトンでもなく、

和モノでも最近のガイド本、雑誌なんかに載ってないのばかり。

しかも、未試聴。(男前)

試聴は何枚でもオッケーなのですが。






なるほど。勉強になりました。













K FLASH2

大人買い。(ヤベーなあと思ってた矢先、日割り予算楽勝クリアー。)








K FLASH


出来る方は井手達も違うようで。ジャケットのセンスも流石です。

笑って笑って60年と行きたいス。



というコトで、

当店には、

「ドラムブレイク」「サンプリングネタ」などのコーナーは御座いませんので、

「歌謡曲(演奏物)」にて、お買い求め下さいませ。ハイ。



プロフィール

thisboy1994


>>買取のお問い合わせはこちら

●店長「菅田」
 1952年広島県安芸津町生まれ。獅子座のAB型。ビートルズをたまにしか聴かないビートルズ・フリーク。
●スタッフ「オイリー」
 A型、初代ミス・ジスボーイ、元ユニコーン(及び新日本プロレス)・ファン
●スタッフ「モンリー」
 A型、元PANTA FC会員(’83~'01)

●スタッフ「スーザン」
 B型、2代目ミス・ジスボーイ、初レコ:中森明菜

●スタッフ「白井」
 O型、趣味:釣り、初CD:フランキー・ヴァリ&フォー・シーズンス

【買取専用フリーダイヤル】
0120-50-1041【13時~20時】
0120-0846-45【9時~13時(菅田)】

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。