30周年記念オークション・リスト完成

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30周年記念特大号「かんだレコード・リストNO.36」のA表紙は「ウガンダ」帯付。
別名「うがんだレコード・リスト」、というシャレが‟うかんだ“。


 本日通販リスト発送しました。いやー、今回は例年に増して長期戦でした。当初予定していた3500枚は時間切れということで、結局2863枚でドクター・ストップ(医者に止められたわけではありませんが)。700枚近くは次回に持ち越しとなりました。申し訳ありません。あまり無理はしないという諦観年齢に達しておりまして、おかげで体調はヘヴィーなハード・ワークのわりにいたって平穏であります。と言っても昨年度の1457枚を考えるとほぼ倍近い枚数で、特にビートルズ関連アイテムは、国内アーティスト編のソノシート等も加えると当初予告していた300枚からさらに加算して400枚越えとなりました。『サージェント・ペパーズ~』が発売された67年当時、発売前の音楽雑誌でリンゴが「次のLPは期待していてネ」と自信満々の笑みを浮かべた写真が掲載されていた記憶があり、その写真を今回のブログで使おうと「ヤング・ミュージック」(有力)や「ミュージック・ライフ」「ティーン・ビート」等いろいろ遡ってチェックしてみたのですが結局見つけることが出来ませんでした。ネット公開は中旬あたりになりそうですが、正にリンゴの心境で、(ちょっぴり弱い邦楽LPを除いて)


今回のリスト期待していてネ!


平成リスト


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「ヤング・ミュージック」1968年10月号裏面広告
このカッコいいポスター、どこかにあるはずなんですが・・
      




謹賀新年

今年もよろしくお願いします。

いよいよ平成が今年度で終わりますね。レコード・オークション通販リストを1988年の夏にスタートしたということで、今年でいよいよ30年目に突入です。我ながらよくやってきたと思います。「30年目」と「平成30年」。ほぼ平成(ヘイセー)と並走(ヘイソー)してきたわけで、平成リストと呼んでもいいでしょう。そして平成リスト最後の年となる今回、偶然か必然か、過去最大の掲載枚数となりそうです。基本的に1年間買取したものを集約しリスト化するという行為を続けて来たわけですが、かつてジスボーイをオープンする前の大昔に東北のラジオ局から1万枚のシングルを買取したことがあり、さすがにその時だけは3回分(昔は年2回リスト)に分けました。新リストNo.36の邦楽シングルでは、それ以来となる二度目の分割処置を施すことになりました。反面、邦楽LPが弱いとかいろいろとあるんですが、何とか「平成リスト」としての有終の美を飾ることが出来そうです。感謝!
(リスト完成2月中旬予定)






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レココレ新年号(中旬発売)広告。ラフ原稿で失礼します。もうひと月のラスト・スパートです。
 

天使の歌声

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KENICHI KUROSAWA/「HEAR ME NOW」<24FL-0220>


 黒沢さんが旅立って1年。素晴らしいアルバムが完成しました。多くの音源が残されていることは噂には聞いていましたが、正直ここまで予想を超えたものに仕上がるなんて・・。残された音源に手を加えたロックン・ロールの名曲には、過去にもバディー・ホリーの「新婚のペギー・スー」や(ビートルズもカヴァーした)「クライング・ウェイティング・ホーピング」等があります。ジョンの「フリー・アズ・ア・バード」や「リアル・ラヴ」もそうですね。でも今回のアルバムはポップ・ソング集でありながらも、いわゆる「売らんかな」的な商業主義のかけらも感じさせません。伝わって来るテイストは、むしろその対極にあるものに私には聴こえます。彼を知る多くの仲間達が‟黒沢さんへの想いだけ“を結束しサポートした、そして黒沢健一のポップス・センスがこれでもかと言わんばかり濃縮された極上の1枚となっています。昨年の暮れ以来、黒沢さんがこれまで残した数多くの作品を聴くにつけ、(ファンの方も何かで書かれてましたが)‟未来に誕生するはずだった多くの名曲が永遠に失われた“思いでいました。でも今回のCDの完成で、正にその「未来の名曲」達が誕生したと言っていいのではないでしょうか。










バディ・ホリイDC-1082★
バディ・ホリイ/新婚のペギー・スー<DC-1082>
このドーナツ盤の存在に興奮していた黒沢さん。25年前の話です。





福岡ディスク・カーニヴァルに参加します

オークション・リスト検盤作業ど真ん中ですが、セールの告知です。
よろしくお願いします。


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新たな60年代音楽大量買取(3000枚越え)
エレキ・インスト!

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レコードは天下の回りもの  ~歌謡ドーナツ盤のディープな世界

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 本日巨大帯付レコード・オブジェが、このような巨大レコード看板に切り替わりました。「60年代音楽専門店」らしいLP看板でしょう?もともとこれで行きたかったんですが、‟ビートルズ来日50周年”と自らの年齢の64才(When I’m Sixty Four)が重なったことで、個人史的記念物として町の活性化も兼ねて急遽変更したわけです。ただビートルズ・バカが作ったオビジェ、じゃなかったオブジェを2階の前に置いているだけなのに、勘違いされた「ビートルズ看板」としてのインパクトが大き過ぎて町内では近づきがたいイメージでとられてしまい、活性化するどころかますます孤立化する始末(笑、ってる場合じゃない)。町内の人の来店は稀なのに、先日も東京からカヴァーポップス・コレクター(ピーナッツ・コレクションはトップ・クラスとみました)と彼のアメリカの友人(歌謡曲ファン?)が来店。それに和モノDJ軍団が加わり、さらにドイツから洋楽ロック・シングル・コレクター(20年来の付き合い)も来店と、内外コレクター入り交じって凄い状況になってしまいました。普段は2階の入口ウインドウから見える農協ビル屋上の旗がなびくのを、コーヒー飲みながらのんびりと眺めるのが至福の時なんですがね。ネット等を通じて外見だけで判断する人や新しいレコード・ファンの中には「ビートルズ専門店」と勘違いする人も・・。実態は60~70年代音楽専門店なのに。ということで、「ステレオ!これがビートルズVOL.1(来日記念盤)」の帯付LPオブジェは、今後は来日滞在した6月29日から7月4日までの限定公開とさせていただきます(って、誰か見に来るのかい?)。








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チョイスした6000枚のシングルがぎっしり詰まったダンボール16箱、無事到着。

 看板変更の予兆をキャッチしたのか、先月埼玉から昭和歌謡の買取依頼の電話が。ちょうど台風が関東を直撃するという天候だったのですが、昭和3~40年代(もろ1960年代!)のレコードの魅力には勝てません。予約していた飛行機をキャンセルし、早朝の新幹線に急遽切り替え埼玉に向かいました。77才の叔父から譲り受けたという1万枚の歌謡曲系ドーナツ盤を2日間に渡って査定。半世紀近く突っ走って来られたコレクター道の成果は、途方もない内容でありました。以下成果のほんの一部を。

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このコレクション群は、現在メインとなっているネット・オークションではなく、都内のハンター等の中古店廻りやフリーマーケット・骨董市等を足しげく通うことのみで築き上げられたものとのこと。しかも20年前に既にそのコレクションは終了していたというから驚きです。収集熱の圧を感じさせる、たとえばこんな塊。

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これらは東京の大手老舗中古屋「ハンター」の値札のかけらとホッチキスがそのまま残っているシングル群(このタイプが100枚以上!)。一般に「ハンター・ダメージ」と呼ばれるジャケットは購入者がホッチキスを外した後の2穴だけが残っているものをさすのですが、そのままの形態はこれまであまり見た記憶がありません。このホッチキスはジャケットと内袋が分離しないようにくっつけたものだと勘違いしていた私は、その昔ホッチキスの代わりに米粒で止めて特徴を出そうかと考えたことがありました(ギャグですよ)。これ以外にもお店の個性が感じられるテープ止めや、クリップ止めがそのまま残っている塊がありました。そんな中、このような塊が・・。

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とっさにビビっときた私は、このジャケットを見て確信しました。この「赤盤」は女房の字だ!
そうなんです。何を隠そう28年前、初めて単独で東京進出した「明治公園フリーマーケット」で売ったレコードだったのです!!おもちゃ鑑定士の北原照久さんの本で、アンティーク屋でブリキのロボットを息子の誕生日祝いに買って帰った外国人の小話を読んだことがあります。「これがパパが子供の時に持ってたのと同じロボットなんだよ。背中にパパのイニシャルを書いてたんだけどね。」と裏返してみると、なんとそこには自分の書いたイニシャルが残っていた、という感動的な話です。何かその話を思い出してしまいました。買取依頼いただいたKさんも、「その頃は盛んにフリーマーケットは回っていましたから、時代的にも一致しますね。」と納得されていました。

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明治公園フリーマーケット会場(1989年11月5日)

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北区在住のコレクター宅にレコード送り、都内でレンタルしたトラックに積み込みそのまま会場で店開き。
いや~、懐かしい!

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「ミュージック・マガジン」1989年10月号の広告

この時の広告に‟雨天中止の場合は、ロック喫茶「TOMMY BOY」(小金井市)にて開催します“って書いてあるんですが、完璧にそのこと忘れていました。当時リスト請求いただいた面識もないマスターに電話でお願いしたのでしょう(厚かましい!)。結局その日は晴天で、それ以後まったく連絡とってませんでしたが、お元気でしょうか?まだ何とか私は中古屋やっております。不安だらけだった初の東京進出を助けていただきました。その節は大変お世話になりました。感謝しています!
(FROM ‟THIS BOY” TO ‟TOMMY BOY”)
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さらに、サイン入りの塊も。

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そして、デビュー盤の塊も。

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査定を続けながら、Kさんとも夜遅くまでいろいろとお話しさせていただきました。Kさんの半世紀近いこれまでの人生も実に興味深く、これはこれでおもろい小説が一本書けそうな内容ではありましたが・・。おしゃべりな私も、さすが深夜2時あたりには言葉数もすっかり減って、両腕両膝の筋肉痛に耐えながら、翌日の昼過ぎに無事何とか査定完了しました。ほぼ歌謡曲シングルの山なのですが、ロック系と比べてディスコグラフィー等データも乏しく、認知度の少ないアイテムも多いジャンルだけに、そのディープさは計り知れません。だからこそ和ジャズ・ブームに続いて和モノ・シングル・ブームが来てるんでしょうね。ほぼ結論が出た後にKさんが一言口にされました。

「今初めて言うんですが、実は菅田さんのブログを隅から隅まで読ませていただいてこの人に買取をお願いしようと決めたんです。」

う~ん。泣けるじゃないですか。それじゃなくても突如涙が出たりするのに(気分高揚しないのに突如涙が出るのは「老化の一種」であることを最近知りました)。


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私、先に看板作って自ずと気分高揚させるタイプなんです。

特にレアなものだけでも優に100枚を超える「デビュー盤」群は、「昭和デビュー館」なる構想を持っている私にとって実に大きな前進でした。モチベーションも格段にアップしました。Kさん、ありがとうございます。Kさんのお気持ちと、叔父さんの半世紀費やした労力は決して無駄にしませんから。

西暦2000年の子供達

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「バカの一つ覚え」という言葉もありますが・・


 毎年10月はオークション・リストの検盤作業に没入する時期です。「一を以て之を貫く」の精神でがんばっております。特に今回は過去最高の枚数になりそうで、その要因のひとつとなっているのがビートルズ関連アイテムの大口買取があったことです。掲載予定は300枚以上。年1回のオークションは、その1年間に買取したものを中心に掲載します。よって60~70年代の国内盤をオール・ジャンルに渡って満遍なくリストすることは結構大変なんです。基本的に同じアイテムを(続けて)掲載しないことを鉄則としているため、価格崩壊が進むレコードでオークションの最低価格をクリアしたものを1000枚以上集めるのは至難の技でもあります。ですからビートルズに限っても、年度によっては30枚以下ってことも少なくありません。ビートルズ専門店でもない当店に(よく誤解されますが)、こんなに集まったのも前代未聞のことであります。検盤作業にかこつけて、久しぶりにビートルズのレコードを聴き込み堪能しております。ああ~、しあわせ!








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『アンソロジー・ボックス』の冒頭で、デレク・テイラーの解説を再確認する。


「20世紀最高のロマンス、いや、あるいは「ただのバンドがとってもとってもビッグになっただけにすぎない」のだろうか?後者は、ビートルズ神話を紛糾しようとするハードボイルドなジョンの解散後の言葉だ。そして前者は、当時をふりかえり懐かしみを込めた私のバラ色に染めた見解である。」


『アンソロジー』が発売された1996年はビートルズ解散から既に四半世紀が経過しており、デレク・テイラーが能天気なロマンス・ガイでないことは、それから20年近く経た現在において彼の見解がより真実味を帯びていることからも明らかです。




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その“ロマンス・ガイ”デレク・テイラーが、ビートルズ4枚目のアルバム『フォー・セール』で初めてライナーを書いていたことはあまり意識していませんでした。『U.K. ORIGINAL ALBUM BOX』に収録された『フォー・セール』<TOJP-7074>にその邦訳を見つけました。


「FOR SALE といっても、彼らが売りに出ているわけじゃない。金銭的な面は何かと取り沙汰されるものだが、この際そんなことは大した問題ではない。とにかくこのアルバムは「買い」だ。

  (中略)

 お金や人気が全てではない。これらの曲ははかり知れない歴史的価値をもつものだ。人は誰しも若かった頃に戻ることはできない。世代がめぐって、子供が葉巻をくわえて土星にピクニックに行くような時代の「放射能チャイルド」みたいなガキが、「ビートルズって一体なに?」などと尋ねた時に、君は本当にビートルズを知っていると言えるだろうか?長髪や絶叫の説明なんかでお茶をにごしてはいけない。そんな時にはこのアルバムの曲をいくつか聴かせてやることだ。そうすればおそらく彼らにもわかるだろう。西暦2000年の子供達も、彼らの曲を聴けば、現在の我々と同じように暖かな、幸福な気分を味わうことだろう。 
(日本語訳:斉藤真紀子)」


“長髪や絶叫の説明なんかでお茶をにごしてはいけない”の一言、しびれます。この日本盤の帯には“英国オリジナル発売1964年12月4日”と書かれています。そして当時デレク・テイラーがロマンとして究極の視野に当てた「西暦2000年」からも既に20年近くが経過しようとしている現在、私も同じように“暖かな幸せな気分を味わって”いるのです。(西暦2017年のしがない高齢者ですが、何か?)


出戻り移転3周年

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限定ということで2階部分に設置していたビートルズの帯付LPオブジェ。
調子乗って1年以上そのままにしていたので「50周年記念オブジェ」の意味がなくなりそうです。
ということで、来月には当初予定していたLP看板に変わります。
(来年からは6月・7月の来日記念月のみ公開の予定)



 早いもんですね。安芸津町にジスボーイが出戻って(と言ってもスタートは東広島市西条町) 、今日で3年が経過しました。歳とるわけです。安芸津町で始めたレコード・オークションも今年度は過去最多掲載のリストとなる予定で、公開はおそらく来年頭になり、いよいよ30年目に突入であります。また本日10月5日はビートルズの本国デビュー55周年記念日でもあり(というか、それに出戻り日を合わせたわけですが)、めでたしめでたし。「カープ優勝したけど、今年はセールやらないのですか?」という問い合わせ電話もありましたが、リーグ優勝ぐらいじゃあねえ・・(おっ、大きく出たぞ)。日本一になったらカウント・ダウン・セールやりましょう。1階のLP5000枚を、営業初日の水曜日から500円均一でスタートし、以後木曜400円、金曜300円、土曜200円、最終日曜100円均一でフィナーレ(シングルは初日から100円)。いかがでしょう?これだったら、日本一になってもならなくても嬉しい(安心)、といった感じでしょ?でも一番怖いのが、「日本一・セール最終日に100円でもほとんど売れなかった」という構図でしょうか・・。





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左端の「B4」確認出来ますか?


 本国デビューから遅れること“およそ”1年と4か月、日本で「抱きしめたい」<OR-1041>が発売されたようです。その後の研究・推測も進んでいるようですが、未だに国内デビュー曲は曖昧なままです。そこにちょっとしたビッグ・ニュース(どっちやねん?)。何とこのテスト盤にプレスマーク(プレスされた年月の刻印)があるものが発見されました。基本的にはPM(プレスマーク)はレギューラ盤にしか刻印されませんが、稀に手違い(?)でサンプル盤に刻印されたものが存在します。今回見つかった現物を、情報をいただいたオールディーズ・コレクターの方から送っていただいたのですが、ごらんのとおりPMは「B4」(64年2月プレス)でした。はっきりと盤の音も確認しましたよ。

(補足註:超幻の「ロング・アンド・ワインディング・ロード」の赤盤を見せてもらったことがあるというビートルズ・ヘヴィー・コレクターの言。「でも、音は聞かせてもらえなかった」)

今回の発見は当然「プリーズ・プリーズ・ミー」を国内デビュー盤と特定出来るものではありませんが、少なくとも「A4」(64年1月プレス)が存在する「プリーズ~」よりは「抱きしめたい」のプレスが後であり、「抱きしめたい」のプレス日はどんなに古くても2月1日以後であることを証明しています。そしてそれは、現在記録として残されている最古のレコード店ストック日(2月14日)と無理なく整合するものであります。プレス担当者のポカ?に拍手!

金沢JAZZ STREET 2017

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「ニュー・ソウル特別ハイライト盤」<LWG-1056~7>
ヤング・ホールト・アンリミテッドの「テーマ曲(ソウルフル・ストラット)」で始まり、
シュープリームスやマービン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」を収録。
ただしDJは、Shogo Hamada ではなく Peter Perkins


 「The Moonlight Cats Radio Show」売れてるみたいですね。2年前の前作「Journey of a Song writer 〜 旅するソングラター」も史上初の六十代で2週連続アルバム⾸位を獲得したことが話題になりましたが、今回の初登場1位・2位独占もデビュー以来初とのことで評判を呼んでいます。64年の全米チャートでビートルズが1位から5位を独占したという記録がありますが、今回はたまたま「Vol.1」「Vol.2」を同時発売したのがチャートに上がっただけのことで、当然本人もそれを狙ったわけでも何でもないでしょう。そんなことより個人的に感慨深いのが、“英語で歌った”洋楽カバー・アルバムがオリコン・チャート1位になったということです。そんな例って他にあるんでしょうか?(竹内まりやの「Longtime Favorites」もその類でしょうし、スーパーフライ、小柳ゆきにも洋楽カバーの1位アルバムはあるようですが、いづれもそれらは一部日本語カバーやオリジナル曲を含んでいます。)そこにこそ、私は「史上初」(?)としての価値を見出したいのです。別に1位になることがエラいわけではないし、ミュージシャンとしての価値がそれだけで測れるものではないでしょう。でも単純に考えて、洋楽カバーだけで1位を獲るということは凄いことだと思うのです。60年代や70年代の洋楽に触発されてスタートした日本のミュージシャンは少なくありません。でもそうした音楽のカバー集は、ヘタをすると趣味的で安易なリスペクト・ソング集に陥りかねません(決してそうしたものを否定するわけではありませんが・・)。今回の結果は、この時期に及んであえてカバー・アルバムを出した浜田省吾の洋楽への敬愛の深さと、デビュー以来ブレないスタンスや想像を絶するライヴ活動の継続によって獲得したファンの信望の厚さとが作り上げた、ある種の「天恵」とさえ私には思えるのです。







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  いやはや、凝りませんね。もうライヴの日まで浜田君のことを語ることはないと思ってたんですが・・。レコード・ファンのウザそうな表情が何となく頭に浮かんできましたので、さあ、宣伝!宣伝!本日の前夜祭をスタートに、明日から18日までの3日間、金沢は「金沢JAZZ STREET 2017」の開催でジャズの町と化します。3日間で予想される集客は10万人。何とこのイベント、今年で9年目を迎えるとのことですが、今回の初企画での依頼があるまで知りませんでした(井の中の蛙ですね)。イベント会場は20ケ所もあるのですが、今回当店が参加するのは金沢アートグミで開催される「ジャズレコード・カバーアート展」です。内容は“金沢工業大学PMCをはじめ、店舗やアーティスト、コレクターにご協力頂き、壁一面にレコードジャケットがディスプレイされます。迫力満点。開催時にはDJによるプレイも必聴”というもので、協力店舗として海外盤をDisk Unionさんが、和ジャズ盤を当店が担当させていただくことになりました。「和ジャズ・ディスク・ガイド」(塙耕記+尾川雄介著、リットー・ミュージック)という名著を出されている塙さん率いるDisk Unionさんを差し置いて和ジャズのディスプレイを担当することは実におこがましいのですが、この本もしっかり参考にさせていただきセレクトしました。塙さんとは以前お酒を交わした面識もありますが、声識?しかない尾川さんには今回のセレクトに関して意見をお聞きしました。“ええっ、そんなものを送って大丈夫なんですか?”的な気遣いも感じましたが、さすがの見識。非常に参考になりました。ありがとうございました!


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「和ジャズ・ディスク・ガイド」(塙耕記+尾川雄介著、リットー・ミュージック)



以下、セレクトのほんの一部ですが列挙させていただきます。

サード/ハレ・クリシュナ 


石川晶/アフリカン・ロック

山下洋輔トリオ/イントロデューシング・タケオ・オリヤマ

菊地雅章/ダンシング・ミスト

村岡健,植松孝夫/ライド・アンド・タイ

弘田三枝子/スタンダードを唄う

アストラッド・ジルベルト/ゴールデン・ジャパニーズ・アルバム

中村照夫グループ/ユニコーン

渡辺香津美/インフィニット

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富樫雅彦/ Masahiko Togashi

美空ひばり/ひばりとシャープ  

お近くの和ジャズ・レコードファンの皆さま、是非とも会場に足を延ばしていただければと思います。
半分近くは年末のオークションに出ますので、コレクターの方はチェックよろしくお願いします。
(本当に現物送ってしまったんです)

ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドからJ.S. INSPIRATIONSへ

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1000枚のうち4分の3は、1階の300円コーナー直行の内容でしたが・・。


  忙しいっス。先月の70年代洋楽シングル1200枚に続いて、先日は四国にあった某デンキ店レコード部の60年代デッドストック・シングル1000枚を買取。「金沢ジャズ・ストリート2017」のレコード・ジャケット・アート展用の和ジャズLPも、かろうじてリミットぎりぎりの昨日発送しました。詳細については後日改めて報告させていただきます。









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SHOGO HAMADA & THE J.S. INSPIRATIONS/「The Moonlight Cats Radio Show」


 先週発売された「The Moonlight Cats Radio Show」の2枚のミニ・アルバム、毎日聴いております。

「浜田君が凄いバンドを作った!」

というのが率直な感想です。これは何を隠そう、高校2年生だった1969年11月4日の三津田高校体育館でロンリー・ハーツ・クラブ・バンドの演奏を初めて見た時に感じたのとほぼ同じ感覚なんです(“記録”があるんですね。ただ一人と思われる「ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド研究家」ですから(笑))。荒木一郎のファースト・アルバムの魅力を再確認した時のように、ひょっとしたら秋のライヴ観戦日まで毎日聴き続けられるかもしれません。いや~、素晴らしい。





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VOL.1

 ジャケットもそうですが、DJ仕立てにした気取らなさ、「バンド・メンバーと楽しんじゃいました」的なお遊び感覚。でもでも、なぜか極上なんですよ、テイストが。R&Bインストの導入曲も絶妙なセレクトで、いやがうえにも気分を盛り上げてくれる。キーボードの音色に各楽器が絡まり、自然に60年代の桃源郷になだれ込む。「My Cherie Amour」でとろけさせ、「Mercy、Mercy、Mercy」でジャパニーズ(・ブルーアイド?)・ソウルを見せつける。「This Boy」が浜田君のリード・ボーカルでないことを事前に知ってしまった私は、次の「You’ve Really Got a Hold on Me」に賭けていました。ミラクルズなんかじゃない。浜田君にとってこの曲は、絶対にビートルズなんだ!と。ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのビートルズ・カヴァーは「ミズリー」他全部で14曲あるんですが、この曲は歌ってません。でも歌声は想像できるんですね。「オー・ダーリン」を歌うのを聴いた時に感じたちょっとした違和感は、きっとこの曲にはないはずです。だってジョンのボーカル曲ですから(R&Bカヴァー・アルバムなら、是非とも「アンナ」を浜田君に歌って欲しかった。←コラコラまた始まったぞ)。でも聴いてみたら違ってました。粘っこいというか、明らかにリズム・テンポがミラクルズ寄りで、これはこれでいい感じ。でもファルセットではちょっぴりジョンが顔を出します。六十代になってから年に一二度、何の昂(たかぶ)りもないのに突如涙が出ることがあるのですが、次の「Will You Still Love Me Tomorrow」の歌声を聴いて、何故か不覚にも涙してしまいました(決して“泣いた”のではありません。娘っ子の歌声で泣いてしまうような野暮な野郎ではござりませぬ)。この曲を歌う中島さんだけでなく竹内さんも含め、J.S. INSPIRATIONSの二人の歌姫は、予想以上の洋楽カヴァー・ボーカリストでした。「What’s Going on」は語り継がれるべき名唱ですね。何も言うことありません。CDに記録された私にとっての浜田省吾洋楽カヴァーの最高峰は圧倒的に「Be My Baby」だったのですが、超えました。


vol 2 (1)
VOL.2

 2曲目の「My Girl」は意外や意外、これが当たりでした。期待していたボーカルに何故か一番近い感じ。高校時代の歌声をちょっぴり想い出しました(本音を言えば、「Girl」だったらなおよかった。まだ言ってる)。4曲目の長田さん歌う「Crazy Love」も大当たり。ギタリストって渋いボーカルをきかせる人多いんですが、スパイダースのアルバム『スパイダース69』における井上堯之ボーカル曲「エニータイム・アット・オール」の佇まいを連想してしまいました。そして「This Boy」。かつてFMラジオのインタビューで、「タイムマシーンで行くとしたらいつの時代に行ってみたいか?」の質問に、浜田君は「過去のことはだいたい分かるので、未来に行ってみたいですね。」と答えていました。それとは対照的に、十代に聴き込んだ音楽を宝物のように慈しんでいる発言も何かの本で読んだ記憶があります。アーティスト浜田省吾にとって、郷愁的な音楽は安易に記録として残すべきものではないのかもしれません。展開部のサビは町支さんが歌っていますが(歌上手すぎ)、その後に転調して演奏されるジョージ・マーティン楽団風の間奏が絶妙で、この曲が使われた映画のシーンと同じくこれはこれで“郷愁的”ですらあります。最後のコーラスでは、ハッキリと48年ぶりの浜田君の歌声が聞こえました。2枚セットの最後は、フィナーレにふさわしいゴージャスナな「Ain’t No Mountain High Enough」で完結します。お見事!!







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 10代の浜田君を振り返ってみると、何より洋楽のヘヴィー・リスナーだった気がします。まず、そこなんです。そこからすべてがスタートしているんです。その入れ込み方が普通じゃあなかった。そしてそのまま自然とバンド活動へと流れていくことになるんです。でも当時の若者、特に浜田君のようなナイーヴな十代にとって、時代そのものは非常に不安に満ちていました。バンド活動している時以外の浜田君の笑顔って、あまり記憶にありません。アルバム『Save Oue Ship』の冒頭に「青空」って曲がありますが、高校時代の浜田君のイメージは、私にとっては正にあの世界です。でも浜田省吾には、十代の瑞々しい感性で洋楽を聴き込むことで得た「音楽に潜む普遍性」への想いがその背景に流れている気がします。だからこそ、未だにファンを魅了してやまないのだ、と思っています。60年代の洋楽ファンがそうだったように、言葉が直接届かなくても、メロディアスかつグルーヴィーな楽曲と歌声だけで多くのメッセージを受け取ることが出来るはずです。



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RCCテレビのアマチュア・バンド番組で、
「イッツ・オンリー・ラヴ」をハモる17才の浜田君と岡田さん(「浜田省吾事典」より)


 どうです皆さん、お分かりになったでしょ?洋楽を歌う浜田省吾のカッコよさが。高校時代はフォーク・ロックでしたが今回はR&B。でもロンリー・ハーツ・クラブ・バンドには岡田さんという歌姫もいたし、彼女が歌うメリー・ホプキンの「グッドバイ」では、リーダーだった福田君が間奏でトランペットを吹いたりしたんですよね。そう考えると、洋楽カヴァー・バンドとしてのJ.S. INSPIRATIONSは、ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドの“実に偉大なる”進化形ではないのかとさえ私には思えても来るのです。
私はこのアルバムを15年、いや40年待ちました。浜田君、ありがとう!




買取、そしてチョイスとセレクト

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「介護保険被保険者証」届く。誰のかと思えば私のだった。WHEN I’M SIXTY FIVE!
これでリラックスした安心の老後が“保証”された。







ダンボール
このダンボール(約120枚)が10箱分の計算になります。

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  つい先日、70年代をメインとした洋楽シングル1200枚を買取しました。安芸津町に出戻り移転して以降にたまに来店される、ボーカル・ジャズ・歌謡曲を中心とした県外のオールド・レコードファンがいらっしゃいます。今年になってトレードで入手されたという大量のシングルを車で持ち込まれ、「お金はいりませんので、その分今回の買取額だけお店の商品を買わせていただきます。」とのことでした。枚数が枚数だけに短時間ではとても査定額は出ず(全部目を通しますから)、時間も余裕がないということでその日は30枚ほどお店のLPをお買い上げいただきそのまま帰られました。翌日私が提示した買取額に驚かれ、「そんなになるんですか!? とてもそんなに買えませんので」と、結局送金させていただくことになった次第であります。




あまり見ないかなというものを中心に、お遊びで「おもしろイラスト・ジャケ」を10枚ほどチョイスしてみました(決してプレミア盤というわけではありません)。

まずは不思議ジャケ2枚

パーコレイター
ホット・バター/パーコレイター<JET-2188>


ドラマティックス
ドラマティックス/ヘイ・ユー<DW-1074>



続いて邦題おもしろジャケ4枚

サザーランド
サザーランド・ブラザースとクイヴァー/愛さずにいられたら(YOU GOT ME ANYWAY)
「愛さずにいられない」のひねり邦題?



ドンナ・サマー
ドンナ・サマー/恐怖の脅迫電話(THE HOSTAGE


センチュリー・オーケストラ
センチュリー・オーケストラ/キング・コングがディスコにやって来た!(KING KONG IS BACK AGAIN


ファイヴマン・エレクトリック・バンド
ファイヴ・マン・エレクトリカル・バンド/ビリーは狼少年(WEREWOLF)


最後にカラフル・インパクト・ジャケ4枚を

リトル・ビーバー
リトル・ビーバー/パーティ・ダウン<SS-2420>


ストリークス
ストリークス/気まぐれストリーキング<HIT-2139>


バブルロック
バブルロック/びんた一発<TOP-1938>


ホットショッツ
ホットショッツ/スヌーピーの赤男爵をぶっとばせ<SFL-1812>



目の保養になられましたでしょうか?











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  映画「ノルウェイの森とリラックス・スペース「EIGHT」に続いて、久しぶりにレコード・セレクトのお仕事二つ入りました。来月金沢で3日間開催される「KANAZAWA JAZZ STREET 2017」における「ジャズレコード・カバーアート展」の和ジャズLPセレクトと、東京のデザイン・ディスプレイ会社からの依頼による(要は親しい知人が勤務してるんですね)、モノトーン・ジャケット・セレクションです。モノトーン・ジャケ40枚をセレクトし、8枚ほどをデザイナーさんに選んでいただきました。神戸の大型店内にあるペットショップにレイアウトされるそうです。

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ペットショップのBGMにこの2枚はいかかですか?

64才の浜田省吾が歌う?「This Boy」

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メロディー・ラインがポエジー?なオザケン。
ラストの「いちょう並木のセレナーデ」→「ぼくらが旅にでる理由」の流れが、
別れと旅立ちをイメージし何とも切ない。
(いい歳して、断捨離で感傷的になってる。くそ暑いのに・・)




 先日の日曜日、お店で久しぶりに「サンデー・ソングブック」を聞いてたら、達郎さんが「もうギターは買いません。断捨離してますから。」と発言してました。ちょうどアナログ貴重盤をアップするのにネタを探していて店頭に適当なものがないことに気づき、“レコードの断捨離”で自らのコレクションも見直してみようということを思いつきました(年末のオークション用に検盤しないといけないLPは20箱近くもあるというのに)。個人的には大したものはあまり持ち合わせていないのですが、(本命の60年代物はとりあえず後回しにして)80年代以降発売の人気盤をチェックしてみることに。「好きだけど、まあいいか」というノリで数枚をピック・アップし、何とか規定枚数に間に合わせることが出来ました。毎年8月のアップで最後となるアナログ貴重盤。今月末の最終回では、オークション予定のものにも幾らか手をつけなければいけなくなりそうです。










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 同じく日曜の朝、浜田君のニュー・アルバムが洋楽カヴァーの2枚組となることが発表されました。2ヶ月ほど前にファンの人からその噂を初めて耳にした時は、「うそでしょう!」とお好み焼き屋でおしぼりを思わず投げたほどでした(何だ、その歓喜の表現は)。洋楽ポップス少年だった10代の浜田君のことはこのブログでも何度も書いてきたし、15年近く前に「浜田省吾エッセイ・スクエア」というメール・マガジンに投稿した時にも、“浜田省吾に期待すること”として「マキシでもいいから洋楽カヴァー・アルバムを出して欲しい」と書きました。そしてついに!その念願が叶ったというわけです。
以下が収録された12曲のラインナップです。

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この曲群を見る限り、高校時代にバンドやソロで歌っていたロック系のものはほとんどありません。今回のカヴァーは、R&B系を中心とした選曲となっています。スティーヴィー・ワンダーの「My Cherie Amou」も収録されていますが、高校時代にバンドで歌っていたのはロック・テイストのものが主で、「A Place In The Sun」もスティーヴィーのカヴァーではなくヤング・ラスカルズ・ヴァージョンでした。それで気づいたのですが、浜田君が今回やりたかったのは10代に感性を培ってくれた洋楽ポップスへのオマージュだけでなく、10代に大好きだったR&Bを大人になった今の新しい解釈で歌ってみたかったのではないでしょうか?確かに浜田君の好みは、R&B的な曲も意外と多かったような気がしてきました。そう考えれば、バッキンガムズの「Mercy、Mercy、Mercy」だってソウルフルだし(これはギターの町支寛二のリード・ボーカルとの噂あり)、バッキンガムズであれば浜田君が歌うのなら「Don’t You Care」なんかもいいでしょう。R&B系に拘るならファウンデイションズの「恋の乾草」やビーチ・ボーイズの「ダーリン」も是非歌ってほしい!(こらこら、君はただの同級生でしょ?)。





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 高校時代にバンドで歌っていた唯一の曲が、ビートルズの「This Boy(こいつ)」です。「ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」として文化祭で歌ったのを今でもはっきりと覚えているのですが、当然ジョン役の浜田君は展開部の CRY~~~♪ の部分をしっかりと歌い切りました。何歌ってもジョンの曲は完璧に聞こえました(ポールの曲で浜田君が歌ったのは「オー・ダーリン」1曲だけだったと記憶します)。ですからこの曲が、今回のアルバムの中で唯一“郷愁的な”ものに想えてくるのです。16才で歌った「This Boy」を、64才になった浜田君がどう歌うのか。48年ぶりの歌声、実に楽しみでワクワクします。でも出来はどうであれ、213曲もあるビートルズの1曲に「This Boy」をチョイスしたセンスが、とにかく、とにかく嬉しいのです。

全日本レコード・CDサマーカーニバル浅草

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 盛況だった金沢に続いて、15日よりスタートする夏の浅草セール。みなさん、こちらも是非お越しください。50年代~70年代音源中心の安価新品CDからレアものレコードまで、いろいろ取り揃えてお待ちしております。金沢のセールは初めてでしたが、多ジャンルに渡って万遍なく売れてゆく、実に気持ちのいい市場でありました。会場で流すレコードもちょっぴりセレクトさせてもらったのですが、チョイスしたのは当店の商品からチャック・ベリー、コニー・スティーヴンス、キンクス、ビル・ディールとザ・ロンデルスetcと、やっぱ60年代バカですよね~。チャック・ベリーは売れてしまいましたが、その他はそのまま浅草に引き継ぎますので(売れてないじゃん)、こちらもよろしくです。


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新品CDは500円~1200円で、メインは800円商品の山。(残念ながら?)サンプル盤はありません。









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 先月はマガシン・タイムマシーンによる帯のみの買取もありました。これこそがリアルタイマーの威力です。なお浅草のセールでは、「ポップス」や「ミュージック・ライフ」他、60~70年代のマガジン、パンフなど紙ものも多数持参します。その筋に興味あるお方の参加も期待しております。ただし帯のみの販売はありません。あしからず。







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朝の連ドラ「ひよっこ」でビートルズ来日が採り上げられていますね。NHKならではの貴重な当時の映像も流されますが、ドラマでは制約があるのか、ビートルズそのものの音源は聞こえてきません。最後にいきなり「ミスター・ムーンライト」が流れてくる演出だったりして・・。いづれにせよ、NHKテレビでビートルズ来日を絡めたいい話が日本の朝食卓を賑やかすなんて、半世紀の歳月を実感せずにはおれません。


(菅田)




全日本レコード・CDサマーカーニバル金沢

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 今月からスタートするサマーカーニバル。今年は北陸金沢に初出店します。老舗のレコード・ジャングルさんやフラミンゴ・レコーズさんをはじめ、北陸地方にはそれなりに中古レコード店も多く、毎年開かれる北陸音盤祭も既に20年以上の歴史を誇っています。北陸からはこれまで何度かレア盤が出土している印象がありますが、レコード文化高揚の中枢を担うこうした中古レコード店の陰なる力も大きいと言えるでしょう。ビートルズ・コレクターにとっての黎明期におけるバイブルともいえる「THE BEATLES 日本盤 DISCOGRAPHY」(ピーター・インガム著、シンコー・ミュージック)も金沢発の書籍でした。20万枚以上のレコード資料を誇る金沢工業大学レコード・ライブラリーも凄そうですね。

さて今回は国内盤中心にしっかり6台分(通常4台)持参します。近県のレコード・ファンの方も併せてご参加下さい。よろしくお願いします!




(菅田)



ビートルズ関連国内盤1000枚買取

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と書くと結構インパクトありますね。海外盤はD店に売却されたそうで、ビートルズ・コレクションとしての全容は分かりませんが、少なくとも国内盤に関してはレア度重視ではなくアイテム重視の内容でした。ビートルズ・コレクターとして、ある程度の購入金額の上限ラインを設定されていたのかもしれません。LPに関しても60年代のものは基本的に帯付のものは少なく、失礼ながら決してS級のコレクターというわけではありませんでしたが、とにかく発売されたビートルズ関連レコードの全貌収集に向けられた執念と言いましょうか、特に70年代以降発売のものは圧巻で、ちょっぴり感動してしました。感謝してます!





(菅田)

ブラウン管の記憶

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「ビートルズと日本 ブラウン管の記録」(大村亨著、シンコーミュージック)


 出ました!大村本、第2弾。今回はビートルズ現役時代に日本で放映された“関連テレビ番組”にスポットを当て、新聞・週刊誌等から抽出したものをリスト化し(これだけで充分意義あり)、それらの番組に関して書籍・雑誌や当時番組を見た人の証言等で肉付けしたものです。ビートルズ関連テレビ番組に特化した書籍は、本国はもとより、おそらく世界的に見ても例がないのではないでしょうか。各記事に補足される大村さんのコメントやコラムは、後追い世代としての冷静沈着さを基本キープしつつも、その背景にたまにビートルズ愛が見え隠れするところに好感が持てます。半世紀も前に、遠く離れたアジアの孤島に届いた英国マジカル・ミステリー・ミュージック。今や“世界遺産”とまで呼ばれる境地に到達したポール・マッカートニーの出発点となったバンド。その魅力をキャッチした一部の若者と当時の社会通念との隔絶。時代に葬り去られた真実を掘り起こすことへのあくなき探求心とビートルズ愛。根底にそれがなければ、ある意味こんな前代未聞の書籍が出来るわけがありません。

 英本国のビートルズ情報は基本的なアーカイブ化が進んでいて、そこからいろんなネタを切り取り整理し分析した書物が多数存在します。一方日本との関わりに焦点を当てたものは、香月利一氏の「ビートルズ事典」(74年)以来、長年頓挫したままであったような気がするのです。異国のバンドであるだけに材料が乏しく、日本史として膨らませるべくミクロ的とも言える当時の記事に着眼したわけです。昨年センセーションを巻き起こした“熱狂の記録”と今回出版された“ブラウン管の記録”の2冊(「赤本」「青本」との呼称も既に出ているようですが)により、ビートルズ日本史としての基礎固めが大きく膨らみ、ほぼその完成をみたといっても過言ではないでしょう。






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刊行記念トーク・ショー(日本の将来を牽引するビートルズ研究家、藤本・大村の両氏)


 ビートルズ日本史と一口に言っても、「ビートルズと日本」が対象にしているのは、あくまでビートルズの現役時代における日本史です。アジアでほぼ唯一のコンサートが開かれたことが何より大きく、それに対する社会的反応がかなりのウエイトを占めています。藤本さんとの刊行記念トークショーでも、「メディアの報道として、ビートルズ関係の記事は66年の5月〜7月初旬の間に集中しているということ。その3ヵ月間で、僕が調べた63年から70年までの全体の量の約1/3を占めているんです。」と語られており、来日公演がきっかけとなって広がった関連記事や公演がもたらしたその後の影響力の大きさを考えると、来日がなかったら本書のヴォリュームは半減していた気がします。






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大村崑氏所有と同型の家庭用ビデオ・コーダー
鳥塚しげき氏も家庭用レコーダーで来日映像を記録したという噂がある。



 今回の“ブラウン管の記録”で興味深かったのが、前作“熱狂の記録”の出版がきっかけとなって新たな記録が導き出されたという事実です。60年代におけるテレビ番組の映像はテレビ局でもほとんど消去されており、前作を踏み台として情報が入って来た大村崑、岩堀敬両氏の家庭用ビデオ・レコーダーや8ミリ・フィルムによるテロップ入りの「日本公演」や「エド・サリバン・ショー」の映像記録発掘は、本書の一大スクープとなっています。本書がリアルタイマーの個人的記憶(きおく)を喚起し、それによって今後さらなる記録(きろく)が表面化して来ることを願うばかりです。







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「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」収録の『ワイルド・ワンズの世界』<CPC-8007>


 今回改めて確認したのが、当時放映されたビートルズ関連番組の多さです(500番組以上!)。一方、個人的な記憶として残っているのは以下の3番組のみ。
① 64年上期    NHK「海外ニュース」(or 南海放送「国際ニュース」)                   
② 66年7月 1日 南海放送「ザ・ビートルズ日本公演」
③ 67年6月26日 NHK「われらの世界」  

それ以外ほぼ記憶がありません。民放が南海放送1社のみだったとはいえ、あまりに情けない地方ファンの悲しさよ。「エド・サリバン・ショー」もまだビートルズに開眼する以前のことで(南海放送で放映したかどうかも不明ですが)、チョコレートのCMも言われてみたらそんなのがあったようななかったような・・。「ハロー・グッドバイ」や「ヘイ・ジュード」の映像は当時確かに見ましたが、それが「スター千一夜」や「ヤング720」だった確信が持てない。とにかく曖昧な記憶は断固排除するという、プチ研究者としてのプライドがあるのです(笑)。老化による記憶消失もあるかもしれません(笑えない)。当然「シャボン玉ホリデー」「ザ・ヒット・パレード」「歌のグランド・ショー」「夢であいましょう」「ホイ・ホイ・ミュージック・スクール」「アベック歌合戦」「ミュージック・フェア」「小川宏ショー」「スター千一夜」「ヤング720」「ステージ101」といったバラエティ番組は見ていましたが、ビートルズ関連の回は見落としているようです。私がはっきり記憶しているのは、ワイルド・ワンズが「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」とホリーズの「恋のカルーセル」を歌っていた番組です。番組名は覚えていないのですが、巻末の「出演+関連」放映リストには掲載ありませんでした。当然新聞のテレビ欄に出演者の演奏曲目が全曲掲載されているわけではありませんからね。日本語カヴァーでは、谷啓が「カム・トゥゲザー」を“いっしょに来い~♪”と歌ってるのを見た記憶があります。ワイルド・ワンズは間違いなく60年代末ですが、谷啓は71~2年のことかもしれません。


 リアルタイマーの常套句に「ビートルズはテレビで見ることなかったから、ラジオのポップス番組をチェックし、ひたすらレコードに没頭した。」というものがあります。いくら関連番組がメインとはいえ、ここまでリスト化したものを見せられると、正直リアルタイマーとしてのプライドのようなものが若干萎えてしまいます。あの時代、たまたま見てたテレビから「ビートルズ」という言葉が聞こえてきたら、間違いなく心臓バクっとしないわけないのですから、おそらく番組見落としているのでしょうね。まあテレビ番組と縁がなかった分、あくまでも本命としてのレコードは間違いなく擦り切れるほど聴き込んだわけで、それでこそあの乏しい環境でしか得られないものが体験出来たと思っています。音楽としての矢の刺さり方がとてつもなく深かったわけですから(負け惜しみ?)。






おしどり
美空ひばり 他/『おしどり・イン・ザ・ナイト』<JPS-5092>
「オール・マイ・ラヴィング」他ビートルズ・カヴァー4曲収録あるも、
ひばりのカヴァーはなし。残念。



リスト見て、是非映像観てみたいと思ったものを列挙してみます。

64年 4月24日 東京ビートルズ/抱きしめたい(木島則夫モーニング・ショー)
   5月19日 スリー・ファンキーズ/抱きしめたい(ザ・ヒット・パレード)
   6月30日 麻生京子/シー・ラヴズ・ユー(ザ・ヒット・パレード)
   7月26日 尾藤イサオ/ツイスト・アンド・シャウト(歌のグランド・ショー)
  11月10日 水原弘/愛なき世界(ザ・ヒット・パレード)
  11月28日 坂本九/キャント・バイ・ミー・ラヴ(踊るウィークエンド)
65年 2月13日 キューピッツ/家に帰れば(ホイ・ホイ・ミュージック・スクール)
   3月 9日 槙みちる/アイ・フィール・ファイン(ザ・ヒット・パレード)
   3月30日 いしだあゆみ/ロックンロール・ミュージック(ザ・ヒット・パレード)
   5月 5日 加山雄三/抱きしめたい(スターの広場)
   12月16日 バークラー/ノー・リプライ(ビッグ・ヒット・ショー)
66年 6月19日 スパイダース/ミッシェル(スパイダース・ショー)
   6月27日 フランス・ギャル/ ? (11PM/ビートルズ作戦)
   8月 7日 フォーメイツ/ガール(シャボン玉ホリデー)
  12月 2日 東京ビートルズ/ロール・オーバー・ベートーベン(ヤング720)
  12月 9日 青江三奈/カンサス・シティ(歌うバラエティ)
67年 5月 2日 弘田三枝子/ペニーレイン(ヒット・キット・ショー) 
68年 7月15日 美空ひばり/オール・マイ・ラヴィン(美空ひばりショー)







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「ミッシェル」を熱唱するフランス・ギャル!?

 私が自慢といえるほどの記録は持ち合わせていないのですが、以前「シャボン玉ホリデー」にもよく出られていたフォーメイツの河原さんからいただいた60年代の写真があります。これは当時カメラマンから譲り受けたもののようですが、河原さんからは「シャボン玉ホリデー」に出た時の写真かもしれないと聞いていました。調べたところ「シャボン玉ホリデー」には出演した記録がなく、本書で66年6月27日に「11PM」の“ビートルズ作戦”にボブ・マグラスと共に出演していたことを知った次第です。大村さんからの情報によれば、当時フランス・ギャルは日本テレビ「ジャニーズ・セブン・ショー」にも出演していたようで、この写真が“ビートルズ作戦”の時のものとは断定出来ませんが、夢は持ちたいものです。

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デヴィッド・マッカラム来日時のフォト(マッカラムの真上が河原さん)








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60年代中期の米屋
この2階の部屋で来日公演予告を見ました。
 


本書の「関連番組」P327に私の記憶が書かれてあります。
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当時『ザ・ビートルズ日本公演』の予告を見たという証言がある。はっきりした日付は不明だが、日中に放映されたもので画面は静止画。『ミュージック・ライフ』掲載のレコード会社の新譜広告のような構図で、BGMは「ミッシェル」ほか数曲がメドレーで流れていたようである。
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この記憶は、同じく“熱狂の記録”P29でコメントされた「初めてビートルズを見た日本人」に関するラジオ番組の記憶とほぼ同レベルの確かなもので、ラジオ番組の記憶が正しかったことは前書出版後に片岡義男氏本人の証言で証明されました。当時南海放送の予告を8ミリ・フィルムで撮影された方の映像、WANTED!


 まあいづれにせよ2冊の「ビートルズと日本」が出版されたことは万々歳。めでたし、めでたし。“ビートルズ愛に根差した”なんて60代のオヤジが口にする賞賛が胡散臭ければ、(本人は照れて嫌がるかもしれませんが)最後に大村さんにこの言葉を贈りましょう。


着眼点のセンスはタモリ的であり 実行力のパワーはポール的である


PS
祈出演「タモリ倶楽部/ビートルズと日本記事」

「ワン・オン・ワン」はポール対ジョンにあらず   

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 ポールの「ワン・オン・ワン・ジャパン・ツアー2017」(東京ドーム)に行ってまいりました。何たってオープニングがジョンとポールの掛け合い曲「ハード・デイズ・ナイト」ですからね。コンサートに参加したという黒柳徹子さんの「残った者の務めとはこういうものかと深く感動した」というコメントがすべてを象徴しています。2017年に、“70代のロッカーが現役バリバリでワールド・ツアーをする”という奇跡の記録更新を確認出来ただけで充分でしょう。昨年の4月~10月39公演のテンションをそのまま継続し続ける74才のパワーに、ただただ感服するのみです。





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  しかしながら振り返って考えてみれば、60年代にあれだけパワフルな音楽を作り上げた人ですから、現在の在り方も当然といえば当然の結果なのかもしれません。その偉大さを120%認めたうえであえて正直に告白すると、個人的に完全燃焼出来なかったのも事実です。それは巨大アリーナでの立ちっぱなし観戦による体力的消耗だけでなく(ポールに失礼だぞ!)、ポールをビートルズ分子としてしか認識出来ないリアルタイマーとしての悲しき習性が起因しているのではないかと思えるのです。極私的なポール観戦史、ちょっと振り返ってみます。初めてポール来日を意識したのは75年の初来日報道が当然最初で、この時はチケット予約の電話がまったく通じず、断念しようかと迷っているうちに気が付いたら中止が発表されていました。その後は怒涛のサラリーマン生活に突入したこともあって、ソロ・ビートルとしてのポールへの想いすら徐々にトーンダウンしてゆき、脱サラ後もそのトーンは基本覆されることなく結局90年・93年のライヴも不参加。初参加した02年の大阪ドームでも、アリーナ後方という悪条件で小っちゃなモニターを立ったまま最初から見続けることにほとほと嫌気がさし、コンサート中盤でリタイアするという愚行をしでかしてしまいました。基本的に70年の解散と同時にビートルズそのものと心中したような人間にとっては(71年のツェッペリン広島公演でさえ、(ビートルズと比べて)才能ない奴らだなあと思って観てました)、ある種の“欠落音楽的感覚”が拭えなかったのですね。今から考えれば、ジョンのソロに対してもそうだったような気がします。熱烈な若いポール・ファンからすれば、ちっぽけなプライドにしがみついているだけの哀れなポール・ファンなのかもしれません。






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「ビートル・アローン」(藤本国彦著、レコードコレクターズ増刊)

 そんなスタンスを引きずりながらも、大きな変化を感じたのは私が60代に突入してからのことでした。残されたビートル・アローンとしてのポールが、ジョンやジョージへの想いを背負ってばく進しているパワーに胸打たれたんですね。長年の空白を埋めるべく参加した15年の京セラドームと武道館で、それまで抱いていた個人的偏見をほぼ排除すことが出来たように思えました。ブログ「風に吹かれての命名者」がきっかけでお付き合いさせていただくことになった藤本国彦さんの新著「ビートル・アローン」のあとがきに、「二人になったビートルに、もう一言。オール・スター・バンドにポールに入ってもらうわけにはいかないだろうけれど、ポール&リンゴ名義でツアーやってほしい。」と書かれてありました。ポールの真の偉大さをソロ・デビュー以来冷静に見続けて来られた藤本さん。さすが願望も現実的!と感心してしまいました。私なんか、「もし76才のジョンが生きていて74才のポールと「ハード・デイズ・ナイト」をハモってくれたら、それが仮に老いぼれハーモニーであろうとも、きっと卒倒するに違いない」と未だにノーテンキな夢想をしてしまうんですから。(あっ、いかん。ソロ・ビートル幻想、全然排除出来てないや)






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ダリル・ポール&ジョン・オーツ と読み替えてみた(情けない)





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もっと気の利いたショットはないのか(入場前)



WELCOME BACK、PAUL!

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  やっと年一度のオークションから解放され、しばらくのんびりしていたらあっという間に3月突入。かろうじて今年度のアナログ貴重盤もスタートしましたが、昨年末から引き続いての買取続行でなかなかブログもアップ出来ない状況でした。ごらんのとおり業界盤の山で、同一アイテムが複数あったりもします。オークション・リストに掲載したレア盤『スプリング・ファースト』も、今回アナロク貴重盤にアップしたものも加えると最終的に3枚ほど買取したことになります。ビートルズのテスト盤もかなり揃っていますが、これらは70年代EAS盤につき2017年度のオークション・リストではとりあえずセットセール用となると思われます。ただしテスト盤に付いているサンプル用ジャケにはプレス日の記録があったりで、それはそれで貴重な資料にはなりうる気がします。




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鳥塚しげき/『故郷へ帰ろう/スーパー・セッション』<ETP-8156>
一瞬ジョンの『平和の祈りをこめて』のレアなセカンド帯かと思ったが・・。
右上のPTSシールがポールの『ラム』っぽい。



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紀 比呂子/『比呂子の歌とおしゃべり』<TP-8149>
ナレーションの一言にシビレる
「あなたの好きなものなにってよく聞かれるんだけど、
 そうねえ 一番に 海 それから 太陽、 家、   ビートルズ!」







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『ミート・ザ・バッド・ボーイズ』<ETP-8269>

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 日本初のビートルズ・コピー・アルバム『ミート・ザ・バッド・ボーイズ』は、コピーバンドの元祖東京ビートルズの「抱きしめい」発売から9年以上も経過した73年9月25日の発売で、10月1日に東芝音楽工業から東芝EMIに社名変更する直前のLPにあたっています。このサンプル盤を見ると、ジャケットと歌詞カードは既に東芝EMIと印刷されていますが帯は東芝音楽工業のものが付けられています。社名変更する過度期には変則不一致なアイテムが各社多いのですが、サンプル盤であるだけにドッキングは考えにくいところです。このあたりが業界盤としての価値とも言えます。ということで、『ミート・ザ・バッド・ボーイズ』には東芝音楽工業のジャケットは存在しない可能性が高いと言えるのではないでしょうか。これが本家ビートルズ盤だったなら、いろいろと物議を醸し出すコレクター泣かせのアイテムとなるわけです。(バッド・ボーイズでよかった)





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TEDDY BOY/『Play The Beatles』<LRs-383> 
サイン入りもラトルズ的パロディ精神か?
  

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  この『ミート・ザ・バッド・ボーイズ』からおよそ1年後に、『TEDDY BOY!(Play The Beatles)』という自主盤が作られています。意識はしたのでしょうが同じ東芝EMIで委託製作されたもので、タイトルの字体や“!”を付けたところなどバッド・ボーイズのLPと酷似しています。ただバンド名にSを付けなかったり、レーベルもアップル・テイストなシャレの効いたデザインが施されていたりするところにはビートルズ的な独自性とセンスを感じさせます(考えすぎ?)。初期のヒット曲に加え「THIS BOY」「ACT NATURALLY」「DEVIL IN HER HEART」「TILL THERE WAS YOU」といったマイナー曲も収録されていたりして、ビートルズ・コピーバンド研究家(そんな人いるの?)には気になるLPとなっています。コピーバンドとしての音楽的な仕上がりも、いい意味でのアマチュアリズムを感じさせる素敵な出来のアルバムと言っていいでしょう。日本のビートルズ・コピーバンドのLPは以上2枚しか存在しないと思うのですが(インスト物除く)、そう考えると自主盤とはいえこのレコードの存在は貴重です。このLPはかつて「プレミア・レコード図鑑」の激レア・ギャラリーのコーナーで紹介したことがあり、そんなこんなの縁で、4年前にメンバーの方から“TO THIS BOY FROM TEDDY BOY”と題したお手紙をいただいたことがあります。同じ大学のほぼ同年代の方で、ひょっとしたらキャンパスですれ違ったこともあったかもしれない人でした。手紙の最後にはこう絞められていました。



あの本のおかげで、箔が付いたと言えば宜しいのでしょうか?
青春を肯定(笑)する事が出来ました。深く御礼申し上げます。


ビートルズを介しての縁・出会い。これからも続いて行くのでしょう。







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  昨年末に(またまた)発表されたポール2017コンサートのチケットが1月中旬に見事当選。まだまだバリバリで80代になってもライヴ出来そうな予感もするのですが、ポールのコンサートについては長年スルーしていたこともあり、その空白も埋めるべく今年も参加することにしました。当選直後はちょうどオークション落札レコードの発送時期とぶつかり、連日遅くまで梱包作業に追われついうっかり払い込みを失念しておりました。チケット送金締め切りに気づいたのが、締切日リミット3時間前の夜9時過ぎ。慌ててコンビニ駆け込みました。その後のチケット発券手続きでは、余裕をみて早めにコンビニへ。窓口でチケット受け取って席を確認したらアリーナS席の6列。昨年のリンゴ広島公演の7列に続く一桁の番号にビビっと反応し、女性店員に

「これ6列ですね・・。」
「あっ本当、凄いですね。」
「6列といったら、6列目ですよね。」
「・・・、そうですね。誰のコンサートですか?」

ポール・マッッカッットニーです。」(ちょっと力入った)

「ええ~、凄いじゃないですか!どこであるんですか?」
「東京ドームです。」
「ええー、さすがですね~。私なんか、広島のグリーンアリーナぐらいしか行ったことないです。」

誰のコンサートかなんて聞きもせず、再び
「アリーナの6列といったらひとつしかないよね?」
(急にフレンドリーになったはいいが、訊く相手間違ってないか)
「・・・、ですよね。」
「本当かな~。ちょっと凄いんじゃない?」
「それは凄いですよ!」
「“ポール6列出ました!”の張り紙、ウインドウに出す?」
「そうしましょうか(笑)」

いい娘じゃないか!(Ain’t She Sweet


喜び勇んで、「ビートルズと日本」続編出版の追い込みで忙しい大村さんに電話。
電話繋がる直前に“B16ブロック”という文字が目に入る。(嫌な予感)

「アリーナ6列のチケットが取れて喜んでたんですが、B16ブロックと書いてありますね。
そうか・・。アリーナ6列は一つだけじゃあないんですね?」
「ひとつじゃあないですね。でもBブロックならなかなかの良席ですよ。肉眼でポールの顔見えるんじゃないですか。」

東京ドームはこれまでストーンズの初来日と数年前のライヴの2回ほど行ったことがありますが、いずれも2階の最後列に近い席だったため座席表の番号配列なんて意識したことはありませんでした。その夜大村さんから届いた東京ドームの座席表で、アリーナ6列は100席ぐらいあることがしっかりと確認されたのでありました、とさ。

ビートルズ(ポール)を介しての喜怒哀楽ならぬ“喜と哀落”。なんちゃって







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今回の同LP3枚買取ではないけど、15年近く前、北海道に買取出張しレコード卸の方から7枚同時に買取した『サージェント~』デッドストック残りの1枚。7枚並べて写真撮っておけばよかった。

 64歳の「ビートルズ老人年齢」に突入したかというように、テレビの小さな文字が見えにくくなりました(ってこれは単純に近視か?ポールの顔肉眼で見えなかったらどうしよう・・)。異常体質かと思えるほど頭以外の老化は進んでなかった気がするのですが、いよいよ。でも相変わらずダジャレのセンス?とレコード買取のセンスは健在です。今年もよろしく!(3月ですが)

サージェント・ペパーズ50周年

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謹賀新年

今年もよろしくお願いします。

 ビートルズ・バカ人間にとって、今年はアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が発売されて50年という節目の年になります。正直に告白すると、何故かこのアルバム、それほど思い入れがないんです。当然ビートルズの新作lLPということで、当時の半端ない期待感ははっきりと覚えています。このLPは友人のS君がいち早く買ったのを借りて聴き、結構それなりに惹き込まれはしたものの結局自分では買いませんでした。で、考えてみたら、当時リアルタイムで買わなかった(買えなかった)LPは、「NO.5」「ビートルズ物語」「イエロー・サブマリン」とこの「サージェント~」だったんですね。当然大学生になって直ぐLPを買って聴きまくったのは確かですが、発売されたとき中学3年でシングル・メインの時期だったとはいえ、このLPを高校生になって買わなかった(買いそびれた?)のは今から考えると不思議な気がします。でも家に姉のピアノがあった関係で、LP持ってないくせに何故か楽譜だけは買ってたりするんですね。楽譜をそのまま完璧に弾けたのではないのですが、適当にギター・コードをピアノに置き換えてガチャガチャやって楽しんでたんですよ。不思議でしょ?というわけで、この「サージェント・ペパーズ~」は、、私にとってエアポケットに落っこちたような感覚のアルバムなんです。







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 さて、年頭の戯言(たわごと)はこれくらいにして、オークションの告知です。やっとリスト発送しました。大変お待たせしましたが、ネット公開もしておりますので参考にして下さい。私にとっても久々にゆっくりできる凪のような10日間.。皆様の熱いレコードへの想い、期待しております。本年も何卒よろしくお願いいたします。

2016年度オークション・リストまもなく完成

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「レコード・コレクターズ」2017年1月号広告

 28年目の冬をむかえております。こんなハードなことあと何年出来るんだろうとリアルに考えながら、1500枚近いレコードの検盤・リスト入力・画像撮影ほぼ終えました。仕上がりは年明けの上旬となりますが、申込の締め切り予定1月17日を考えると、かなりの短期決戦となりそうです。売る側も大変ですが、買われる側もさぞ入札額には頭を悩まされることであろうと同情いたします。












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 ビートルズ来日50周年に歳甲斐もなくはしゃぎ、カープ優勝に熱狂した2016年。黒沢健一さんが亡くなられた。


と書いた後、しばらく何も書けなくなってしまった.。まだ私にとって冷静に語れる時期ではないのでしょう。ほんの半年前にビートルズのデビュー盤のことを電話で話していたし、病状が発表されてからも黒沢さんの想いを背負ってリンゴの広島公演に参加してわずか1ヶ月ほどのことでしたから。大好きなレコードを介してだけの交流でしたが、それこそL⇔Rデビュー直前から四半世紀に渡ってお付き合いさせていただきました。世代は違えど、ビートルズを起点にしたオールディーズへの傾倒には強烈なシンパシーを感じていました。ご冥福をお祈りいたします。

「風に吹かれて」の命名者

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“ドラムを叩きながら”「ボーイズ」を熱唱するリンゴ
撮影OKでこんなに近いのに・・邪魔。


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“ビートルズを武道館で観た”お二人(山本唯夫さん、長田泰子さん)と
二人に挟まれた人はリンゴか?(スーパー・)マリオか!?
決してジョンではなさそう・・



 先月リンゴ広島公演行ってまいりました。山本さんに手配していただいたチケットはさすがの前から7列目(何たってビートルズ武道館チケットを当時20枚も押さえた人ですから)。にもかかわらずコンサート始まるや皆さん即総立ちで、数メートル先で繰り広げられている凄い人のライヴもかろうじて見えたり見えなったり・・。2時間近い棒立ちは正直60代のおじさんにはキツイものがあるのですが(隣でずっと座ってたオジサンも気になったけど)、そんなこと言ってられません。何たって76才のリンゴが、2016年に目の前で演奏して歌ってくれているのですから!それだけでも凄い事です。頭は白髪になり顔はしわだらけになってドラムの腕はそれなりに落ちても、変わらないもの。5体のバランス、歩き方、ビートを刻むアクション、そして歌声!ビートルズの曲を歌う時のリンゴは最高です。特に感激したのが「WHAT GOES ON」。かえすがえすリンゴの声にピッタリの、コーラス・バックアップの効きたナイスな曲であると再確認したのであります。ライヴ全般を通してリンゴの陽気さがビンビン伝わって来る、何とも心地よさ満載のコンサートでありました。翌日には東京からリンゴのコンサートを観に広島に来たという方が来店。ポールのコンサートは何と70回は観てるとのこと。凄い人もいるもんです。でもビートルズ・マジックにとり憑かれた無限とも言える人達のこうした熱狂に、元ビートルのお二人は励まされ支えられているのでしょう。そして70代のロッカーとして、しっかりと“最良の形で”その期待に応えてくれています。







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 既に年末オークションに向けて準備進めています。28年目となる今年、景気づけにレココレ広告も来月号で予定しています。今年は和モノに比べて洋楽はちょっと寂しい状況ですが、タイムリーなことにボブ・ディランの初期コロムビア盤シングルが揃っています。デビュー盤「ホームシック・ブルース」は今回ありませんが、ここまで揃ってリストするのも初めてかもしれません。ということで「風に吹かれての命名者」というお題を考えてみました。これまで「リバプール・サウンドの命名者」、それから繋げる「ノルウェーの森の命名者」と挑戦してきて、いずれも頓挫したままの「命名者」シリーズ。「リバプール・サウンド」は④まで、「ノルウェーの森」は予定していて結局繋げずじまい。このネタに関しては、BP_JRGさんのブログにかなり詳しく書かれていますので参考にしていただければと思います。私が目をつけていたワン・ポイントは、「ミュージック・ライフ」66年4月号(4月1日発売)の「ラバーソウル」の新譜LP紹介コーナーです。このレビューに“A-②「ノーウェジアン・ウッド」(ノルウェーの森)で見せるジョンのフォーク・ロック的な味わい”と書かれているんですね。この原稿は3月中旬以前には出来上がっていたと思われることから、テイチクのキングストン・トリオ「ノルウェーの森」発売より4ヶ月も早い時期ということになります。レビュアーは無記名となっていますが(それ以前は木崎義二氏が主に担当)、既に東芝内部でこの邦題が確立されていたことをほのめかしています。少なくともテイチクの洋楽担当ディレクター、ましてや解説者である高山宏之氏でないことははっきりしました。しかしながら唯一「ノルウェーの森」と明記された4曲入りEP<OP-4198>(66年12月発売)のみを例外として、東芝のLPではその後も基本的に「ノーウェジアン・ウッド」のタイトルに拘り続けています。その原因は何なんでしょうか(これも二重構造?)。謎です。







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ピーター、ポール・アンド・マリー/「風に吹かれて」<東芝7B-26>

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やはり“フーテナニー”のオムニバス盤収録なら「風に吹かれて」しかないでしょう。

本国では63年8月にシングル・リリースされた「Blowin’ In The Wind」ですが、ディランのシングルは当時日本では発売されておらず、ファースト・シングルの「ホームシック・ブルース」ですら発売されたのは65年6月のことでした。ディランの「風に吹かれて」は、「ライク・ア・ローリング・ストーン」のB面として本国発売から2年以上も後の65年10月に発売されています。音源そのものは64年4月発売のオムニバスLP「オールスター・フーテナニー」<YS-320>にも収録されていますが、まだ日本では“フォーク・ブームに登場したシンガーの一人”としての認識でしかなかったようです。「風に吹かれて」の邦題が最初に使われたレコードは、ピーター,ポール・アンド・マリー(以下PPM)のシングル盤と思われます。PPMの「風に吹かれて」<7B-26>(63年9月発売)の解説はしっかりと普通に書かれているにもかかわらず、何故か無記名になっています。その前に発売された国内初シングルの「パフ」<7B-23>では解説者が高崎一郎氏となっており、例によってお得意の一口訳詞が書かれています。

不思議なドラゴン、パフ
ハナリー島の青い海、秋もやの中に住んでいるパフ
小さな子供は皆パフが好き
オッカニ海賊もパフが一声ホエればすぐ退散さ


カヴァー曲の場合は洋楽担当ディレクターが主に邦題をつけていると思われますが、例外的に楽曲登録その他出版物での記述が先行すること等も考えられ、「風に吹かれて」のシングルに解説者が明記されていないことも妙に気になります。フォーク・サイドに立った文体から推測すると高崎一郎氏ではないような気もするのですが、何故か一口訳詞もちゃんと書かれています。無記名者の訳詞はこうです。

人はいかほどの苦悩を乗り越えねばならぬのだ
白い鳩はいつになったら安息出来るのだ
あの恐ろしい爆弾はいつまで飛び交し続けるのだ
答は、友よその答は、風の中で吹き荒んでいるのだ








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ブロードサイド・スリー/「フォークソング・ベスト・ヒッツ」<JPS-5037>


 視点を変えて国内アーティストのカヴァーに目を向けてみましょう。レコード化された最古のものは、ブロードサイド・スリーのLP「フォークソング・ベスト・ヒッツ」<JPS-5037>(65年5月)に収録された「風に吹かれて」ではないかと思われますが、これはオリジナルの英語詞となっています。英語詞なら、これ以外にもソノシートで人知れずマイナーな誰かさんが歌っているものがあるような気もします。ところがどっこい、訳詞盤となるとこれが意外や意外なかなか見つからないのです。やっと浮上してきたのが以下の2枚です。


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紀本ヨシオ/風に聞いてくれ<EB-7237>63年10月

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守屋浩/風が知ってる<CW-490>66年6月

それぞれ「太陽は傷だらけ」と「太陽を胸に」のB面で、共に“「太陽」の陰に隠れていた異タイトル曲”というのが何とも・・。ちなみに守屋浩の「風が知ってる」の訳詞は野上彰。ビートルズ研究家、藤本国彦氏のお父様であります。ビートルズが来日した66年6月の発売というのがシビレます。今ではすっかり定着してしまった「風に吹かれて」というタイトルでの当時の訳詞盤がほとんど見つからないというのは考えてみたら不思議なことでもあり、そこに何かヒントが隠されているような気もします。やっと見つけたのが何と弘田三枝子。

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弘田三枝子/“ミコ・フォークを唄う”EP<JSS-53>66年7月


どれだけ道を歩くだろう
大人になるまでに
いくつの海を越えるだろう
鳩が憩うまで
いくたび弾丸は飛ぶのだろう
平和になるまでに
友だちの答えはいつも
風に吹かれてるの

           吉村あきら 訳詞(歌詞カードには“作詞”と記述)







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真保さんとの出会いはこの雑誌がきっかけです。

 以前より懇意にさせていただいているカントリー評論家の真保孝さんに、60年代のシングル曲の邦題について訊いてみました。真保さんは、ジョニー・キャッシュをはじめとして、ビル・ヘイリーのカントリーLPに至るまで、C&Wのライナーを60年代に大量に書かれています。

「カントリーとは違うんですが、ボブ・ディランの『風に吹かれて』というタイトルはレコードの解説者が付けた可能性はあるんでしょうか?」
「解説はレコード会社から届いた資料や音源を参考にしていて、その時点ではタイトルはまだ原題のままです。邦題は発売になるまでにレコード会社が考えていたと記憶しています。」
「やっぱりそうですか。それじゃあ『風に吹かれて』も東芝の洋楽担当ディレクターなんでしょうか・・。」
「よく分からないですね。ボブ・ディランはカントリーとは違うんですが、われわれの仲間でも当時結構話題で、63年に創刊した『カントリー&ウエスタン』という雑誌の確か2号か3号の表紙にしたことがあります。私は書きませんでしたが、誰かが記事を書いているはずです。」
「そこに『風に吹かれて』という記述があれば、ひょっとしたらPPMのレコードより早いかもしれませんよ!」

「Blowin’ In The Wind」の歌詞は、レコーディングする前に雑誌「シング・アウト!」にディランのコメントとともに掲載され注目されたと言われています。日本でも出版物先行の邦題は考えられないこともない気がします。ディランのノーベル文学賞受賞で大きくクローズ・アップされてしまった「風に吹かれて」というタイトル。しかしながら、あまりにつかみどころのない「風に吹かれての命名者」というテーマ。考えてみたら邦題の命名者なんて、一般的には今更分かっても“それがどうした”的なことなのかもしれません。大滝詠一は「詠み人知らず」のような歌が作れることを願ったと聞いたことがあります。「答えは、風OOOOO」なんてヤボな締めだけは遠慮させていただきますが、この曲に関したら、風に吹かれたままの状態もそれはそれで素敵なことのように思えてきました。





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この2枚はカヴァーではなさそうですが・・
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