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 「60年代ビルボード・トップ20日本盤リスト」と「プレミア・レコード図鑑 令和改定版」

abbey road
祝!「アビイ・ロード」日本盤50周年

今日は「アビイ・ロード」日本発売50周年記念日です。ということで「こんなの作っちゃいました。」

という企画、1か月前に突如閃いてビートルズ・コレクター含め数人に予告しました。で、その後いろいろ考えていて、ハッと思い出したんです。「ステレオ!これがビートルズ Vol.1」の巨大LPオブジェ(両面ジャケ写・背表紙表記・帯巻き)を作った時、弁護士にも相談して確認した事項、①看板ではないこと②限定公開とすること の2点を。何しろヴェルヴェット・アンダーグラウンドでもなく、ミルトン・バナナでもなく、ビートルズですから。で、3年が経過し何事もなくマヒしてたんですね。ミルトン・バナナのようなテント・カヴァーでも限定公開ならOKだろうと。実際のところ何事も起こらないであろうことも分かってはいるんですが、オブジェでないことは確かです。経済的効果を期待出来るわけもないのですが、誤解を受けかねません。「やっぱり、やめました。」落胆したビートルズ・ファンから「ええっ、そうなんですか~、楽しみにしてたのに。大人ですね~」の声が。はい、すみません。とりあえず67才のれっきとしたオトナですから(単なるヘタレ?)。







billboard hot100
「Billboard HOT100 Charts 1960-1969」
(Joel Whitburn,Record Research Inc.,1990年)


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1964年1月25日のチャートで2週目にしてトップ10入りした「1 WANT TO HOLD YOUR HAND」(3位)。この“2週目でトップ10入り”はエルヴィスの「サレンダー」(4位)以来2度目のことであるが、「サレンダー」がかろうじて2週間トップに居座ったのに対して「1 WANT ~」は7週間もトップに君臨し、その後“2週目でトップ10入り”は64年のビートルズでは珍しくないものとなる。リスト作成で全米熱狂を再体験。

 連載中のSさんから買取した日本盤は本当に衝撃的でした。ビルボード・チャートを意識して購入された日本盤(60年代当時、日本ではUS盤のシングルは売ってなかった)にいかに多くのレア盤が存在しているか。60年代における全米チャートと洋楽国内チャートの歴然とした違い。大滝詠一さんが以前ラジオ番組で「30年近いブランクを経て、2010年にアメリカン・ポップスのことを10%ぐらいしか知っていなかったことに気付き、今毎日アメリカン・ポップスを聴いているんです。」と話されていましたが、正にそんな心境です(クオリティと内容は異なりますが)。トップ20入りした曲でさえ、日本未発売のものが結構多くあったり、日本盤が出ていてもレアなものがゴロゴロしていたり、発売日に大変なタイムラグがあったり・・。タイムラグに関してはブログの冒頭でもリアルに確認していただけたと思うのですが、60年代末の“全世界同時発売”と帯に書かれた「アビイ・ロード」でさえ、実際は本国から1が月近く遅れて発売されていたわけです。60年代における日本の洋楽シーンっていったい誰が作り上げたものなのか。そんなことを考えながら「60年代ビルボード・トップ20日本盤リスト」のデータ作成に着手することにしたのです。「いいか悪いかじゃなくて、誰もやってないからやるわけだ」というのも大滝さんの言葉のようですが、そんな感じです(これまたクオリティが極度に異なりますが)。なぜ「トップ20」としたかは令和の衝撃ブログでも後日詳しく書きますが、今回の買取をきっかけに「洋楽チャート館」の所蔵レコード概念を“1960年代の国内チャートにランクインした日本盤シングル”のみならず新たに“60年代ビルボード・トップ20にランクインした日本盤シングル”も加えることにしました。これによりグレードは10倍アップします。しかしながらいざとりかかってみるとこれが実に難儀な作業で、基本データとしたJoel Whitburnの本も字が小さ過ぎて、目には自信のある私でさえハズキルーペに頼る始末。さらには昨年から本格的にスタートした「プレミア・レコード図鑑 令和改定版」(当初出版した年から20年後の完成を目指しています)のデータ作成が追い打ちをかけ、気がつけばオークションの検盤作業に例年と比べて大幅な遅れが出ていたのです。前々回の「30周年記念リスト」で2年分ぐらいのボリュームのリストを作ったし、水害のあった昨年も何とか気力で完成させたし、ということで今年はオークションを1年お休みさせていただくことにしました。30年間継続してきて初めてのことです。楽しみにされていた日本盤コレクターのみなさま、大変申し訳ありません。

2006年に矢沢永吉がそれまで30年継続してきた武道館ライヴを1年休んでみようと決心し、生まれ故郷である広島にある鄙びたお好み屋にフラっと寄ったりしたことを本人が話してるラジオを聞いて、それ以来、いつか自分もそんな余裕が持てればいいなと頭に描いていたのも確かです。達郎さんが今年のライヴ会場で「来年は東京オリンピックの影響で会場が思うように取れずライヴは中止にしました。」と話してるのを聞いたり、浅草のセールが同じく東京オリンピックで来年はなくなったことを知ったのもきっかけとなりました。OBとしてのお付き合いとはいいながらも、先月で銀行借入が終了したことにも後押しされました。一応枚数的には1000枚近くはキープしていたのですが、オークションのもろもろの準備にはさらに3ヶ月以上を要するかなりハードな作業となるため、せっかく乗りかかっている二つの作業にも影響大と判断し休憩をとらせていただくことにしました。ラグビーやバレーの試合にも例年になく興奮して楽しんではいるのですが、長年の習性でしょうか、秋に検盤作業に没頭していない自分に対して妙にソワソワとして軽い罪悪感すら感じてしまいます。その分、和モノを中心とした買取攻勢にも徐々にとりかかろうと考えています(日本人ジャズ買取が見込める「スイング・ジャーナル」のマガジン・タイムマシーン情報ストック、かなり溜まっています)。最後に来年のオークション・リストに掲載されるであろう“初出し”洋楽シングル(トップ20入り除く)を列挙しておきます。




マーベレッツ/海には魚が多すぎる
マーベレッツ/海には魚が多すぎる<JET-1506>

ビートルズがカヴァーしたオリジナル曲集めは大学時代から相当意識していましたが、ヤング・ラスカルズに関しては長い間頓挫していました。この日本盤はその究極とも言えるアイテムでしょう。


donays/devil in his heart
Donays/Devil In His Heart<Brent 7033>
ミッキー・カーティス/土曜はミッキーと
ミッキー・カーティス/土曜はミッキーと<LV-21>

大学時代にその後「バック・トゥー・ザ・ロック」をオープンする神谷さん宅に出向いて、数寄屋橋にあった中古ショップ「ハンター」で800円にて手に入れたミッキー・カーティスの10インチ盤をDonaysの「Devil In His Heart」とトレードしてもらい大喜びしたことがあります。ビートルズのカヴァー・オリジナル曲でも5本の指に入る好きな曲なんです。45年も前の話です。
Donaysは出ませんが、「土曜はミッキーと」は次回リストに載ります。


リトル・スティービー・ワンダー/がんばれスティービー
リトル・スティービー・ワンダー/がんばれスティービー<JET-1343>


エビー・サンズ/君にハートをうばわれて
エビー・サンズ/君にハートをうばわれて<JET-1653>

B面に「アイ・キャント・レット・ゴー」が収録されたこのシングルは、ホリーズオリジナル曲コレクター(そんな人いるの?)にはマスト・アイテムでしょう。

メリー・ウェルズ/スイート・ボーイ
メリー・ウェルズ/スイート・ボーイ<JET-1342>


ドン・コベイとザ・グッドタイマース/マーシー・マーシー
ドン・コベイとザ・グッドタイマース/マーシー・マーシー<JET-1487>


ゼム/ミスティック・アイズ
ゼム/ミスティック・アイズ<TOP-1007>

ゼム唯一の全米トップ40入りシングル


フィフス・エステート/モーニン・モーニン
フィフス・エステート/モーニン・モーニン<TOP-1239>


サイモンとガーファンクル/フェイキン・イット
サイモンとガーファンクル/フェイキン・イット<LL-2092>


ベリール・マルスデン/見すてられた私
ベリール・マルスデン/見すてられた私<HIT-205>


トゥインクル/すてきなテリー
トゥインクル/すてきなテリー<HIT-448>



さらに珍し目のレコードを4枚づつラフですがアップしておきます。
(1回だけリストしたものがあるかもしれませんが)


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モナークス/チェンジ・ユア・マインド<HIT-363>
エンジェルズ/チョコレート・デート<M-1073>
ロイ・オービソン/ブレイキン・マイ・ハート<TOP-1019>
キャット・スティーヴンス/マシュー・アンド・サン<D-1006>



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ミラクルス/好き、好き、大好き<JET-1454>
ガーネット・ミムスとエンチャンターズ/プレシャス・ラヴ<LL-1022>
フィフス・ディメンション/アナザー・デイ<LR-1727>
モーメンツ/孤独なハイウェイ<TOP-1705>



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マービン・ゲイ/プリティ・リトル・ベビー<JET-1579>
メイジャー・ランス/カム・シー<LL-761>
ナザニエル・メイヤー/恋の村<UA-6>
ウィリー・ミッチェル/20-75<HIT-421>



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グラディス・ナイト・アンド・ザ・ピップス/エンド・オブ・ロード<JET-1836>
シェリ-ズ/サタデイ・ナイト<HIT-67>
ダーレン・ラヴ/ア・ファイン・ファイン・ボーイ<HIT-292>
ミリー・スモール/スイート・ウィリアム<FL-1141>



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バイスタンダース/ナインティ・エイト・ポイント・シックス<LL-1030>
ディノ・マーティン・ジュニア(ディノ・デシ&ビリー)/涙のローティーン<JET-1626>
アソシエイション/パンドラス・ゴールデン・ヒービ・ジービズ<TOP-1115>
ブレッド/関係ないね<JET-2018>



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プレブズ/バッド・ブラッド<HIT-443>
スモール・フェイセス/心のひとみ<TOP-1111>
プラスチック・ペニー/君にすべてを<SFL-1157>
スペクター/孤独な魂<LL-1002>





これらのシングル、
何といってもコンディションがほぼ“M/Mクラスの当時もの”というのが一番の売りです。
以上34枚すべて来年のオークション予定です。お楽しみに!(気が遠い?まあ年越えは毎年のことですが・・)。





 

 リスト・タイムマシーン始動

crystals/uptown
Aさんが10年近くに渡ってWANTされ続けていたCrystalsの「Uptown」<PHLP-4000>

 徐々にではありますが、過去に「かんだレコードリスト」に申し込みされていて現在取引のない方に対する電話による買取依頼、いわゆる”リスト・タイムマシーン“にとりかかっております(何がいわゆるだ)。まずはリストNo.1から。104人の申込者のうち、現在取引のあるのは8人のみ。ほとんどが依頼対象者なのですが、何しろ30年も前の話で、電話番号が変わっている方も多いわけです。そうしたなかで電話番号そのままだったAさんに電話。
「恐れ入ります、昔オークションでレコード買っていただいたことのある広島のかんだ米穀店と申します。」(決してジスボーイとは言わない)
「あっ、はい。主人いますので替わります。」
さすが「米屋」のインパクトは絶大だったようで、奥さんにもすぐに思い出していただきました。
20年以上も前のことですが、長年オークション・リストの注文用紙裏面のWANT LISTに書き続けられていたCrystalsのLPが3年前北陸のFさん(半かけ帯3枚買取の方)から入手していたので、まずはこれの案内で突破口を切ることにしました。
Aさん突然の電話に「いいえ、もういいですから!」とかなり動揺され電話を切られてしまいました。本命の買取の話まで持って行けなかったけど、まあいいか。今現在、長期間になりそうな根詰めた作業をしていて、いわば気分転換に昔お世話になった方とお話がしたくて電話していることもあるのです(かけられた側にとってはたまったもんじゃないでしょう)。また落ち着いたら突然の電話のお詫びかたがたDMでも出してみましょう(しぶとい)。





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No.4あたりからファイルも分厚くなり、No.10(1993年)では3倍の厚さに。まだジスボーイがオープンする前の話です。

「留守電を何度かいただいたEですが。」 Eさんから懐かしいと言わんばかりの返電がありました。
何しろ30年も前のことで、現在リタイアされてる方も多く、私の現況をご存じかどうかも定かではないのです。
「あ~、そういうことですか。レコードは持ってますけど今はまだ売る気はないです。すみません。手放してもいい時期が来たら、その時は連絡させていただきます。」とやんわりとお断りの返事が。買取見込み客リストに見込み度Bランクを明記。こういう努力の積み重ねなんですね。涙ぐましいでしょ?いつか実を結ぶこともあるのです。







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1000枚近い買取LPで店内潤っています。

 名古屋のOさん(70才)から「ちょっと資金がいるのでレコード一部売りたいのですが。」という嬉しい電話が。何とレコード15000枚お持ちでした。自分でも徐々に手放されているようでしたが、まとまったお金が早急に必要とのことで「買えるものだけチョイスして下さい」との依頼。分散保管されてたため結局時間的に全部は見せていただけなかったのですが、ピック・アップした1500枚のうち金額的にOKだった1000枚分のみ売っていただきました。輸入盤も多く、買取したダンボール20箱のうちオークション・リストに掲載出来るのは1箱ぐらいだったのですが、必要なものだけ選ばせてもらえるというのはある意味理想的ではあるのです。現実はなかなかそうは行きません。今回はそういう意味でもラッキーでした。ねっ、いいことあるでしょう?Oさんは私が出版した「プレミア・レコード図鑑」のことはご存じでしたが、その後の「60年代ロックLP図鑑」や「オールディーズ・シングル図鑑」のことはご存じありませんでした。当然のように映画「ノルウェイの森」に関わったことも(映画は観られたというのに!)連載中の令和の衝撃Sさんも、「オールディーズ・シングル図鑑」はお持ちでしたが、何とその本を私が書いたことをご存じありませんでした。本の完成が東日本大震災と時期的に重なったバタバタで、著者のプロフィールが漏れているんですね。まだまだ宣伝活動頑張らねばいけません。ネットでブログ見られているレコード・ファンからしたら考えられないでしょ?(まあそこがおもしろくもタイムマシーン・チックなんですけどね)。






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先週の土曜日、呉市からレコードの持ち込みがありました。前回リストしたオールディーズのレア盤含む内容に心底ビックリ。お兄さん(71才)が病気になられたということで、本人了解のもと妹さんの代行持ち込みでした。ビートルズもデビュー盤含む初期盤6枚がありました。問題の(?)「プリーズ・プリーズ・ミー」と「抱きしめたい」は共に赤盤で、それぞれのPMは予想通り「A4」と「B4」でしたが、何と内袋にレコード購入日と思われるメモが!





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ちょっと「プリーズ・プリーズ・ミー」は紛らわしい筆跡になっていますが、64年の2月15日に同日購入されていたのです。ラジオ・チャートの流れから判断し東京近辺のみ「抱きしめたい」を前倒し発売したのではないかという意見(要するに「プリーズ~」5日、「抱きしめたい」は2月下旬以降)もあるなか、何と呉市のレコード店でも「抱きしめたい」が2月15日に納入されていたのです。こういう新発見があるからリアルタイマーの買取はやめられないんです。「抱きしめたい」の手拍子を打ちたい気分です。



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2枚同時購入されたと思われる呉市の今はなき「都堂楽器店」のレコード袋もありました。
呉の中学時代、ラジオでたまたま耳にした「ヒアー・ゼアー・アンド・エヴリウエアー」に痛く感激し、
シングルを買いに行ったらLPにしか入ってないことが分かり、(とてもLPは買えず)
泣く泣く何も買わずに帰ったレコード店です。






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ビートルズが来日した1966年の呉市街地図があります。鉛筆で黒く塗った中通(現在のレンガ通り)の最北に都堂はありました。
浜田君が「マネー」のイントロで“この町のメインストリート 僅か数百メートル”と歌ったメインストリートですね。
残念ながら、同じく「終わりなき疾走」のイントロで歌った“15のとき 通りのウインドウに飾ってあったギター”の楽器店ではありません(ウインドウにエレキがいっぱい飾ってあったのは、同じく中通にあったこれまた今はなき「天尚堂」と思われます)。









2019パンフ
令和初の日本盤ジャケット協力をした「フランキー・ヴァリ・ジャパン・ツアー2019」
コンサート・パンフ(キョードー・トーキョー)


 ポール・マッカートニー、ボブ・ディラン、ミック・ジャガーと、70代で頑張ってるミュージシャンの多さに麻痺しかけている今日この頃ですが、先月開催されたフランキー・ヴァリ(85才)の来日コンサートもちょっとした驚きでした。声もしっかり出ていたとのこと。日本にもいますね、加山さんに永ちゃん。現役ミュージシャン年齢、いくつまで更新し続けられるのでしょう。









ネルソン・サルジェント

 ジャンルの幅広げればいるもんです。先月来日したサンバのネルソン・サルジェントは95才!凄いなあ。息子のブラジル行きの際にお世話いただいたラティーナの本田健治氏のfacebookのライヴ・コメントが感動的だったので引用させていただきます。

「黒人の力強さ。私はその時以来それを信じているが、今回も、それを感じる大きな大きな出来事だった。
 サンバの、マンゲイラのレジェンド、ネルソン・サルジェント、95才での来日公演だ。カルトーラやネルソン・カヴァキーニョらとサンバを創世記から支えてきた現存最古のサンビスタが、目の前にいる。リズムは生まれつきにしても、声も全然衰えを感じない。身体全部がサンバなんだろう。今回の来日も、ネルソンの属するマンゲイラを模範に活動してきたエスコーラ・ヂ・サンバ・サウーヂの面々が、「ネルソンが日本行きたいと言っている」と聞き、招聘を決めたのだそう。何が嬉しいって、このノリが一番嬉しい。信じられないことだが,ネルソン、全然元気。たまたま持っていた安カメラで写真も撮り続けてしまったよ。
          (中略)
追伸。これだけの出来事を,日本のマスコミ、どうしてんだろうねぇ。政治も、経済もろくな記事書けないんだったら,文化のこんな大事なことくらい,批評はいらないから報道しなさい!!! 文化は程度の低い国ほど重みを増すのです。今や日本は,そんな良い?時代に入りつつあるのに?」

私も95才までやり続けようか、そんな気持ちにさせてくれる熱いメッセージです。 




PS
次回ブログでちょっぴり重要な告知をさせていただきます。


令和の衝撃  ~洋楽チャートに懸けた人生③

グレタ・トゥンベリ
太陽光パネル付ヨットで9月開催の国連会議に出発したグレタ・トゥンベリさん


台風10号が無事何事もなく通過して一安心しています。というか、台風も怖いですが停滞性の集中豪雨が本当に怖いんです。7月に何事もなかったことで、どれだけ安堵していることか。正直なところ、「昨年のようなことが同じ7月に起こるのではないか」という恐怖感を抱いていたのも確かです。地球温暖化による異常気象は、21世紀に入って立て続けに発生した大地震とも無縁ではない気がします。温暖化の要因が人為的なものであることも以前から指摘されています。そんな時代背景を踏まえて一人で立ち上がったスウェーデンの16才の少女、グレタ・トゥンベリのことを知ったのはつい最近のことです。「若者が世界を変えるかもしれない」という期待。1950年代に誕生したロックンロールが世界中に広がったのも若者の共感・支持があってこそでした。グレタは環境活動家としてのエルヴィスになりうるのか。注目したいと思います。
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ポール・アンカ/ダイアナ
Sさんの華麗なるレコード人生の出発点となった1枚
B面の「恋に賭けるな」というタイトルが意味深


井の頭線の某駅まで迎えに来ていただいたSさんは、会った瞬間に「いい人だ!」と直感出来るほどの柔和な笑顔の持ち主でした。「何でしたら渋谷まで出向きましょうか?」と電話で話されてたので当然車かなと思っていたのですが、何と徒歩での出迎えでした。しかも杖までついて・・。ということは、電車に乗ってわざわざ渋谷駅まで出向こうとされてたわけです。何という心遣い・・。
「いえいえ、私は車の免許は持ってませんから。」
後継者はいないというSさんは4人兄弟の長男で、中学卒業と同時に厳しかった父親の言われるままに家業のお店(米屋ではありません)で修業を積むこととなります。そしてその後はお店の頭として超多忙な高度成長期を経て、現在に至るまで仕事一筋に奮闘して来られました。想像を絶するレコード・コレクションは、そうした基盤の上に築き上げられたのです。
「今は独身も多い時代ですが、昔のことですから、何で結婚しないの?ってよく訊かれました。そのたびに、“レコードが恋人です”って答えてましたよ(笑)」


三浦洸一/ヒット曲集
“三浦洸一ヒット集”EP<EV-85>1958年
同時期のエルヴィスのEP盤と同じビクターのビニール・カヴァー・ジャケ
“日本のエルヴィス”にはなれなかったけど・・


「中学までは三浦洸一のファンだったんです。」
昭和27年生まれの私でも、幼少期の島倉千代子をスタートに、小学生までは基本歌謡曲ファンでした。まして昭和16年生まれのSさんならなおさらのことです。17才になった1958年に突如転機が訪れます。ポール・アンカの「ダイアナ」に運命的ともいえる光を浴び、一気に洋楽ポップス少年へと変身してしまったのです。そしてその後は前回のレコード購入枚数が示す通り、チャート道まっしぐらの人生を突っ走ることとなるのです。
「ああそういえば、キャロル・キングの顔のでっかい写真のレコード出てきましたよ。」
「ええ??ありましたか!」
自宅に向かって歩調を合わせゆっくりと歩きながらも、その後のステップが心地よく軽やかになったのが自分でも分かりました。







キャロル・キングの泣きたい気持
当たり前のように箱から出てきた「泣きたい気持」

Sさん宅のコレクション部屋には壁面を覆った木製のシングル・レコード棚がいくつか並べられ、それ以外にもあちこちの棚に番号を書かれたシングル・ケース箱が50箱近く置かれていました。そして押し入れを開けると、そこにもUSシングル・カセットがぎっしりと詰まった大箱がいくつか保管されていました。当然のことながら日本盤のケース箱から順に開封して行くのですが、出てくるわ、出てくるわ、60年代のレアなドーナッツ盤が。


マービン・ゲイ7枚
マービン・ゲイ5枚
マービン・ゲイ

ニール・ダイアモンド7枚
ニール・ダイアモンド

ボブ・ディラン7枚
ディランも、正夢となりました。


さらにさらに、何より一番驚いたのが、「トップ40のファイル・リスト」に掲載されていなかったレア盤が、あれもこれもと次々に出て来たということです。以下がそのほんの一例です。これらの“トップ40入りしなかった”レア盤をごく自然に新譜購入されていたという事実。日本盤コレクターのみなさん、「令和の衝撃」というタイトルに納得されたでしょうか?

ダニー・ジョーダン/ハッピー・エンド物語 
ダニー・ジョーダン/ハッピー・エンド物語<UA-22>

ジェイムス・ブラウン/トライ・ミー
ジェイムス・ブラウン/トライ・ミー<HM-1105>

バタフライズ/グッド・ナイト・ベビー
バタフライズ/グッド・ナイト・ベビー,<JET-1483>

クリスタルズ/アイ・ワンダー
クリスタルズ/アイ・ワンダー<HIT-355>

フェリス・テイラー/外は冬でも
フェリス・テイラー/外は冬でも<TOP-1125>

ローリング・ストーンズ/彼氏になりたい
ローリング・ストーンズ/彼氏になりたい<HIT-323>

ヤードバーズ/リトル・ゲーム
ヤードバーズ/リトル・ゲーム<OR-1724>

ジ・エンド/シェイズ・オブ・オレンジ
ジ・エンド/シェイズ・オブ・オレンジ<TOP-1265>

チャッドとジェレミー/レモン・トリー
チャッドとジェレミー/レモン・トリー<JET-1455>

ピンク・フロイド/エミリーはプレイ・ガール
ピンク・フロイド/エミリーはプレイ・ガール<OR-1785>

東広島花火大会2019


2019
  
昨年は水害で中止となった東広島花火大会。昨日無事終了しました。海沿いということで安芸津町が舞台となるのですが、長年「住吉祭」として開催されてきた伝統芸に「見立て細工」というものがあります。ビートルズの発売日とは関係ないようなのであえてその出典ソースは追求しませんが、今年で249年目を迎えるそうです。凄いことですね。“自分の店で売っている商品を加工しないで何かに見える物を作る。ただし、使った商品は解体後に販売できるものであること。糊やテープ類は一切使用できない。”というのが「見立て細工」としての条件です。昨年の水害で廃業に追い込まれたお店も少なくなく、伝統芸継続のため商店エリアが拡大され、私のお店にも開催の10日前に急遽依頼が飛び込んで来ました。新規参加のお店も何件かあるということで、存続の危機を救うため「見立て細工展」に加わることにしました。







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何しろ初参加で勝手が分からず、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」ということで、広告チラシの経路に従ってスタッフ3人で他店拝見の散策と相成りました(まあ既に完成してたんですけどね)。

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これは衣料品店さんの作品で、針やボタンといった小物が使えるのが有利ですね。オーソドックスながらも安定感あり。


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カープの応援歌を歌っている小学校の同級生南一誠君(コロムビア・レコード所属)の実家「南ストアー」。
手前のメモは有力なヒント?(背のびしなくても、充分読めますよ。)祭り特価一玉250円のスイカ、めちゃ美味しかった。
 

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「昭和サイン館」や「洋楽チャート館」の空調設置等でもお世話になった「電気柄」さん。
シンプルで分かり易く無駄のないドローン。


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小学校の同級生ショップNo.2、「柄呉服店」。彼のお店も昨年かなりの被害が出ただけに、スコップと土嚢袋を題材にしているところに何か熱いメッセージを感じてしまいました。


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当店と同じく新規参加した“杜氏のふるさと安芸津町”の老舗「今田酒造本店」。代表者の今田美穂さんは女性杜氏として全国的にも有名で、今年公開された映画「カンパイ!日本酒に恋した女たち」にも出演されています。妹さんが音楽好きで、その昔東京の大学時代にバイトしていた「ハイ・ファイ・レコード」(だったと記憶します)で店長から「広島なら米屋があるだろう」と聞いて、帰省した際、当店にレコードを買いに来られたことがありました。まだジスボ-イをオープンする前の話ですが、その時買われたレコードがリンダ・ルイスの「ロックン・ローラー・コースター」でした。若いのにセンスいいなあと感心したのを覚えています。

リンダ・ルイス/ロックン・ロール・コースター







で、スタッフ3人で「ああでもない、こうでもない」と悩んで仕上げた作品がこちら。

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これ店頭に飾ったんですが、主力の一般的なレコード・CD類やコメ類(本当?)を差し置いて、SP・カセット・CDシングル・8トラ、バンダナ、ミニ・バット、カープ選手サインボール(バンダナに隠れて見えませんが)・イヤホンを素材に作成。一般の人からしたら、「これ本当に売物?」と疑われそうな内容ですね(笑)。でもこれこそがリサイクルもしている強みなんです。



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サイン・ボールも

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SPも


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バンダナも(ちょっと無理あり?)

売物なんです。
普通の人から見たらゴミ扱いされそうな古ぼけた8トラ(ビートルズ)やSP(Chuck Berry)も、値段聞いたら驚かれるでしょうね・・。




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しかしてその結果は、見事「優秀賞」を獲得。初参加店への配慮も若干感じなくはないですが、幾らかでも地元に貢献出来た充実感を感じております。あ~楽しかった。また来年も参加できるよう、今後も商売継続に精進してまいります!



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令和の衝撃  ~洋楽チャートに懸けた人生②

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美品が500円でも売れないという厳しい現実も・・

 浅草セールから帰ってまいりました。今回の買取品で70年代~80年代の全米チャート・シングル約300枚を出品したのですが、100枚近くが初日に売れてしまいました。何しろすべて500円~1200円のセール用美品の塊ですから。それにしても、シングル用のダンボール箱の3分の1近くが1日で売れるなんて何年ぶりのことでしょうか。気持ちいい~!
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分厚いビートルズ研究本3冊分のボリュームがあります。

Sさんから電話で大まかな内容や枚数を訊いてすぐにでも東京に出向きたかったのですが、長年の経験がわざわいし、凄い話にはついつい慎重になってしまうクセがついています。

「コレクションされてるレコードのリストとかはお持ちじゃないですか?」
「ありますよ。」
「そのデータをメールしてもらうことは出来ませんか?」
「ネットは一切しないんですが、知り合いに作ってもらったリストのファイルならあります。」
「それのコピーは無理でしょうか?」
「ちょっと量が多いので・・」
「それじゃあ、そのファイルを着払いの宅急便で送っていただけないでしょうか?伺う前におおまかな査定をしておきたいので。」
「いいですよ。」
う~ん、テンポがいい。協力的なスタンスでさらに期待が膨らむ。

二日後に届いたでっかいファイル2冊の背表紙には、「The Complete List of S~ Billboard Top 40 Singles Collection」1,2とタイトルされていました。電話で何となく予想はしていたのですが、中身のリストを見てぶっ跳びました。ビートルズ・ストーンズ・ビーチボーイズのビッグ3に関しては、ビルボード・チャートのトップ40入りした日本盤がズラーっと並んでいます。

beach boys 1
beach boys

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rolling stones


ボブ・ディランも「ホームシック・ブルース」を初めとするコロムビア盤とおぼしき初期盤6枚がリストされています。ただしすべて英語表記で記載されているため、仮に日本盤の欄にO印があってもレコード番号が無表記につき再発盤の可能性もあるわけです。 

bob dylan


KINGのページに目をやっていると、B.B.キングやベン・E・キングに並んでとんでもない1枚が。

Carole King/It Might As Well Rain Until September 最高位チャート日 10/06/62 22位 日本盤所有O

これって「泣きたい気持ち」のことですよね。(でも4曲入りの再発盤もあるしなあ・・)

carole king

さらにはこんな物騒な曲に〇印が。

Everly Brothers/All I Have To Do Is A Dream 最高位チャート日 05/19/58 1位 日本盤所有〇

ホントかよ!エヴァリー・ブラザースの「すべては夢で」<LED-88>は国会図書館にも所蔵がなく、かつてその姿を現したことのない未確認レコードなのです。おそらくあっても再発盤だろうけど、US盤の備考欄にたまに書かれている「再発」の文字も備考欄にはありません。

everly brothers

このほぼ有り得ない〇印記載で、ファイルそのものの信憑性が若干薄らいでしまいました。
たまりかねてSさんに電話で訊いてみました。

「キャロル・キングのデビュー曲の日本盤欄に〇印があるんですが、本当に当時買われたものをお持ちなんですか?」
「どうだったかなあ・・。リストに〇印があるのならあると思うんですが」
「顔がでっかく写ったジャケットなんですが、記憶ないですか?」
「持ってたかなあ~」
「エヴァリーの「All I Have To Do Is A Dream」はどうですか?」
「覚えてないですねえ。」
 
電話のトーンから推測するに、新譜で次から次に買い続けて来たコレクションも2005年に終了してから既に14年が経過しており、昔買ったレコードの記憶もあいまいになりかけてらっしゃるようなのです。ちょっぴり不安がよぎって来ました。しかしながら、ファイルに書かれた日本盤丸印の査定を続ければ続けるほど、その度に底知れぬ期待が膨らんでゆくのです。ソワソワとしてどうにも落ち着きません。人気のあるマーヴィン・ゲイやニール・ダイアモンドの60年代盤(と思われる)もほとんどリストされています。

marvin gaye

neil daiamond


 Sさん(78才)は現役で商売されており、日中は日曜日しか自宅にはいないとのこと。博多のセールも控えていたため3週間後に自宅訪問する旨伝えていたのですが、もはやいてもたってもいられなくなりました。ひょっとしたら今回のシングル・コレクションは、四半世紀前に買取した東北の某放送局放出品以来のレベルかも・・。決断しました。よし!すぐ行動に移そう。結局2週間予定を早め、その週末には東京に向かう結果となったのです。




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この6枚並びは、はたして正夢となるのか

令和の衝撃  ~洋楽チャートに懸けた人生①

泣きたい気持
超幻のキャロル・キング/泣きたい気持<LED-282>

 30年近く継続してきたマガジン・タイムマシーンによって、これまで数限りない感動的なリアルタイマーからの買取を経験してきました。3年前、10年近くに及ぶ交渉(と言っても直接電話したのは3~4回ほどですが)を経て成立した北陸のFさんからは、メインのオールディーズやR&Bの原盤LPとは別に箱に残っていたビートルズの半かけ帯3枚を同時に入手しました。遥か昔にオールディーズのシングル盤をギッシリ詰めたバッグを両手に提げて関西の中古屋に売りに行かれたことがあり、何とその中にはキャロル・キングの「泣きたい気持」まであったというヴィンテージ・コレクターでした。その方から成立後に「このコレクション・ルームに家族以外の他人を入れたのはあなたが初めてです。」と声をかけられました。正に買取冥利に尽きるお言葉ではありますが、20年近く前にも同じくこの手法で九州の歯科医Mさんから買取しました。新譜で買われた300枚近いシングル盤コレクションには、テディ・ベアーズの「行ってしまわないでね」までありましたが、お酒やタバコもされない音楽一筋の方で、3000本近いオープン・リールだけでなく、1万枚近い新譜買いLPも所有されていました(楽団系メインでしたが)。中古で集めたコレクターとは違い、「レコード大好きで買い続けていたらこんなにたまってしまいました」的なおおらかさと凝縮された時代の空気感がそのコレクションには漂っています。ただしそれにも限界というものがあります。LP購入がメインとなったFさんは、やがてシングル盤を中古屋に処分されます。かろうじて残ってはいたものの、Mさんのシングル・コレクションも300枚程度で終わってしまいます。そして、令和の時代に入って直後成立した先月のSさんの買取。これには正直度肝を抜かれました。長年に渡り様々なヘヴィー・コレクターにお会いしてきましたが、こういうコレクターの存在は想像できませんでした。正真正銘「令和の衝撃」と呼べるものでした。



 まず数字を羅列してみます。

 22(58)
 44(59)
 67(60)
104(61)
149(62)
181(63)
218(64)
202(65)
205(66)
210(67)
167(68)
169(69)
144(70)
138(71)
146(72)
125(73)
129(74)
144(75)
137(76)
117(77)
149(78)
143(79)
104(80)
 64(81)
 59(82)
 78(83)
 80(84)
 57(85)
 46(86)
 32(87)
 12(88)
  3(89)
  
この数字は何を示しているのか。日本盤好きのあなたならピンと来たはずです。プレスマークを「PM」とするなら、この数字は「BM」と呼んでもいいかもしれません。あなたの推測通りです。左側がSさんが1年間に買われた日本盤シングルの枚数。その右側の(  )内の数字が西暦年度を表しています。60年代の10年間に購入した枚数は1672枚。70年代で1372枚。ピークの60年代には2日に1枚日本盤シングルを買われていた計算になります。若干ペースが落ちた70年代でも3日に1枚。ただし70年代の中頃から後半にかけては徐々に日本盤からUS盤メインに移行しており、90年代以降はシングル・カセット(US盤)がメインとなります。日本盤のトータル枚数が3645枚。USシングル盤2641枚とUSカセット1567本を合わせ、2005年まで買いされ続けた総枚数は7853枚。1958年から2005年までの半世紀近くに渡って、ほぼ2日に1枚シングルを買い続けて来られた計算になります(ピークの86年には389枚!)。それも中古ではなくすべて新譜買いなのです。信じられますか?一般的な中古レコードの価格は以前と比べてかなり暴落していますから、「レコード・コレクション1万枚」なんていっても、内容問わなければそれほど難しいことではないのが現状です。ただし新譜買いは別です。「新譜コレクション7853枚」のディープさは計り知れません。大富豪でもI何でもない、ごくごく一般的な東京生まれの東京育ちであるSさん(仮に音楽好きの大富豪であっても、これだけの継続力があればそれはそれで尊敬しますけど)。Sさんには中古で買うという概念が希薄のようで、中古購入品は数えるほどです。こんな人が存在していたなんで・・(さすが東京は広い!いや、狭いけど濃い?)。そして、Sさんが新譜買いで意識された対象が「全米ビルボード・チャート」だったということが、その後とんでもない結果を生むことになるのです。


今週は博多、来週は浅草

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今月に入って、昨年同様博多→浅草と夏セールが続きます。昨年は豪雨の影響でお任せセールとなってしまった浅草も、今年は何とか行けそうです。それなりに溜まっているレア盤ひっさげで、馳せ参じたいと思います。よろしくお願いいたします。

前回告知した物騒な買取成果ですが、全体像掴むべく現在もデータ集計に追われ、ブログ・アップに至っておりません。要は1958年から2005年までの全米チャート・シングル・コレクションなのですが、なぜこれだけのコレクションが可能だったのか?今でもたまに電話しては当時の状況をお聞きしています。来週あたりから徐々に公開出来そうです。これら買取品のうち、70年代から80年代に至る500円~800円クラスのものは、一部セールに間に合うかもしれません。何しろほとんど聴かれていませんから状態は申し分ありません。乞うご期待!


(菅田)

明日から金沢

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  14日からの3日間、3度目の金沢出張セールに出向きます。今回は結構たまってる貴重盤もしっかり持参します。とはいいつつ基本セールですから、売れ線の1000円台から2000円、3000円台がメインとはなります。超貴重盤の現物確認は広島の片田舎までご来店ください(そう簡単に行けない?)。以上よろしくお願いします!






beatles first
ポリドー・セッション初収録の国内盤LP「ビートルズ・ファースト」<SLPM-1189>

beatles xhronicle my bonnie 23
マーク・ルイソンの「The Complete Beatles Chronicle」(Harmony Books、1992年)

emi supplement


 令和継続事業第2弾、「ビートルズのポリドール・セッション」US盤「My Bonnie」<Decca31382>のウィキペディアに記載されている発売日を更新しました(1962年4月11日 → 4月23日)。根拠はマーク・ルイソンの「The Complete Beatles Chronicle」(Harmony Books、1992年)の巻末ディスコグラフィーです。これまで記載されていた4月11日はブルース・スパイザーの「The Beatles Swan Song」(498 Productions、2007年)からの引用でしょうが、ルイソン、スパイザーのいづれも出典ソースがはっきりしないため、あえて問題提示としても更新しました。当然それぞれの根拠となるソースは存在すると思われます。最近、英EMIのsupplementの存在がネットで確認されましが、アメリカでも間違いなくレコード会社の総目録にあたるようなものがあると思われます。まあビートルズのレコード発売日の研究に関しては、誰が何と言おうと(誰も何も言やあしないさ)、日本ほど進んでいる国はないでしょう。
 
 先週の日曜日、東京のど真ん中でとんでもない買取をしてきました。「レコード・コレクター」の概念そのものを覆させられた内容に、心底驚愕しました。次回ブログをお楽しみに。

 See you next time!


(菅田)

 令和の誓い(Things I Said Today)

万葉の人びと                  
「万葉の人びと」(犬養孝著、PHP出版)
kazahaya (1)
本書の冒頭に掲載された「風早の浦」(1979年)  

kazahaya (2)
現在の「風早の浦」(2019年)


わがゆゑに 妹歎くらし 風早の
浦の沖辺に 霧たなびけり



「令和」の元号は万葉集から引用されたようですが、これは万葉集に登場する、地元安芸津町風早で詠まれた歌です。愛する人の嘆きを霧を見て連想した歌で、736年の作。1300年近く前のことです。瀬戸内の島々を見ていてふと去来した心情が歌となり、悠久の時を経てこうして生き続けているなんて作者は想像したでしょうか。ロマンを感じます。






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「万」の字の万は、万級の万にあらず。

火とグルメの祭典 あきつフェスティバル」というイベントが毎年秋に行われています。その一大イベントとして、万葉集の「万」の火文字が昔のろしを上げていたという保野山に点火されます。京都の送り火「大文字」にヒントを得たもので、いわゆる「ふるさと創生事業」の一環としてスタートしかれこれ30年近くになるでしょうか。北海道の新冠町も、「レ・コード館」を作ったりしましたね。



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万葉ホールでの筝ヴェンチャーズ

かまやつ/俺の歌を
かまやつヒロシ/「俺の歌を聴いてくれ」<NL-1131>

 つい先日、女房主宰の箏(こと)コンサートで熱血!NHKオヤジバトル」出場から実に15年ぶりに「キャラバン」を演奏しました。前々回のオークションで気づいたんですが、ゲスト審査員だったかまやつひろしさんはデビュー10インチLPで「キャラバン」 歌ってたんですね。感想コメントは近田春夫さんと浜田マリさんしか聞けなかったけど、かまやつさんの感想も聞きたかったなあ。演奏後、ヘタクソ・ベースの口実に、「ベースはポールがビートルズ時代に使っていたカール・ヘフナーですが、演奏はメタメタ。穴があったら入りたい、顔真っ赤状態です。これが本当の“ホール・マッカートニー”」とスピーチすると、会場は割れんばかりの喝采?ギャグがあまりに素晴らしかったのか、それだけヘタクソだったのか・・。まあこんなトークのウケ狙いが楽しくてステージに立ったわけですがね。





thin lizzy
シン・リジィ ア・ロック・レジェンド」(シンコーミュージック・ムック、2019年4月刊) 
平成最後の日本盤ジャケット協力


 これまでの人生振り返ると、「昭和」でビートルズの矢を受け、「平成」でその受けた熱をバネに日本盤という的めがけ突っ走って来た印象があります。幸い「令和」に入ってもその余熱の衰えは感じていませんが、やはり集大成として自分が成すべきことがあるようにも思えます。まあ焦らず、楽しみながらそれを模索して行きたいと思います。で、「今日の誓い」(Things We Said Today)をパロった「令和の誓い」ですが、“継続”と“感謝”、そして“忘れないこと”の3つを。









please please methis boy
「プリーズ・プリーズ・ミー」が先か、「抱きしめたい」が先か

「令和」継続事業第1弾、「抱きしめたい」のウィキペディアに以下の文言を追記しました。

(日本盤シングル)
「ただし64年当時における東芝音楽工業の発売日記録はなく、当時の新聞記事(2月5日「プリーズ・プリーズ・ミー」発売、2月10日「抱きしめたい」発売)から判断して、実質的な発売も前倒しが間に合わなかった可能性がある。」





  朱に交われど、赤くはならず

    
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桜満開の竹原「バンブー・ジョイ・ハイランド」

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先週末にオークションの請求書を発送したこともあり、今日は隣の竹原市にある「バンブー・ジョイ・ハイランド」に桜見物に出かけました。音楽は流れてなかったけど、野外ステージもあり、のんびりと心地よいサイレント・ミュージックを堪能出来ました。その昔は憂歌団がステージに立ったこともありました。浜田省吾の生まれた地でもあることから、地元の商工会青年部が野外ライブを企画依頼したこともあったと聞きました(ちょっとステージが狭すぎて叶わなかったようですが)。こうしたのどかな自然との共存を願いつつ、来るべき令和の時代を乗り切りたいものです。












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ビートルズ関連8トラ群、20本近く買取。

 オークションもれセールから帰宅して直後、ビートルズ関連の8トラがまとめて入って来ました(from TOKYO)。US製の「Bangladesh」とかもありましたが、ほとんどが国内もので、これだけまとまって買取したのは初めてかもしれません。あいにく歌詞カートとかは付いていませんでしたが、今回売っていただいた方の話によると、元からなかったものも多かったようです。まして帯に関しては、8トラはなかなかイメージしにくいですね。ただ気になるのが、「サムタイム・イン・ニューヨーク・シティー」。箱のジャケットには基本的に英語表記しかありません。





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幻の赤帯付EP

以前買取したカセットには強烈な朱色の帯が貼付されていました。茶帯ならぬ朱帯ですね。カセットの貼付帯という形態は珍しく、同じ日本語無表記ジャケットである「マジカル・ミステリー・ツアー」EP<OP-4335~6>に付いている赤帯に匹敵するものかもしれません。朱に交われど、決して赤くはならず。朱帯と赤帯はまったく別物、両横綱?(ここでさらっと無理あるブログ・タイトルにつなげています)。













elvis 日本盤
その昔、エルヴィスのRA盤は青帯しか確認されていませんでした。
「エルヴィス・プレスリー日本盤レコードジャケット大全集」(エルヴィス出版会、1987年)より


 赤帯といえば、先日エルヴィスの赤帯付RA盤を買取しました。お電話いただいた広島市佐伯区在住のお宅に伺うと、「先日のテレビ・ニュースで、レコードの帯の話をしているのを見かけたから」とのことでした(TSSさん、ありがとう!)。さすがマス・メディアの力は侮れません。以前「笑っていいとも」のお宝コーナーでレコード特集出演の話をいただいた時、ビートルズ・コレクターと相談して幻の「ロング・アンド・ワインディング・ロード」赤盤買取額提示を目論んでいたのですが、結局そのまま番組が終了してしまいました。あの金額をあの番組で公表して出てこなかったら、「赤盤は存在しない」と言えるのではないかとの判断だったわけです。それでも断定は出来ないんですがね、レコードは。





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これです。手前の「エルヴィス」<RA-5064>の赤帯を四半世紀前に初めて発見した時、「エルヴィス」の筆文字っぽい筆致に感動したのをよく覚えています。その後発見されたRA盤の帯がことごとく青帯だったので、あの赤い帯は何だったのかずっと疑問に思っていたのです。「エルヴィス・プレスリー日本盤レコードジャケット大全集」の巻末ディスコグラフィーを再確認して納得しました。「エルヴィス」<RA-5064>・「キング・クレオール」<RA-5065>・「プレスリーのゴールデン・レコード」<RA-5066>の3枚は、1962年4月20日に“プレスリー・アルバム第1集~3集”として同日発売された企画LPだったのです。そのための特殊な赤帯だったというわけです。パズルゲームの空白箇所が鮮烈な3枚の赤帯で連なり、見事に謎が解けた爽快感。最高で~す!(今年のカープは3分咲きですが・・)








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赤が黒に交われば赤黒となる。今回リストしたビーチ・ボーイズの「サーフィン・サファリ」<7P-271>デビュー赤黒盤

ビー朋あり 遠方より来たる 楽しからずや

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2018年度オークション・リスト

お待たせしました。やっと新リストの完成です。昨日通販リスト発送しました。出戻り移転後は3月→2月→1月と徐々に年内の発行に近づいていたのですが、またしても3月に逆戻り。まあ豪雨災害からまだ半年あまりですから仕方ないでしょう、と言い訳しております。リストの仕上げでは昨年のものを参照にしながら作業していくのですが、改めて昨年の30周年記念リストは凄い迫力だったと感心することしきり。よくあんなリストが1月に完成出来たものです。今年は例年通りに戻っていますが、昨年を基準に考えないでくださいね。リストA(邦楽)はちょっと淋しいですが(特にLP)、リストB(洋楽)はそこそこのものが出来たのではないいでしょうか。さすが70年代ロックはヴォリューム落ちしてますが、オールディーズとビートルズ・アップル関係に関しては、そのグレードで昨年を上回っています。オークション・セクションにおけるオールディーズの万級が昨年30枚(158枚掲載)だったのが、今年は58枚(176枚掲載)とほぼ倍増しています。ビートルズ・アップル関係にいたっては、昨年の25枚(163枚掲載)に対して今年は42枚(96枚掲載)。掲載枚数が半減しているのに万級はほぼ倍増。グレードの高さが伺えます(エヘン!)。まあそんなことより、無事リストが出来たことにとにかく胸をなでおろしています。








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アイビーズとバッドフィンガーのポーズに興じる二人。荻原さん、手の向きが逆ですよ。『ブラザー』をパロって服を脱ぎましょうか?とふったら、生真面目な荻原さん、その提案には乗ってこなかった(「君ロン?僕デレクと決めたかったのに・・。不真面目過ぎる?)。


 「洋楽チャート館」のオープンで、我がビートルズ盟友・荻原雅良さんが奥さんと遠路はるばる福山から電車に乗って来店されました。呉線経由のアクセスの悪さもあって、広島県内の東端部からは1時間半もかかってしまいます。かたじけない!その一方で、ネットを駆使して調べ上げたスムーズな来店も。同じく「洋楽チャート館」に不足していたデータをお持ちいただいた仙台のNさん(四半世紀前からのお客さん)は、飛行機で広島空港のレンタカー借りてご来店。仙台からの所要時間は何と2時間15分。空港からは意外とお店近いんです。まあ所要時間はともかく、愛すべき音楽を通してこうして長年交流できてる幸せは何ものにも代えられません。




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 荻原さんを初めて知ったのは、87年の暮れ中国新聞に掲載された「くつろぎコーナー/打ち込んでます」の“レコード収集 ~ビートルズに魅せられ熱中”の記事。30年以上も前の話です。当然のことながら、その記事に反応して即電話。脱サラして安芸津に帰ってすぐの頃のことで、純粋に同い年の彼と話がしたかったんですね。すっかり意気投合した二人は、その後「面白市場」という福山のガレージ・セールに呼んでいただいて一緒に出店したり、地元竹原で私が中心になって企画した大型フリーマーケットに荻原さんを招待して出店してもらったりの交流が始まりました。あの頃はちょうどフリーマーケット・ブームに火が付いた頃で、1万人近い集客があったりしました。リサイクル・コーナーのファミコンなども飛ぶように売れ、今思い出してもワクワク感が蘇る、本当に楽しい日々でありました。当時はまだ二人ともお遊び感覚でレコード売ったりしてましたが、気がつけば私はその後中古レコード専門店まで立ち上げプロの道を突っ走ってました。一方で荻原さんは音楽だけに限らず絵画・陶芸・焼き物・映画・旅行・コーヒーグルメと多趣味で、現在は悠々自適にFacebookでその交友の幅を更に広げられています。“音楽バカ”の私からすると、ちょっぴり羨ましかったりもします。でも私は知っています。彼こそ本物の“超音楽バカ”であるということを。 まずその音楽歴のスタートが東京ビートルズと絡んでいることが、何よりの証拠です。それについては、「ビートルズを訪ねてイギリスに渡った初めての日本人」というエッセイのイントロで“リバプール・サウンド・コレクターのOさん”として紹介しています。私が絡んだクレイジー・ビートルズやスリー・ファンキーズとのレコード・コア度としての歴然とした差ですね。私が中学・高校時代は単にビートルズをメインとした洋楽レコード・ファンに過ぎなかったのに対し、荻原さんはデイヴ・クラーク・ファイヴの広島支部会員からスタートし、「ミュージック・ライフ」にも盛んに投稿されています。






3月
「ミュージック・ライフ」1971年3月号
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“ペンパル募集”のこの記事で、何と100人近い女性から応募があったという。全員に写真付きで手紙を出したら、返事が来たのは5人だけだったという、何ともデイヴ・クラーク・5な結末。


2月
「ミュージック・ライフ」1971年2月号

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「レコード売ります」に掲載のLPも、今だったら喉から手を出したいような内容です。








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荻原さん(ヴァーチャル Rock Cafe 原子母心 オーナ)のFacebook 
早くリアル・オーナーになってよ!


 浴びるように音楽を聴きまくった大学時代は私も似た経験の持ち主ではありますが、卒業後私がサラリーマン生活に突入したのに反し、彼はレコード店勤務を経て京都のロック喫茶店長としてそのままロック街道を突っ走ることとなります。当然京都という土地柄、ブルースにも相当に造詣が深く、そのあたりも彼と気が合うポイントです。彼が故郷の福山にUターンしてから運命の出会いを果たしたわけですが、福山界隈のブルース・コンサート等にはその昔何度もお供させていただきました。現在はたまに福山方面に買取で出かけたときに急に声をかけ食事したりコーヒー飲んだりする仲で、普段会う機会も非常に少ないのですが、振り返ってみると30年という年月は結構長くもあり、そうしたお付き合いの中でお互い音楽を核とした話題で事欠くことなく、会ってるときは基本常にハッピーでいられるという関係が何よりありがたいと思っています。それは何かというと、音楽歴としての中心にリアルタイマーとしての(圧倒的な)ビートルズ・シンパシーを共有しているという1点に尽きる気がします。ブルース愛もその共感からお互いスタートしているのは間違いありません。まあこんなかしこまった御託を並べても「う~ん、そうかもしれませんね。」と照れて言うだけなんでしょうが、そのあっけらかんとした明るさこそが荻原さんの魅力であり、若い音楽ファンからの信望を集めるパーソナリティーなんだと思っています。お互い後何年音楽バカでいられるか分かりませんが、その年数は天からお迎えが来るまでの年数と同じであることだけは間違いないでしょう。そうあれることを祈っています。



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2015年にご一緒したポールの京セラドームにて













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30年以上前に福山「面白市場」に出店した時のショット。背景に店名「グッディーズ」の看板がチラッと見えます。

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チョッピリ水害にもあいましたが今も健在です。貼り付けている10インチは大好きなWardell GrayのPrestige盤。
big joe
元から割れたSP(Big Joe And His Rhythm)もご愛敬 

31年目のラストスパート


オークション・リスト完成に向けて追い込みかけております。昨年は「30周年記念リスト」ということで3000枚に届きそうなヴォリュームでしたが、今年は通常の1500枚程度と考えていたのですがいくらかオーヴァーしそうです。まあ量ではなく質なんですがね。ただここまでくると、「質」もともかくどこまで続けられるかの「続」も重要な要素になってきてます。でも質の伴わない続はコレクターにとっては胡散臭い存在でしょうから、そのあたり身を引き締めつつ今年も日々精進したいと考えております。 






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洋楽については洋楽チャート館での「万級レコード展示イベント」でいくらか画像アップしてますので、今回はさらっと邦楽シングルのご紹介を。



小坂一也とワゴン・マスターズ/シックスティーン・トンズ
小坂一也の「シックステーン・トンズ」<SB-1>は1956年発売のデビュー曲。何たってレコード番号がコロムビアSB-1ですからね。しかもSP兼用ジャケでなく、45回転単独ジャケであるのが新しい時代への夜明けを感じさせてくれます。


浜村美智子/監獄ロック

一方浜村美智子の「監獄ロック」<AS-6011>は58年発売のSP兼用ジャケ(SPのレコード番号はA-5226)。A面では、“閉じ込められた青春の うっぷん晴らせよ思いきり 窓わくゆすぶれ 床を踏め ~ 踊れよ ロックンロール”とアメリカ映画「暴力教室」風に威勢がいいですが、B面の「悲しみよ こんにちは」では、“ただひとり 眼ざめる朝のわびしさに あふれるなみだ 悲しみよこんにちは ボンジュール“とシリアスなフランス映画風な訳詞に転じています。ただし伴奏は完璧なラテン調。何たって「夜のラテン」というアルバムを出している人でもありますから。


ピーナッツ/今池音頭

ピーナッツの「今池音頭」<EB-535>は、30年を経て念願の初入手、初リスト。名古屋地区限定発売だったのか、正規盤なのに本当に見かけません。ピーナッツ・コレクターにとっては、究極のマスト・アイテムでしょう(と、けしかけております)。


チェファーズ/僕の初恋

チェファーズの“僕の初恋”EP<ビクトリー 番号記載なし>はかつてコレクターに借りて「プレミア・レコード図鑑」に掲載したことはありますが、これも初入手、初リスト。20年前にこのEPを発掘した際、音源の素晴らしさにぶったまげて録音テープをGS研究家の黒沢進さんに送ったことを思い出しました。黒沢さん、興奮してましたねえ。


カルア/朝陽のスキャット

カルアの「朝陽のスキャット」<LTP-2575>もお初です。今回70年代初期のデッドストックがちょこっとあるのですが、これもその1枚で完璧M/Mの状態です。LPの場合はソニーのようなビニール・パックされたものなら問題ありませんが、通常の国内盤でもいくらかは見分けるポイントがあります。ジャケットから盤を取り出した時の内袋(ビニール)との付着具合でまず分かります。当然のことながら、レーベルのホール周りのヒゲは皆無です。見開きジャケの場合、開く時にビリっと軽く音を発します。検盤では当然ビニールから盤を取り出して何か所か針を落とすので(音質・ソリ等のチェック)いくらかデッドストック感はそこなわれてしまいますが、見開きジャケの場合音がしたらそれ以上開かないとか、それなりに気は遣っております。まあいくらデッドストックでもしみが極端に浮いてたりしたら当然アウトです。デッドストックと表示しているものは、現物見て納得していただけるレベルのものに限定していますのでご安心ください。

話大きく逸れましたが、実は大学に入学した年(72年)のサークル入部で「カルア」の勧誘ルーム覗いたことがあるんです。そこは入部に際してのオーディションのような雰囲気が漂っていて、緊張した新入生がデイヴ・クラーク・ファイヴの「ビコーズ」をギター弾きながら歌ってました。その演奏をチェックしてた数人の女性のフ~ンといった表情(に見えた?)をよく覚えています。カルアはその時既にレコードを出してたぐらいですから音楽好きの大学生の間では有名だったんでしょうが、広島の田舎から出てきたばかりのロック野郎には嫌味なブルジョア・サークルにしか見えなかったのでしょう。その様子を見て、さっさと部屋を後にしたのを覚えています。今聴くとめちゃハイ・センスですけどね(もう遅い?)。それ以外にもライトニュージックとかの面談も受けたりしたのですが、希望してたベースはウッド・ベースなので左利きでは無理ということでそれもかなわず、結局軟式野球同好会「パイレーツ」に入部したというわけです(何それ)。





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最後にテレビ番組関連の3枚を。「事件記者」/「110番」<EB-228>は、昭和20年代生まれの人にはたまらないカップリングでしょう。「チャコねえちゃん」<SKC-2012>は60年代のホーム・ドラマで、チャコちゃん役を四方晴美、弟の健ちゃん役を宮脇康之が演じていました。まあ今NHKで人気の「チコちゃんにしかられる」に引っ掛けて紹介しただけなんですが。現在バラエティー番組等で引っ張りだこの坂上忍(6歳)の「小学一年生」<SCS-212>は、コーラスにシンガーズ・スリーを従え小粋なロックンロールに仕上げています。B面の「じゃまするぞ!」もお茶目な個性が既に開花。

なんでもかんでもうまくゆき、そのまますんじゃつまらない、
たからぼくは、じゃまするぞ じゃますりゃそれだけおもしろい。






以上こんなとこで、そろそろオークション仕上げにかかります。

さあ、もう2週間のラストスパート! (じゃましないでね)







出張セールもよろしくお願いしま~す。
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ジスボ-イ・オープン25周年

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1994年2月5日オープン前


 今日は「ビートルズ国内デビュー55周年記念日」の2月5日。ということは「ジスボーイ・オープン25周年記念日」でもあります。いいですね。2と5が並んで爽快です。25年前を振り返ると、初めてのレコード店オープンで若干の不安は伴っていたものの、既にオークション6年の実績もありとにかく希望に満ち溢れていました。それから四半世紀が経過し、まだオークション・リスト作り続けています(今回はいろいろあって遅れてますが・・。すみません、完成は3月頭になりそうです)。さすがに25年前と比べたらすっかり体力も衰え気力のみで頑張っておりますが、とにかく日本盤コレクターの期待に応えるレベルに届くようこれまで継続を重ねてまいりました。





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オープン直後の店内。ダムドのシングルやディランの帯付が壁面に・・。


 25年前と比べて決定的に違うことがあります。それは1964年2月5日に発売されたビートルズの国内デビュー曲を「抱きしめたい」と信じて疑わなかったことです。オープンに先駆け、東芝EMIにも電話で確認しました。それで店名もそのB面である「ジスボーイ」としたわけです。当店の歩みを見ていただければ分かるのですが、その後も一貫して「ビートルズ国内事象30年記念日」に拘って移転・オープンを繰り返して来ました。その拘りが実を結んだのか、気が付いたら私はいつしか「ビートルズ発売日人間」と化していました。そして現在、店名を「アスク・ミー・ホワイ」に変更すべきかどうか悩んでいます(半分ジョーク、半分マジ)。 








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TSS(テレビ新広島)夕方ニュース「知っ得FRIDAY」



 先々週、地元テレビ局の夕方のニュースでお店を採り上げていただきました。新たな2館オープンの紹介に乗じて、ついにこの㊙スクープを発表しました。ローカルとはいえ、「ビートルズの国内デビュー曲は不明確」という事実(!)はテレビ史上初公開のネタであることは間違いないでしょう(表現的にちょっとオーバー?)。

① 64年の発売当時はレコード会社が発売日の記録を残していない。
② 当時の新聞記事等は「プリーズ・プリーズ・ミー」が2月5日のデビューとなっている。
③ 60年代末に後付けのレコード会社目録で「抱きしめたい」が2月5日発売とされたが、「プリーズ・プリーズ・ミー」が3月5日発売となっているため信憑性がない。60年代から70年代にかけての一般認識は「プリーズ・プリーズ・ミー」のままであった。
④ 70年代末に出版された「ビートルズ事典」以降から「抱きしめたい」デビュー説が定着したものの、曖昧な後付け目録を根拠としていることから断定し難い。

というのが実態なんですね。

「知ってるよ、そんなこと。いいから早くリスト仕上げてよ!」という影なるコレクターの声(私には聞こえます)。ということで、ここは番組で紹介された面白映像のみの紹介とさせていただきます。さあ、リスト入力、入力!




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帯裏の説明も欠かしません。



tss昭和サイン館
平成の時代ではネットの影響もあり「サイン入りレコード」の評価が上がってしまい、真偽が見極め難くなっている。「昭和」に完成されていたコレクションだから可能だったのです。ブリキのおもちゃの箱や、レコードの帯の価値もすべて「平成」の産物。



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このクイズの流れはナイス! 親孝行息子が証明される。


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ねっ、話してるでしょ?次回は「マイ・ボニー・ツイスト」の紹介で、
「ビートルズのデビュー前音源到着は、アメリカより日本が早かった」説公開します(次回はあるのか?)



 菅田米穀店90周年

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国内デビュー盤(洋楽編)の数々。ちなみにチャーリー・パーカーは国内初45回転シングル盤

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昭和9年の菅田精米所判取帳


謹賀新年
今年もよろしくお願いします。

 昨年末、オープン・セール用の音楽書籍を物色するため自宅の倉庫をひっくり返していたら、古~い判取帳が出てきました。確か昭和50年頃に自宅の母屋が全焼したことがあるのですが、おそらくその災難を免れてかろうじて残っていたものと推測されます。創業90周年という節目の年に、偶然にも邂逅出来たわけです。感動。思い起こせばその災難があった時は大学生で、レコードはすべて東京の下宿先に持ち込んでおりました。そうしてみると、案外昔からレコード運は強かったのでしょう。昨年はとんでもない年でしたが、その流れで「昭和サイン館」と「洋楽チャート館」という2館を同時にオープンすることが出来ました。「災い転じて福となす」なんて軽く言葉にするレベルの話ではないのですが、そんなこんなで年末から年初にかけてはかつて人生で経験したことのない濃密な日々でありました。何とか平常心を取り戻したところですが、その間オークション作業もしっかりと中断してしまいました。そろそろ再スタートを切りたいと思っています。






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「シンス(SINCE)・ブーム」の真っただ中で作ったライス君のロゴ。
これが出来た時の感動は今でも忘れられない。気づけばあれから33年。


 考えてみたらもう10年で創業百周年を達成するわけです。もう10年か・・。何とか生きてるかもしれませんが、商売出来てるかどうかは別問題。“三代目が商売潰す”なんて言いますが、三代目の私で終わるのは確かでしょう。ただレコードに関してやりたいことはいろいろあるんですね。今回のオープンが7と8回目だったわけですが、今後も「昭和デビュー館」「SP専門館 ジャック」という2館を考慮に入れています。このふたつで10回となり、オープン事業はおしまいです。ほんとかなあ?こんなノリで「オープン」と軽く言ってしまうのならもっとイケそう(笑)。書籍では「プレミア・レコード図鑑 改定版」「昭和デビュー盤図鑑」「ビートルズ日本盤小話」などなど。いずれも実現するには大変な労力を要するわけですが、まあ楽しんでやって行こうと思っています。出戻り移転後の経費減少効果が功を奏し、昨年度は長年の懸念であった繰り越し欠損もとうとう消えてしまいました。田舎であろうが都市部であろうが、仕入れにしっかりお金をかければ売上はあまり変わらないんですね。税理士さんから「優良企業ですよ。」と声をかけられ、ちょっぴり調子に乗って今年もどんどんレア盤買ってやろうと張りきっております。月曜日と火曜日が定休日となっていますが、実際のところほとんど自宅でレコード案件に関わっているわけです。今やっていることが仕事と言えるかどうかわかりませんが、これが「仕事」であるならば、本当にとんでもない仕事人です。太古盤、じゃなかった太鼓判を押します(自分で自分の太鼓判押しでどうする)。まあ本音を言えば、「月曜日の休みが終わって、気づいたら明日も休み」という代えがたい快感がたまらないんですけどね(内緒ですよ)。





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 オープン記念セールは京都・大阪・山口等からの県外訪問もあり、まずまずの成果だったのではないでしょうか。「昭和サイン館」は詳細を公表しているわけではないのですが、全国版音楽情報サイトにオープンNEWSとしてちょこっと紹介してもらったのは、やはりあまり類例がないからだと勝手に解釈しています(「昭和」をキーワードにしたイベントや展示は、それこそ山ほどあるというのに)。それも「サイン・コレクター」(そんな人いるんでしょうか?)からの放出ではなく、昭和歌謡コレクション1万枚にかろうじてあった200枚ということのリアリティーですね(そのポイントはなかなか理解してもらえませんが)。まあいずれにせよいいものが出来たと自己満足しております。とりあえず三人娘含めた歌謡系歌手のみおおまかなラインナップを列挙しておきます。

青江三奈、浅丘ルミ子、梓みちよ、石川さゆり、いしだあゆみ、石原裕次郎、五木ひろし、江利チエミ、大津美子、大月みやこ、小川知子、尾崎紀世彦、梶芽衣子、角川 博、菊池章子、北島三郎、黒沢 明とロス・プリモス、小林 旭、小林幸子、こまどり姉妹、西郷輝彦、西城秀樹、佐良直美、島倉千代子、ジュディ・オング、水前寺清子、千 昌夫、園 まり、殿さまキングス、にしきのあきら、日吉ミミ、藤 圭子、藤山一郎、布施 明、細川たかし、牧村三枝子、松山恵子、三沢あけみ、水原 弘、美空ひばり、都 はるみ、村田英雄、森 進一、森 昌子、八代亜紀、由紀さおり、雪村いづみ、渡辺はま子、和田弘とマヒナスターズ(Jポップ・ロック・フォーク系や女性アイドル、洋楽は除外)

昔からサイン入りを意識していたら、もっといいものがあったんですけどね。共にデビュー曲ですが、タイガーズ・メンバー全員のサイン入り「僕のマリー」や南沙織の「17才」等、洋楽ではビーチ・ボーイズのLP『サーファー・ガール』に来日時のメンバー全員のサインがあるものも持っていました。ビッグ・タレントはそこそこいい値段で売れますから当然手放しています。とりあえず商売優先ですから。でもこうなったら、存在するのかどうか知りませんが、いつかビートルズ全員のサイン入り日本盤見てみたいものですね。





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やっと出てきた95年ロッキン・オン・ツアーの4人歩き写真。ちなみにリンゴ(のテーマThis Boy)役が私です。

 年頭からいろいろと講釈並べたてましたが、今年は「アビイ・ロード50周年」。「ビートルズ国内デビュー曲の特定」と「デビュー前のビートルズ音源発売はアメリカより日本の方が早かったことの確定」のいづれかは、せめて生きてるうちにその達成感を味わいたいものです。今年も楽しんでがんばりたいと思います。よろしくお願いします!


 昭和サイン館 ~ひばり、裕次郎から ユーミン、ハマショーまで

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レコード・コレクターズ1月号
       
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東広島タウン誌「プレスネット」12月13日号
 

 昨日JR呉線、無事復旧しました。当初は来年1月の予定でしたが、“復興からのステップ・アップ熱”が届いたのか(?)、2館同時オープン直前の復旧と相成りました。作業員の皆様、ごくろうさまでした!レココレや地元タウン誌にも広告したものの、気が付けば残り1週間。ラスト・スパート突入です。






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 「昭和サイン館」。当初夢に描いていたのが「昭和デビュー館 ~ロバート・ジョンソンから麻丘めぐみまで」。この夢は今後も引き継がれますが、今回はその助走としての「昭和サイン館 ~ひばり、裕次郎から ユーミン、ハマショーまで」。そのきっかけとなったのが、昨年買取した昭和歌謡ドーナツ盤6千枚。その中にあった200枚近いサイン入りレコードの半分に新たに50枚加えた150枚を展示・販売するというものです。いかがでしょう?裕次郎の追悼本にも協力者の一人として名を連ねられたという昭和歌謡のトップクラス・コレクター。その方が関東一円を廻り、生涯かけてコレクトした1万枚のドーナツ盤にかろうじてあった200枚です。ヤフオクとかのネット・オークションではなく、実際に動いて目で確認し入手されていたものです。個人宛名入りのものは1枚もありません。昔は東京の大手中古ショップ「ハンター」などでも、平気でサイン入りレコードが100円で売られていたようです。レコード・コレクターからは、中途半端なサインはむしろ汚れとして敬遠されます。そこがレコード・コレクターとアイドル・ファンとの違いですね。大滝詠一のサイン入りレコードなどは裏にしてあるものも多く、当時いただいた方の話によると「表に書くとレコード・デザインが崩れる」というレコード・コレクターならではの意識がおありだったようです。

 最近ではヤフオク等でもよく出品されていますので、画像検索すればサインの概要はつかめます。ただ今回の展示品にはネット購入品は1枚もありません。基本的に入手経路にはっきりとした根拠があるものです。いくつか例をあげてみましょう。



美空ひばり/喜びの日の涙石原裕次郎/みんな誰かを愛してる

ひばり・裕次郎・藤圭子等、昭和歌謡の大物歌手は基本的に1万枚のコレクションにあったものです。



島倉千代子/歌謡アルバム

島倉千代子は、デビュー当時からのファンで関東のファンクラブ支部長もされてた方から3年前に買取したもので、サイン入りレコード(30枚超)だけでなく、ポスターやコンサートパンフ・生写真等、かなりのアイテムがありました。


 
加山雄三/恋は紅いバラ

加山雄三サインは、20年以上前に加山さんが白木秀雄の「加山雄三の世界」を探されていることを加山さんと近しい方からお聞きし、その方を通じて進呈したお礼としてレコードやソノシート4~5枚にサインして頂いたものの1枚です。まだ和ジャズ・ブームの和の字もなかった頃の話です。



細野晴臣/hosonohouse

細野晴臣サインは、映画「ノルウェイの森」のレコード店撮影シーンのロケ終了後に東宝スタジオの別館で直接サインしていただきました。



松任谷由実/エスパー

ユーミンの「エスパー」は、東芝EMIをリタイアされた方から昨年買取した2,000枚のLPと併せて購入した1枚です。




基本的に一部のポップス系を除きほとんどは昭和歌謡を中心としたものですが、番外編的に海外物もいくつか展示していますので紹介させていただきます。


ニューマン・ビーイング/ノーバディー・バット・ミー
朝日のあたる家

ヒューマン・ベインズは来日時のもので、メンバー全員のサインがあります。リアル感を盛り上げる当時のコンサート・チケットも付いています。このタイプでは他にアニマルズの「朝日のあたる家」のシングルにサインされたものがあり、同様に当時の半券チケットが付いています。



charles mingus

チャーリー・ミンガスは、ジャズ・ライタ-から買取したサイン入りLPが5枚ほどあります。ただ「昭和サイン館」は日本盤に書かれたものに限定しているため、展示しているLPはこちらになります。


チャールス・ミンガス/チェンジズⅡ

ちっとショボい感じもしますが、来日メンバー全員のサインが書かれています。



ケニー・バレル/イントロデューシング

ケニー・バレルはジャズ喫茶の買取で入手したもので、その喫茶でライヴした時に壁に書かれた「Beat Always!」のサインも印象的でした。これはUS盤ですが、メーカー直輸入品を東芝から発売したものでとりあえずOKとしましょう。



エリス・レジーナ

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エリス・レジーナは、とうようさんの評論の方向性にも影響を与えたという大物評論家からの買取品で、来日時に書かれた何ともデリケートなサインです。



john coltrane

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最後に反則的(US盤)珍品を1枚ご紹介。何とマイルスの原盤LPに収録メンバーであるコルトレーンのサインが書かれたもの。これは60年代「スイング・ジャーナル」マガジン・タイムマシーンで射止めたLPで、都内北区在住のジャズ・ファン(現90才?)が、66年のコルトレーン来日時に終演後楽屋のドアが開いているのに気づき入り込んでサインしてもらった逸品。消えないように貼り付けたテープもしっかり時代がついています。



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本日おおまかな「昭和サイン館」のレイアウト完成。明日からは「洋楽チャート館」の仕上げにかかります。今週はハードでした。そして明日からもう1週間。


A Hard Day‛s Night!







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洋楽チャート館 ~音楽の前に出ない

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 オークション・リスト公開を前に、画像を見てなにこれ?と思われたコレクター多いでしょうね。いわゆるレコード・コレクターにとっては、“ノーマルで陳腐なレコード群”にしか見えないと思います。そして当時洋楽ラジオ番組を聴きかじっていた元洋楽少年(少女)で、その後レコードなんて見る機会がほとんどなくなっていたオジさんやオバさん達にとっては、「懐かしいレコードがいっぱい」ということになるのでしょう(そういった人達でさえ比率からすれば僅かではあるんですが・・)。60年代の洋楽少年達にとってのレコードは特別高価な貴重品でした。CD「大瀧詠一のジュークボックス」が示しているように、「ポップスの名曲は大ヒット曲にあり」とも思っています。当時「ビー・マイ・ベイビー」を何度もドーナツ盤で聴きこんだ人には分かるはずです。60年代のレコードは、何度も聴き返すものでした。その繰り返しの中で、多くの感動を身に沁みこませていったのです。






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今回のライヴで70年代ハマショーのマイ・フェイヴァリット・ソングでもある「恋に気づいて」が念願のバンド・サウンドで聴けた。昨年の「This Boy」と今年の「恋に気づいて」。もう何も言うことないや。

 松本隆作詞・浜田省吾作曲の「ラブ・トレイン」という曲があります。私は、本人がかつて「廃盤にしたい5枚」と言っていた最初期盤のうち、特に2枚目以降のメロディアスな曲群が大好きです。詞の要素とかを除外した曲そのもので言えば、以前ビートルズでも分析したように、圧倒的に初期~中期に「イケてる曲」は集中しています(曲そのもののクオリティーとは別ですよ)。彼は現在ファンクラブ向けの「Welcome back to The '70s」というツアーの真最中ですが、この「ラブ・トレイン」や「Good Night Angel」などは正に今流行りのシティー・ポップそのものです。10代の彼をよく知る人間には、「俺の初恋はロックンロール」の歌詞が心底沁みます。1966年当時、中学2年生で「ペット・サウンズ」を聴き込んだポップス少年ですよ。LPが思う存分聴ける環境があったんですね。そして完璧なヒット・チャート・オタクでもありました。そんな彼がツアーのMCで口にしたのが、「音楽の前には出ない」という言葉なのです。私はこの言葉を聞いた時、とっさに10代の音楽へのリスペクトと感じました。今でも忘れてないんだなと思いました。







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 今月23日にオープン予定の「洋楽チャート館」は、レコード・コレクター向けというよりむしろ町おこし的要素の強いものかもしれません。昔の熱きヒット・チャート少年達へのラヴ・トレインになれればと思っています(何それ?)。当初は国民的洋楽チャート番組である「9500万人のポピュラー・リクエスト」(~「オール・ジャパン・ポップス20」)にチャート・インした全シングル盤を網羅しようと簡単に考えていたのですが、画像にもチラっと載せたキンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」や、フーの「リリーのおもかげ」、シーズの「プッシン・トゥー・ハード」といったレア盤までインしてるんですね。驚きました。そして何より驚いたのが、完璧なリストが見つからないということです。当時の音楽雑誌の徹底チェックやネット検索、さらにはかつてチャートを付けられていた方達に声をかけたり、以前買取した元文化放送勤務の方にも聞いてもらったりしたのですが、現時点で63年と69年の一部に歯抜けが残っています。ビートルズのデビュー盤のナゾではないですが、日本洋楽史における新たな盲点を発見した思いです(かなりオーバー?)



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とはいえ60年代に限定した場合、レコードだけでは当然ものたらないので、音楽雑誌やマンスリー・月報・コンサートパンフといった紙物もそれなりに揃え、時代的リアル感を意識したものにしたいとも考えています。ちなみにオープンの12月23日というのは、私のハジレコ「恋のアドバイス」が「イエスタデイ」をチャートで抜いた日なんです(ただの自己満足館かよ)。







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 この7日からは、今年最後の出張セールです。よろしくお願いします!

 2018年度オークション・リスト準備中 

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このハグ最高で~す! By Seiya



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手前の箱がオークションで、奥がセットセールです。



  今年も年一度のオークション・リスト完成に向けて、検盤作業にいそしんでおります。カープの日本シリ-ズ進出決定に気をよくしながら、昨日洋楽シングルの検盤ほぼ終えました。掲載量も抑えて年内までに完成といきたかったのですが、「今のうちにやっておこう」企画が二つも控えており、この調子だとおそらく来年1月末あたりになりそうです。今回は、アップル・アーティストの8割方がリストになると予想されます。チラチラと見せつけておりますが、ヘヴィー・コレクターなら「オオッー!!」と心の雄叫びを発してしまうアイテムがいくらかあるのではないでしょうか?これらの中からピック・アップした「洋楽万級レコード100枚展示」も二つの企画に便乗してみようかと考慮中です。企画の一つである「昭和サイン館(ルーム)」は町おこしも兼ねており基本昭和歌謡が中心となりますが、自分でもらったメル・テーラーのサイン等、「昭和に発売した日本盤にサインがあるレコ-ド」に洋楽も一部加えたいと思っています。協力展示も含め 何かお持ちでしたら是非ご一報を!91年のジョージとクラプトンの広島公演の時、パルコ近くの並木通りを歩いている二人に遭遇しLPに二人のサインをしてもらった人知っていますが、電話してみましょう。日本盤だったらいいんですが・・。





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ヴェンチャーズついでに、オークション予定のEPをご紹介。

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右側のEPちょっとおかしいですよね。
実はこうなっております。

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たまにこうしたブレは見ないことありませんが、ヴェンチャーズという大物バンドでは初めて見ました。これがビートルズだったら大騒ぎでしょう。この手のエラー・ジャケは、エラー・コインと一緒で、本来市場に出たらいけないタイプですよね。なんとこのレコード、お店からほんの500メートルほど離れた民家から持ち込まれました。灯台もと暗し!


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メル・テーラー(3人ヴェンチャーズ)最接近の証拠写真(90年8月)

レコード・ボランティア

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曇り一つない笑顔!


                                                                        
 先月放送された「情熱大陸」でスーパー・ボランティアこと尾畠春夫さんを拝見しました。この方を見て思うのは、その圧倒的な行動力を支えている信念の強さです。とにかく尾畠流を貫き通す。他人の目とか一切気にしない。番組を見ていて、ふと高校時代のクラス討論のことを思い出しました。「電車で老人に席を譲るのは偽善行為か?」という話題で意見がぶつかりあったのです。そんなことを真剣に話してたんですね(今では有り得ないでしょう)。I君という、口笛でデイヴ・ブルーベックの「テイク・ファイヴ」をよく口ずさんでいたクラスメートがいました。議論が沸騰していつまでも結論が出ない様子を見ながら、それまでずっと沈黙していた彼が毅然としてこう言ったのです。「ええじゃない、自分の行為が偽善でも。老人が座れれば。」私はその一言を聞いてカッコい~と思いました。尾畠さんの歯切れのよい話しぶりをテレビで見ながら、何故かI君が発したその一言を思い出したのです。

今回の水害はかつて経験したことのないレベルだったわけですが、「このようなことがこれから毎年夏になったら起こるかもしれない」という町の噂も耳にしました。正にホラーですよね。でも一概に否定出来ません。だって温暖化による異常気象が解消されたわけではないのですから。「今出来ることは今のうちにやっておこう」という気持ちは単に年齢的なことだけではなく、こうした近年の天地変動が影響しているのは確かです。







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「ミュージック・ライフ」1964年3月号の広告。デビュー曲はどっち?

 私には以前より気になっていることがありました。10年ほど前、「オールディーズ・シングル図鑑」の仕上げで国会図書館に出向いて調べものをしていて気づいたのですが、ビートルズの現役時代に発売された50枚近いシングル盤のうち最初期6枚の所蔵が欠落していたのです。9枚目以降は完璧に在庫されているというのに。はっきりとした原因は分かりませんが、60年代のストーンズやビーチ・ボーイズにはそうした偏った欠落がないことから、70年代以降になって急速にビートルズが神格化され始めた時期における不届き者の仕業ではないかと勘繰っています(昔はチェックが結構緩かったようです)。今年の5月、重要な未確認レコードの調査で久しぶりに訪れた国会図書館で登録者カードを再発行しました。そして未確認レコードの所蔵チェックのついでに、10年ぶりにビートルズの所蔵も確認してみました。欠落はそのままでした。







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 国会図書館は、国会議事堂と最高裁判所の間に位置しています。国会議員の答弁は、開かれた国会として一言一言が完璧にネット検索出来るようになっているようです(NHKの「探検バクモン」を見て知りました)。それと同じく、国会図書館オンラインによって国会図書館所蔵の有無もネット検索することができます。国立国会図書館法に「納本制度」というものがあって、国内で発行されたすべての出版物(レコード含む)を、国会図書館に納入することが義務付けられています。曰く

「納本された出版物は、現在と未来の読者のために、国民共有の文化的資質として永く保存され、
日本国民の知的活動の記録として後世に継承されます。」

素晴らしいではないですか。

レコードについては戦後まもなく1949年から納本制度が適用され、スタート当初のSP盤を含め、現在保有するアナログ盤の総枚数はその数何と30万枚。基本的に発売から1か月以内の納入が義務付けられています。たまに番号帯によってはすっぽり抜けていたりしますが、それ以外は歯抜けのものが散見される程度で所蔵あるのが当たり前の状態となっています。しかしながらビートルズ関連のシングル盤に関しては、1962年の「マイ・ボニー・ツイスト」<DP-1254>がないのは特別の例外としても(これも冷静に考えてみたらかなり怪しい)、「抱きしめたい」<OR-1041>以降の64年の6枚欠落は明らかに異常です。所蔵のある2枚に「プリーズ・プリーズ・ミー」<OR-1024>が含まれていたため、8月に桐生八木節祭に参加した際、東京経由で国会図書館にも立ち寄ってみることにしました。レーベルに貼付してある納入日を確認し、デビュー曲論争(私含む数人がワーワー言ってるだけなんですが)における有力な手掛かりを得ようとしたのです。結論から言います。納入日は64年3月31日、PM:B4でした。要するにPMも初回ではなく、ほぼ当時ではありますが納入も発売直後ではありませんでした。そして驚いたことに、ジャケットは370円定価のものと差し替えられていました。当初は間違いなく330円定価のジャケットが納入されていたはずですので、これは訳ありと思われます。私はその勢いで、限られた時間内に68年発売の「ヘイ・ジュード」<OR-2121>まですべての納入日とPMを調べてみました。それによって得られた結論は、現在義務付けられている1か月以内の納入は徹底されておらず(60年代当時の納入期限は不明ですが)、「すてきなダンス」(65年1月5日発売)から「ロック・アンド・ロール・ミュージック」(65年2月5日発売)までの5枚のシングル盤にいたっては、3月26日に5枚まとめての納入となっていました。今回の調査で60年代当時のレコート会社(あくまでも東芝音楽工業についてのみですが)の納入は、少なくとも発売直後ではなかったことが判明したのです。







 国会図書館が寄贈を受付けることは知っていました。今や古典となっているビートルズのレコードが国会図書館にないことは問題でしょう。10年前にそのことを知った時も、窓口の職員に「寄贈しましょうか?」と軽く伝えたりもしましたが、個人的に躊躇することがありました。レコード会社納入の純血性?が侵されると思ったのです。受付日調査するような立場からみて、寄贈による混乱を懸念したというわけです。ただ今回の調査でレコード会社の納入や保管しているレコードも完璧なものではないことを知りました。また受付日シールを見れば、当時のものか寄贈を受けたものかは判断出来ます。個人的にはビートルズのレコード・コレクターではありませんが、長年レコードの仕事に携わってきた関係でそれなりの美品を買取することもたまにあり、そういう時は当時買って聴き込んだものとは別にダブリでコレクションしたりしていました。一応、「誰にも負けない元ビートルズ少年」と思っていますから(おっ、言い切った)。寄贈の条件として、「汚損、破損、カビ、書き込みが等がないこと。また、当館での利用・保存に堪え得る状態であること。」というものがあります。「今出来ることは今のうちにやっておこう」という想いが私の背中を押しました。よし、寄贈に踏み切ろう!ダブリで所有していた美品の方を手放すことにしたのです。

そして以下がその寄贈申出リストです。

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あえて必要はないのですが、PMも初回のものに揃えました。誰にも負けない元ビートルズ少年(当時の熱狂的なリアルタイマーはみんなそう思ってるんですけどね)としての意地でした。

先月町田のコレクターの方から買取依頼があったため、直接国会図書館にこの6枚を持参することにしました。通常利用者の入口とは別の場所に案内され、担当者が来るまで結構緊張してましたね。10分程度の面談を終え、長年コレクトしていたレコード達に別れを告げました。   

バイ、バーイ!

翌日、収集・書誌調整課の担当者からメールが届きました。

「昨日はご来館いただき、ありがとうございました。
お預かりしたレコード6枚の状態を確認しましたが、特段
の問題は見受けられませんでしたので、当館で全て受贈
いたします。
貴重な資料をご寄贈いただき、感謝申し上げます。

当館の利用者が今回ご寄贈いただいた資料を利用できる
ようになるのは、資料の整理等が必要なため、約1か月後
となります。」

そして先日(10月5日、お分かりですね?)、ちょっと早いけどまだかな~と検索してみたら見事にヒット!
「抱きしめたい」から「オール・マイ・ラヴィング」まで、
録音資料 ビートルズ コーラス. 東芝音楽工業, [1964] <YMB-L95~100>
として所蔵されることとなりました。
感動!(レコード・ボランティアのいい汗かかせていただきました)

 とりあえずこれでビートルズのシングル盤は国会図書館完璧所蔵となったのですが、LPについては問題提示の意味からもそのままにしています。かなり欠けています(悪い汗)。「マイ・ボニー・ツイスト」の寄贈はあえて呼びかけはしませんが、コレクターの方は所蔵のオンライン検索をされてみるのもいいのではないでしょうか?「売っても安いし(売れないし)、捨てるのは忍びない」レコードが息を吹き返すかもしれません。ただし美品が条件ですのでくれぐれもお間違えの無いように。




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国会図書館へ旅立ちの朝。顔は笑ってても・・。
ちょっぴり曇りある笑顔?尾畠さんの笑顔になるには100年早い!


ポール・アローン作品としての「イエスタデイ」



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本日25日、お店の前に呉信用金庫安芸津支店が移転オープンしました。当初8月末オープンを予定していたのですが、豪雨災害の影響で延期となり1か月遅れのスタートとなったというわけです。同じ痛みを分かつものとしての愛おしさを感ぜずにおれません(個人的には広銀OBではありますが)。で、気づいたのですが、目の前の寂れた通りに、呉信用金庫、広島銀行、もみじ銀行、農協、郵便局と5件の金融機関が並ぶ結果となりました(プチ金融機能を備えたセブンイレブンを加えると6件)。浜田省吾の曲に「マネー」というのがあります(このタイトルを考えた時、絶対ビートルズの「マネー」を意識したと思います。だって「君の名を呼ぶ」という曲もあるんですから。「アイ・コール・ユア・ネーム」でしょ?)。イントロの歌詞はこうです。


この町のメインストリート 僅か数百メートル
さびれた映画館とバーが5、6軒



そしてこの曲の安芸津ヴァージョンが出来ました。

この町のメインストリート 僅か数百メートル
さびれた中古屋とギンコーが5、6軒
 
      (中略)

 マネー!


これぞ正真正銘の「マネー」ですね。
 
 






ビートル・アローン
「ビートル・アローン」(藤本国彦著,レコード・コレクターズ増刊)

 9月もそろそろ終わり、来週からはいよいよ年一度のオークション準備を本格化させます。そのスタートに先駆け、読書の秋突入ということで(あまり実感ないですが)、ちょっぴりリラックスしてビートルズ考。チョイスしたのが読みかけてそのままになっていた「ビートル・アローン」。 「ビートルズと日本」の新聞記事抽出もそうですが、「ビートル・アローン」も要するに着眼点(切り口)の勝利ですね。山ほどあるビートルズ・ネタを切り取って整理し、ごちゃ混ぜとなって隠れていた真実を導き出す。藤本さんのこの本は個人的に苦手なソロ活動時期も含めて分かりやすく書かれており、意外な発見もあったりしていろいろと勉強になります。本に目を通していてふと、60年代のビートルズ少年にとって「イエスタデイ」とは何だったのかというテーマが頭に浮かんできました(今更ながらですが)。






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先々週国会図書館でこのレコード閲覧していて、目の前の若い女性職員に「当時は「イエスタデイ」がB面だったんですよ」と声かけると、「あっ、本当ですね~。驚きました!」と予想通りの反応。老いぼれた元ビートルズ少年のささやかな楽しみ(トホホ)。


60年代当時はとにかくビートルズの勢いが強烈すぎたため、レコードで聴く「イエスタデイ」は 、仮に伴奏が弦楽四重奏であろうともロック・シンガーであるポールが歌っているというだけで、ビートルズの“地味な”曲のひとつという認識だった気がします。アルバム『4人はアイドル』でもB面の6曲目、2か月後にシングル・カットされてもB面という位置づけでした。で今回、64年の国内デビュー当時から一気にビートルズの魅力にとりつかれた団塊世代を中心とした初代ビートルズ少年達にいろいろと話を訊いてみたのですが、とにかく口を揃えたように印象がよろしくないのですよ、「イエスタデイ」は。ここまでとは思いませんでした。新発見。しかしながら「9500万人のポピュラー・リクエスト」では、B面ながらシングル発売前からチャート・インし、あっという間に1位に到達。その後1か月近くほぼ首位をキープしています。これは思うに単にビートルズ・ブリークだけでなく、一般のポピュラー・ファンの投票が多かったのではないかという気がします。洋楽ファンが、「ビートルズはそれほど好きじゃないけど「イエスタデイ」はいいんじゃない?」ということをよく口にしていた印象があります。クラシック的な高級感といいましょうか、そこに惹かれた一般のポピュラー・ファンは多かったのではないでしょうか。ですから「イエスタデイ」をそれほど毛嫌いしてはいなかった団塊後続世代のビートルズ・フリークとしては、「イエスタデイ」で“不良ビートルズ”が評価されるのは嬉しいけど、ビートルズの本当の魅力はそこじゃないでしょう!という思いがあったのは確かです。高校時代の浜田君なんかも「イエスタディ、イエスタデイってよく言うけど、ミッシェルの方がよっぽどええじゃん」なんて言ってましたから。
  
中学2年生の時、来日公演の「イエスタデイ」をテレビで観た時の強烈な印象が私にはあります。『4人はアイドル』のLPは当然買ってはいませんでしたが、「9500万人~」のチャートで半年近く前に首位をキ-プしていた関係で散々耳にしていました。最終的に「恋のアドバイス」に抜かれた曲でした。武道館で何の曲を歌うのかの情報は一切なく、それこそ釘付けになって観ていたのですが、中盤を過ぎた時、さらっとポールが「イエスタデイ」を歌い始めたのです。正直に告白します。やった!と思いました。その曲を歌うポールを見て本当に嬉しかったのです。家族と一緒に観たというはっきりした記憶はないのですが、世の大人達に言いたかったのです。「ねえ、見て見て!こんないい曲があるんですよ。ねっ、ただの不良バンドじゃないでしょ?」という気持ちです。ほとんどはその気持ちが占めていたのですが、もう1点、すごく感動したことがありました。初めてロックの「イエスタデイ」が聴けた、という想いです。4人がバンドで「イエスタデイ」を演ってるんですよ!で、そのことをふと思い出した時、意外と誰もそういった発言を口にしていないことに気づいたんですね。それが今回のテーマに至ったそもそものきっかけだったんです。いろんなビートルズ少年に訊いてみました。でもいないんですよね、そういった感想を持ってる人が。「初めて聞きました、そんな感想」という人ばかりなんです。これが今回調査してみての一番の驚きでした。ほとんどのビートルズ少年が当時そう感じたと思ってたんですよね、最近までずっと。

 「ヘイ・ジュード」「レット・イット・ビー」はビートルズの不滅のスタンダード曲として定着しています。でも「エニータイム・アット・オール」や「ヒアー・ゼアー・アンド・エヴリウエアー」の方が曲としてのクオリティーは高いと思うのですが(タイトルが長過ぎたのか・・)。不滅の名曲に至る要因は何なんでしょう。「イエスタデイ」のストリングス仕上げを提案したのはジョージ・マーティンだったようですが、「バンド編成で録音していたらそこまで話題に上がらなかったのではないか」と藤本さんは「ビートル・アローン」で書かれています。まったく同感です。仮に前年発売された「アンド・アイ・ラヴ・ハー」を弦楽四重奏のポール・ソロで発表していたら、「アンド・アイ・ラヴ・ハー」が最もカヴァーの多い曲としてギネス認定されていたかもしれません。その可能性が充分あると私はにらんでいます。「イエスタデイ」もそれなりにクオリティーの高い曲であることは認めますが、弦楽四重奏のポール・ソロというアイデアこそが世間一般におけるビートルズの代表曲となる圧倒的要因だったと思うのですが、いかがでしょう?

9500万人のビートルズ・リクエスト

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 夏は大好きなスイカやぶどうがたらふく食べられる季節。去り行く夏の終わりに心のふるさとから贈り物が届きました。数年前に大ブレイクしたこのシャインマスカット。実は自宅の近くにある果樹試験場で開発された品種で、「安芸津21号」が基になっているのです(今年になって知りました)。調べたら、(オークション・リストをスタートした)1988年に誕生した、とあります。同じ安芸津産の同期の活躍を励みに、焦らずレコード熱を継続してまいります。今年は大変な夏でしたが、30周年を区切りに究極のマガジン・タイムマシーン計画(この30年間に当店のリストを請求された現在取引のない方への電話買取依頼。リスト・タイムマシーン?)も考慮に入れつつ、さっそく明日から2日間東京方面に依頼のあった3件の出張買取を予定しています。そのついでに国会図書館にも立ち寄って調べものもして帰ります。お楽しみに。







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                           そこそこ分厚い

 大昔に買取でレコードと一緒に入手した「9500万人のポピュラー・リクエスト」の週別チャート・ファイルが手元にあります。これは当時のポップス少年がラジオを聴いて手書きしたものですが、このデータを基にして「洋楽チャート館(小部屋)」を作ろうと以前より計画していました。ただヒット曲の集まりであるため、へたをすると当店の300円コーナーで半分近くは揃ってしまうような内容のためいつでも出来るとついつい後回しにしていたのですが、今回の集中豪雨をきっかけにして、「今出来ることは今のうちにやっておこう」という思いが急速に強まってきたのです。60年代の洋楽少年を取り巻いていた空気感を再現するために、レコードだけでなくステレオ・セットやポスター類にも拘り、さらに当時の音楽雑誌やレコード・マンスリー、月報等も揃えてしまおうといろいろ考えていたら、俄然やる気が湧いてきました。







9500万人lp 9500万人lp2
DJ小島正雄は60年代ラジオ界のエド・サリヴァンか?(もう少し品格があったような・・)

 いざとりかかっていろいろ調べてみると、意外と「9500万人のポピュラー・リクエスト」の完璧な週別チャート・データはリスト化されていないことに気づきました。「ティーンビート」の65年9月号(創刊号)から67年6月号には週別の簡易チャートも掲載されていますが、最新チャート20曲を基準にした週別リストのため旧3週分には空白も目立っています。「ミュージック・ライフ」も63年7月号あたりから66年3月号までチャートが掲載されていますが、やはり旧2週間分は空白があります。またこの番組に特化した関連書籍も見当たりません。全国の民間放送34社111局のネットワークを組み、開始から1年経過した64年には1週間当たりのリクエスト葉書も1万件を超え、私が聴き始めた65年当時はピークで7万件超えもあったという、60年代の洋楽少年に影響を与えた国民的ラジオ番組なのに。手元のファイルには完璧に21曲(20曲ではない)がリストされ、番組ゲストや新曲の感想とかも書かれています。でも考えてみたら、確かにこれだけのデータをリスト起こしする作業も結構大変ではあります。そこで手始めに、このファイルを基にビートルズに特化したチャート推移をピック・アップしてみることにしました。で、その結果が以下のリストです。

9500万人ビートルズ・チャート




いや~、おもしろかった。各ページをめくって曲目チャートの推移を見るたびに、中学時代の初々しい興奮が蘇ってくるのです。「あっ、この週を聴いて「恋のアドバイス」を買ったんだ」とかね。「やっぱりそうだったか」「へぇ~、意外だな」「これはおもろい発見だ」、といろいろな感想(感動)が沸き起こってくるのですが、いくつかピックアップしてみましょう。

●「プリーズ・プリーズ・ミー」から3週間遅れて「抱きしめたい」はチャート・インし、その後この2曲は、長期にわたるチャート争いで並走するも順位が逆転したのは実に3か月後!。共にチャート・アウトする1か月前のことだった。(デビュー曲争いは未解決のままですが)
●B面のみがチャート・インしている曲が3曲(「ラヴ・ミー・ドゥー」「スロー・ダウン」「イエスタデイ」)もあるが、特にA面なのに「オール・マイ・ラヴィング」がチャート入りしてないのは不思議な気がする。
●シングル・カットしてないのにチャート・インし、1か月後にEP発売され1位になった曲が3曲もある(「ミッシェル」「ガール」「タックスマン」)。
●来日の1年近く前に「ミスター・ムーンライト」(1位)と「アイム・ダウン」(3位)が上位チャートしているのは意外である。
●番組が終了する67年4月末までに発売された東芝シングル32枚のうち、チャート・インしなかったA面曲は「ドゥ・ユー・ウント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」(ジョージ)、「オール・マイ・ラヴィング」、「マッチ・ボックス」(リンゴ)、「すてきなダンス」(ジョージ)、「カンサス・シティ」、「パーティーはそのままに」、「ザ・ナイト・ビフォア」、「アクト・ナチュラリー」(リンゴ)の8曲で、特にジョージとリンゴの曲はアウト。「イエロー・サブマリン」(リンゴ)と「タックスマン」(ジョージ)で市民権を得た(共に1位)のはいずれも来日後のことである。

リストを作って間のない時期の感想なので吟味するとさらに見えてくる衝撃の事実(ちょっとオーバー?)があるかもしれませんが、いずれにせよ日本を代表する60年代洋楽ラジオ番組におけるビートルズ曲の立ち位置が見えてくるのではないでしょうか。
お気づきの感想でもありましたら何なりと!


9500万人ファイル2
「抱きしめたい」が初登場した64年3月6日のコメントには、「ビートルズの日本での㐧二弾」と書かれている。


9500万人ファイル3
日本で1位から3位を独占した唯一の週。「マイ・ボニー」があるところが何とも日本的。むしろ番組ゲストのレイ・チャールズが気になる。

9500万人ファイル4
66年1月6日放送の65年年間チャート。レコード会社別に分析しているところが素晴らしい。






 洋楽チャート館用には、いずれは「9500万人のポピューラ・リスエスト」だけでなくその後引き継がれた「オールジャパン・ポップス20」等も含めた63年4月から69年末までチャート・インしたものを網羅した内容にしたいと考えています。で、オープン(と言ってもお客さんとワイワイやるだけのスペースなんですが)目標は来年の4月。番組スタートした詳細な日付が当時の音楽雑誌等チェックしてもよく分からないのですが、間に合わなかったら再来年の4月O日。あくまでも日付にこだわるメデタイ野郎なんです(笑)。
 

ステレオ1
番組が始まった63年4月頃のステレオ

ステレオ
66年ビートルズ来日当時のステレオ

共に所有しているのですが、どちらを置こうか迷ってます。


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thisboy1994


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 1952年広島県安芸津町生まれ。獅子座のAB型。ビートルズをたまにしか聴かないビートルズ・フリーク。
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