FC2ブログ

「ビートルズ・カヴァーズ」大更新

エルヴィス・プレスリーES-5035②
エルヴィス・プレスリー/忘れじのひと<ES-5035>
幻のエルヴィス国内デビュー盤 *内袋入り


リトル・アンソニーとジ・インペリアルスRANK-1054
「ベサメ・ムーチョ」のビートルズ・カヴァーはコースターズではなくフラミンゴズ(B面)ではないかという意見が画像協力者(今回の更新で3名記載)の一人から上がっています。「コースターズ6+フラミンゴズ4 ÷ 2」という感じでしょうか?(私論)


 ほぼ10年ぶりに「店長・菅田 -works-」の「ビートルズ・カヴァーズ」を更新しました。一気に25枚近くの画像をアップし、WANTも残り3枚となりました。「オールディーズ・シングル図鑑」を出版した後直ぐにWANT画像もある程度アップ出来たのですが、長年そのまま放置していました。お店のオープンが13時で、地元の人からは「いつ行っても閉まっている」とよく言われるんですが、午前中は自宅で「万級リスト」「60年代ビルボード日本盤リスト」「国内デビュー盤リスト」「アーリー弘田三枝子・データ」等の作成や、オークション用レコードの検盤、「マガジン・タイムマシーン」による買取交渉と、結構タイトに仕事してるんです(仕事と言ってもらえるかどうか分かりませんが)。そんななかでの(見てもらってるのかどうか分からないような)サイトの更新は結構エネルギーを要するんですね、ハイ。今回の更新で最大の目玉は内袋入り「忘れじのひと」でしょう。この「忘れじのひと」のドーナツ盤については「里葉風流の競盤風物詩 第5話」にも書いていますが(20年以上も前だ!)、この内袋の発見がどれだけ意義深いことか、いつか「エルヴィス国内デビュー盤の謎」というブログでも書きましょう。



昭和デビュー館洋楽
「昭和デビュー館(洋楽部)」

SP record shop ジャック1
準備中のSPレコード・ショップ「ジャック」

SP record shop ジャック3
アンガールズ田中さんに聴かせたSP3枚


SP record shop ジャック4
歌謡曲やボーカル・楽団だけでなく、ジャズ、ロカビリー、R&B、ブルース等もあります。


 先月放送された「元就。」では、それこそ「情熱大陸」(RCC)級の尺の長さでお店を紹介していただき、特に見逃し配信で見られた県外のコレクターからも「コロナ禍の現在、お店に行かなくても行った気にさせる突撃レポ。お店をくまなく紹介していただき、地元のテレビ局にも感謝です。」「いつか東京からのジスボーイ・ツアーを企画したい。」等と好反響でした。ついでながら情熱大陸で思い出したんですが、実は水原希子ちゃんの「情熱大陸」にワタクシちらっと出てるんです。出ているというか、映画「ノルウェイの森」のロケ・シーンで映ってるんです。7秒ほどですが(笑)。「昔話が多くなるのは老いぼれた証拠」と言われそうですので話戻しますが、番組では1階のリサイクル部、2階のジスボーイと「昭和サイン館」の紹介で終ってましたが、実は準備中のSPレコード・ショップ「ジャック」で田中さんにSP聴かせたり、「洋楽チャート館」兼「昭和デビュー館(洋楽部)」も収録されてたんですね。「昭和サイン館」でのおしゃべり多過ぎました。しかしながら番組的には最後の「キュン」ポーズに手こずり、バラエティー番組としてのオチを見事に決めることが出来ました。(見事なのは編集の上手さですけど)






昭和デビュー館洋楽1
「昭和デビュー館」開設の狙いは、ズバリ左端2枚の曖昧なデビュー盤の存在をクローズ・アップすることです。

RCCテレビ「元就。」にキュン!

元就
「元就。」4月25日放送より

 突撃取材を受けた「元就。」が昨日放送されました。来店を絡めたテレビ番組は大昔の斉藤和義さん以来二度目でしたが、面白くも素晴らしい構成にちょっぴり感動してしまいました。3年前の災害以後我が安芸津町を盛り上げようとする動きがここ最近顕著ですが、無事何とか放送事故もなく?トップ・バッターの一人としての役目終えることが出来ました。今回の安芸津町特集は、引き続き来週の後編にバトン・タッチされます。1週間の期間限定ではありますが、「元就。」の見逃し配信が番組のホームページで公開されています。興味をお持ちになられた方は是非見てやってください。以下、「In 安芸津町」前編を“10倍楽しむ補足画像”を貼り付けておきます。(配信確認後にどうぞ)
















安芸乃島関と父
親父と安芸乃島関のツー・ショット
大乃国を倒して金星を取っていた頃のニュース番組で、「町はフィーバーしとります!」と興奮する親父の映像が流れたこともありました。


安芸津のエヴァリー・ブラザース
リバプールでジョンとポールが出会った頃の南君(後の南一誠)とボク(左)
歌手デビューはデュエット曲「キラキラ星」
安芸津のエヴァリー・ブラザース?


通知表

通知表2
呉三津田高校1年の出欠の記録(恥をしのんで公開)
番組では浜田君に誘われ早退したのは1学期と話してましたが2学期の間違いでした。
学習成績の記録はあまりに素晴らしくて公開出来ません。
浜田君と一番近かったのがこの頃(15才)です。




最後に、これはちょっといい話。


オフ・コース/生まれ来る子供たちのために
オフコース/生まれ来る子供たちのために<ETP-10707>
このレコードはヒット曲につき、一般的には買取は厳しいアイテムです。

オフ・コース/生まれ来る子供たちのために2
メンバー全員のサインが書かれたジャケットの裏面
「昭和サイン館」が完成した後、お礼の気持ちも込めて1万枚のうち当初除外していた4000枚も追加買取しました(内容からは破格とも言える値段で)。何とその中から驚きのサイン入りレコード(裏面)を発見。数があまりに大量で、当然のことながらジャケットの表しか確認してなかったわけです。



以上、取り急ぎこんなところで( 1.5倍ぐらいでしたね)





そして最後に取材を受けての素直な感想を一言。


直接お会いした田中さんは、   

超いかした 「スゴイでガンスなナイス・ガイ」 でした!



 

第2回 SAVE THE レコ屋、ボーダーライン福岡本店店内セール&告知

 ボーダーライン福岡本店店内セール

今週23日から来週29日までの1週間ですが、九州の老舗中古レコード店「ボーダーライン」福岡本店店内にて出張セールを開催します。今年の出張セールは、今回の博多と6月の金沢以外ハッキリした予定は立っていません。出張といってもこのご時世ですから、今回は送りのみで九州には出向きません。数も店内セールということもありLP1000枚弱、シングル500枚程度になりますが、全体の3分の1はオークションもれの商品も含まれています。貴重盤も別途に1箱送りましたので、クオリティーもそれなりの内容になっていると思います。福岡県内のレコード・ファンの皆様、乞うご期待!







元就1元就3


併せて広島県内の方に告知です。地元RCCテレビの人気長寿番組「元就」で、アンガールズ田中さんの突撃取材を受けました。この日曜日25日の放送予定です。予期せぬことでいろいろとボロが出てるかもしれませんが、そこはRCCさん、うまく編集していただけるでしょう。あわてない、あわてない。子供ぢゃないんだから。とはいえ中1でビートルズに出会ってから基本何も変ってないめでたい前期高齢者でもあります。脳天気な空気感が、コロナ時代に於ける一服の清涼剤となれば幸いでがんす





 

アーリー弘田三枝子 ~東芝時代の記録② 「子供ぢゃないの/悲しき片想い」前編

 弘田三枝子/子供ぢゃないの<JP-5089>
デビュー曲「子供ぢゃないの/悲しき片想い」<JP-5089>

 
東芝月報61年12月ー62年1月合併号 東芝月報61年12月・62年1月合併号3
東芝月報に初紹介された「61-12・62-1合併号」では、11月臨発としてさりげなく紹介されている。


ミュージック・マンスリー61年12月号 ミュージック・マンスリー61年12月号2
「ミュージック・マンスリー」に初登場した61年12月号も同様に特記記事なし。

 14才の弘田三枝子が「子供ぢゃないの」でデビューしたのは、ブレンダ・リーが初録した「ジャンバラヤ」から3年後、そしてビートルズが「ラヴ・ミー・ドゥ-」でデビューするほぼ1年前のことでした。当時の東芝月報やマンスリーには目立った告知や宣伝はされてませんが、60年近くが経過した現在でも、その歌声には心揺さぶられるものがあります。東芝時代特有のミコ節も既に完成しています。これはビートルズのハンブルグ時代同様に、デビュー前の米軍慰問ステージを積み重ねてきたことの賜であると確信します。








ML61年12月号
広告ML61年12月号
 「ミュージック・ライフ」61年12月号広告

飯田久彦/悲しき片思い<SA-768> 田代みどり/子供じゃないの<NS-510> ヘレン・シャピロLL-3039◎

 ML61年12月号に「子供じゃないの」「悲しき片想い」の2曲に焦点を合わせた珍しい広告が掲載されています。レコード会社をまたがった広告は実に異色で、しかも同一カップリングがコロムビア(ヘレン・シャピロ、飯田久彦)・東芝(弘田三枝子)・テイチク(田代みどり)と4枚も出されているシングル盤は他に例がないのではないでしょうか。そこまでこの2曲がピックアップされた原因はよく分かりませんが、そのことが逆に功を奏して、ミコ・ヴォーカルの産声とも言える“♪ウェ~~ル”のかけ声が、飯田久彦田代みどり、さらにはオリジナルのヘレン・シャピロと比較しても群を抜いてパワフルであったことがハッキリと確認出来ます。







 


週刊平凡61年12月20日号
週刊平凡61年12月20日号

61年12月20日号週刊平凡161年12月20日号週刊平凡2
ジャズ喫茶「ラ・セーヌ」の楽屋で伴奏のポップ・キャッツのメンバーと

61年12月20日号週刊平凡
「ミー子ちゃん、また歌をうたいすぎたわね。気をつけないと駄目よ」毎日のように耳鼻咽喉科に通院、とある。
デビュー後は「ハロー・ミスター・ミュージック」「フレッシュ・パレード」等テレビのレギュラー7本、ラジオ2本の売れっ子ぶり








新週刊創刊号
「新週刊」61年5月11日創刊号

ヤァヤァヤァ映画ポスター
3年後のビートルズ映画のポスターにも影響を与える(うそピョ~ン) 

1961年12月21日号新週刊
「新週刊」61年12月21日号の“招待席/弘田三枝子”





週刊明星61年12月31日号
「週刊明星」61年12月31日号

1961年12月31日週刊明星1
“弘田三枝子オシャマな魅力/ジャズ界のホープ 日本のベリンダ・リー”
ベリンダ・リーは言うまでもなくブレンダ・リーの誤植
この記事では一貫して“三枝ちゃん”となっている。“ミコちゃん”登場は62年以降に持ち越し。“本格的なデビューをする前に変声期が来て、5ヶ月間歌わなかった期間の耳の勉強が大プラス”とある。米軍キャンプ廻りとこの時期の洋楽聴き込みが、インパクトあるミコ・デビューの礎を築いたのは間違いない。




ブレンダ・リーのLP
1961年12月31日週刊明星2
変声期に購入したと思われるLPとステレオ・セット

ブレンダ・リーとビクター・ステレオビクター・ステレオSTL-34
この『しびれちゃうの』<SDL-10009>とビクター・ステレオ<STL-34>(「ジュークボックス」61年4月号広告)こそがその正体

ブレンダ・リー/「しびれちゃうの」2ビクター・ステレオSTL-39
しびれちゃうの』を昭和サイン館の同じ61年製ビクター・ステレオ<STL-39>で聴きながら、このアルバムがきっかけで翌々年「ジョージア・オン・マイ・マインド」の収録に至ったと確信(ちょっと脱線)。
一方先月テレビ番組の収録で来店されたアンガールズの田中さんにこのステレオで聴かせたのは「砂に消えた涙」from『サンレモのゆかり』(さらに大きく脱線)。










 





子供ぢゃないの1
タイトル成立の原因(推測)に、あなたはショックを受けるかも・・。

 デビュー曲に関する音楽的側面は次回後編に譲るとして、今回は前編の締めにインパクトあるタイトル表記の「子供ぢゃないの」について考察してみます。デビュー曲に関するこれまでのデータ記述でお気づきかもしれませんが、タイトルの表記は一貫して「子供じゃないの」となっています。“子供ぢゃ”と書かれた記録は、目録や月報のみならず、当時の音楽雑誌や週刊誌記事には一切ありません。すべて“子供じゃ”なのです。

 
子供ぢゃないの2
裏ジャケットも

子供ぢゃないの3
レーベルも

“子供ぢゃ”ないの、です(ややこしい記述しないの!)


ということは、「表ヂャケット」(しつこい)、もとえ「表ジャケット」の表記の“ぢゃ”は 誤植  ではないかと推測されるのです。
いかがでしょう?

 
そしてそのハートがキュっと掴まれるキュートなタイトルは、20年の年月を経て見事に市民権を得ることとなるのです。




子供ぢゃないの再発
82年に復刻されたデビュー・シングル「子供ぢゃないの」<T06-1040>

子供ぢゃないの再発2
裏ジャケットも

子供ぢゃないの再発3
レーベルも

“子供じゃ”ないの、です(めでたし、めでたし)

コンプリート・コレクション

布谷他買取

 2020年度オークションの事後処理、ほぼ終えました。やっと正常態勢に復帰した感じです。その間にもいろいろとレア盤入ってきて、2021年度オークションに向けての新たなスタートも切ったところです。布谷文夫の帯付はじめ、トゥー・マッチやパワー・パウス、スピード・グル-&シンキといった昭和40年代の日本のロックをリアルタイムで買われていた九州のYさんからの買取は特に感激しました。同年代のYさんは、40年近く前からブルースのSPを買い続けているなど私と似た体験を持っておられ、電話でも話が乗ること乗ること。ただ決定的に違うのがロックに向けての破格とも言える行動力。中学1年の時(65年)、九州から大阪まで汽車に乗ってアニマルズのコンサートに参加していたという事実には、とにかく“驚愕”の一言あるのみ。買取したフーやラヴ・スカルプチュアのシングルにもリアルタイム感が溢れています。


フー/アルメニアの空<DP-1577>
フー/アルメニアの空<DP-1577>
「世界10大グループ・サウンズ・プレゼント・セール」ビニール袋入り


フー/アルメニアの空<DP-1577>2
応募券もしっかり残っている

フー/アルメニアの空<DP-1577>3
“68年9月30日まで”のセール期間にドンピシャ符合する68年8月の発売

ラヴ・スカルプチュア/剣の舞<OR-2197> 2
ラヴ・スカルプチャー/剣の舞
デイヴ・エドモンドが在籍していたラヴ・スカルプチュア/剣の舞No.1<OR-2197>
東芝専用ビニール袋が69年まで使われていたことが確認出来る



フゥー/アウト・イン・ザ・ストリート<DS-457>
放出シングルの究極アイテムは、フーのシングル・コンプリート・コレクションの壁とも言える
「アウト・イン・ザ・ストリート」<DS-457>(コンディションMクラス!)
 



他の買取では、



ビートルズ/イエスタデイ・アンド・トゥデイ<PYA-7240> ビートルズ/イエスタデイ・アンド・トゥデイ<PYA-7240>2
千葉の8トラ・コレクター(300本所有!)からの
「イエスタデイ・アンド・トゥデイ」未開封


キックス/ふたりの愛<PRE-1526>
2020年度オークションのトレードで入手したGSの有名なジャケなし自主制作盤
キックス/ふたりの愛<PRE-1526>


などがあります。













グループ・サウンズ文化論
「グループサウンズ文化論」(稲増龍夫著、中央公論社、2017年)

 その昔、「競盤風物詩 第4話 ~ 神の掟」の中で、“しかしながら程度の差こそあれ、エルヴィス・プレスリーの「忘れじのひと」<ES-5035>や梅木マリの「白ゆりの丘」<JP-1567>のように、各タイプそれぞれに“コンプリート”を阻止する何がしかの壁が立ちはだかっているようです。”と書いたことがあります。長年プレミア盤を意識しながら中古レコード業を継続してきたこともあり、この壁に立ち向かうコレクターのお手伝いを随分させてもらいました(ヘヴィー度はそれこそピンからキリまでありますが)。有名なGSコレクターでもある稲増龍夫さんの「グループサウンズ文化論 なぜビートルズになれなかったのか」という本に、近田春夫さんとの対談が収録されています。


近田 最後のほうはどうやって集めたんですか。

稲増 主にマニア店のオークションです。80年代当初は誰もB級GSなんて相手にしないから、そもそも市場にモノが出ていなかったのですが、近田さんの影響でB級GSに人気が出始めると、不思議なもので、どこからか出てくるようになりました。つまり、価値があると分かると,業者さんが、廃業したレコード屋のデッドストックとかを必死になって見つけてくるようになる。皮肉なことだけど、経済原理が文化保存を促進するわけです。音源的にはほとんどCD化されていますけど、やはり「現物」はマニア的価値があるんですね。

近田 一番高かったのはいくらでしたか。

稲増 私の場合は35万です。30年間で一度も見たことがないレコードでしたからね。

近田 35万(笑)。それはシングル盤一枚ですよね。ちなみに何という曲ですか。

稲増 GSコレクターにとって最難関と言われているのが、プレイボーイというグループの5枚で、そのうちのラストの「湖に眠るマリーの恋」です。実際、このクラスになると、馴染みの中古屋さんが「見つけましたけど、いくらでどうですか」と持ちかけてくるのです。骨董と同じですね。私が買わなければ他へ流れるから、声をかけられたら絶対に言い値で買うしかない。

近田 本当に骨董の世界ですね。



かんだレコード・リストNO22
かんだレコード・リストNO.22

かんだレコード・リストNO22WANT
コレクターのWANT額を基に買取額を提示するわけです(NO.22より)

誤解されるといけないので補足しておきますけど、稲増さんの発言にある “「湖に眠るマリーの恋」です。実際、このクラスになると、” の部分は、アイテムの対象が変ってるんですね。「見つけましたけど、いくらでどうですか」と(どこかのお店が)持ちかけたレコードは、「湖に眠るマリーの恋」のことではないんです。オークションの表紙にしたものを裏取引するようなことをしてたら、とてもその後16年もオークション・リスト続けてられませんから。個人的に骨董屋的取引は苦手な体質で、そのため長年非公開オークションに拘ってきたわけです。以前NHKおやじバトルに出場してキャラバン」を演奏したとき、審査員の近田さんから「間違ったところはあったけど、演奏にインチキなところがなかった」という寸評をいただいたことがあります。この言葉、大好きなんです。「インチキな商売だけはしたくない」これがプレミア盤稼業を継続してきた私のモットーでもあります。「なんでも鑑定団」でニセものを1000万円で買わされたとかのシーンを見たことがあります。「だまされた」とか番組的には面白いのかもしれませんが、あまり好きじゃないですね。「プレミア・レコード図鑑」を出版したとき、同業者から「あんな本を出したら儲けられないじゃない」と露骨に声をかけられたこともありました(とっくにそのお店はないですが)。「そんな綺麗事は中古ディーラーとしてカッコよくないよ」などと言われたこともありますが、それをカッコいいと言うなら、「カッコよくなくて結構」と言いたい(説明のくどさがカッコ悪い?)。それにしても、あの時おやじバトルで下手なベースを弾いていたのが35万円で「湖に眠るマリーの恋」を売った人物だと知ったら、近田さん驚かれるでしょうね(笑)。ちなみに「湖に眠るマリーの恋」のドーナツ盤は、NO.21で表紙にした「神の掟」の帯付LPと同様に、その後ヤフオクに一度も登場していないようです。










阿保郁夫/冬の海を<BS-1675>
阿保郁夫/冬の海を<BS-1675>

 当店のホームページに「パーソナル・ウォント」というコーナーがあります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どうしても手に入れたいレコードを探します。コレクターなら誰しも抱くこんな思い...。とにかく早く(何としても)手に入れたい!手に入るなら、相場を度外視した価格でもかまわない...。そんな熱きレコード(パーソナル・ウォント)を教えてください。ジスボーイが探し当てます..。WANTする商品に対して「お客様が払ってもいいと思う最高の価格」を "WANT額と呼びます。WANT額の7割から8割の価格で高価買取リストに掲載します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
取引終了後は相場への悪影響も考慮し削除しますが、このコーナーで取引成立したレコードは数知れず。ただ最近は、相場の変動によるマヌケなアイテムもチラホラ見受けられます。そんななか昨年1件のWANTがメールされて来ました。

阿保郁夫/冬の海を<BS-1675>希望金額30万円(コンディションC)

アイテム的に30万円では無理と判断しましたが、「CランクでもOK」とあったため、とりあえず70%掛けの20万円でパーソナル・ウォントの「邦楽シングル・コーナー」に掲載しました。しかしながら一向に反応はありませんでした。




かんだレコード・リストNO38want
かんだレコード・リストNO.38より

そうこうしているうちに2020年度のオークション・リスト「かんだレコード・リストNO.38」の仕上げに突入し、このWANTをそのまま「当店の高価買取リスト(前回リストのWANTより)」として掲載しました。何と紙リストを見られた四半世紀前からの常連さんであるNさんから電話連絡がありました。「状態はしみがかなり散在していますが、Cランクでもいいのなら大丈夫でしょう。盤は綺麗ですし。」とのこと。Nさんは相当幅広い歌謡曲メインのコレクターですが、ネットではなく紙リストからの反応というのが何とも嬉しかった。「ネットがすべてではない」というこれまでの確信は、より強固なものとなりました。次回NO.39の目玉のひとつとしてキープしてもよかったのですが、Cランク(VG)でもいいという熱い想いに答えるべく案内することにしました。レコードを発送した翌日、購入されたコレクターからメールが届いていました。

「私は37,8年に亘り、作曲家筒美京平の作曲作品のレコードを収集しているのですが、このレコードの存在を知ってから31年目にしてようやく入手でき、これで知る限りすべての音盤化されている作曲作品の収集ができました。このレコードが最後の難関だったのです。                    (中略)
菅田様とお譲りいただいたお客様にはどれだけ感謝のことばを言っても言い尽くせません。本当にありがとうございました。」

嬉しいお言葉ですね。「稀少盤ディーラー冥利に尽きる」とはまさしくこういうことです。


 












槙みちる/恋ってすてきよ<SV-554>
槙みちるコレクター(いるの?)のコンプリート・コレクションの壁
恋ってすてきよ<SV-554>も2020年度オークションのトレードで入手(From 福島)





アーリー弘田三枝子 ~東芝時代の記録① デビュー前(61年9月~11月)

SP和田三枝子
その昔、このSPを骨董屋で目にした瞬間「ヤッター!」と心の中で叫んだ。よくよく見ると「和田三枝子」と書かれていた。何の情報も無かった当時、「ひょっとしたら本名かも?」とも考えたが歌声で別人と確信。落胆。


 もう既に四半世紀も前のことになりますが、友人の四方善郎さんが中心になってHit Kit MICO!」というサイトを立ち上げました。作家の高橋克彦さんはじめ、これに賛同した多くの方々の協力もあって、当時としては画期的なミコ・ファン・サイトでありました(今でも?)。これにActivitiesという項目があり、そこには「1957年頃 代々木童謡学院にて歌の勉強を始める」と書かれています。大昔のミコ・コレクターの間に「童謡のSPが存在するらしい」という噂が流れたことがありましたが、おそらくその情報源はこうした経歴からの推測と思われます。現在はクラシックを中心としたレーベルも立ち上げてる四方さんに確認したところ、Activitiesに書いていることは当時の記事(資料)ではなく、その後発売された文献からの抜粋がほとんどとのことでした。ただそこには非常に気になることが記されています。

1958年頃  米軍キャンプのオーディション合格。 米軍慰問のステージに立ち、軍の機関紙に「天才少女あらわる」と報道される。

「天才少女あらわると書かれた軍の機関誌」が残っていれば、これが弘田三枝子(Mieko Hirota)初登場記事の可能性が高いと思われます。その後Activitiesに記されているものでは、59年頃に子役としてレギュラー出演していた日本テレビ「OK横丁に集まれ」に関して、TV関連記事や新聞のテレビ番組欄に名前が出ていたことは充分考えられます(情報ありましたら、是非!)。








hit kit mico!
Hit Kit MICO!」

 「Hit Kit MICO!」の作成には私もかなり関わっていたこともあり、今回の連載ブログに関しては、基本的にActivitiesに書かれていることを意識しながら、そこに漏れている事柄を当時の記録から抽出したいと思っています。現在ウィキペディアに書かれている東芝時代の情報は、基本的にここ20年以内に出版された文献やネット上のデータを中心に作られています。「ビートルズと日本」の例を見るまでもなく、1961年~64年当時の記録には、音楽観の未成熟や異なる時代における意識の違いもあって、当然のことながら間違った(誇張された?)情報も多く存在すると思われます。ただ20年以上前に作られた「Hit Kit MICO!」とウィキペディアのデータ比較を意識しつつ当時の記録に光を当てることは、埋没していた新事実の発見も期待出来るわけでまんざら無駄な作業でもないと考えます。










アサヒグラフ61年9月8日号
アサヒグラフ61年9月8日号

下町1
特集「ルポ 下町の人びと(東京)」

下町2
デビュー3ヶ月前の下町はこうだったのです。

下町3
安いと評判の商店街「橘銀座」

弘田三枝子「ローティーン歌手」アサヒグラフ61年9月8日号
「新人スポット/ローティーン歌手 弘田三枝子さん」
(木原事務所)は(木倉事務所)の誤植


 私が確認している最古の記事は、アサヒグラフ61年9月8日号の「新人スポット/ローティーン歌手 弘田三枝子さん」です。何とデビュー前にレギューラとなったフジテレビ「トップ・アンド・トップ・ショウ」リハーサル時と推測されるインタビューの様子が書かれています。これこそが、現時点での“最古の記録(61年9月)”といえるものです(画像そのものではなく記事として最古という意味です)。今後新聞記事等の詳細チェックにより、「OK横丁に集まれ」他いろいろと最古記録が更新されると思われますが、それこそが今回のブログ立ち上げの意義でもあるわけです。他にもTBSテレビ「ハイカラ・バラエティ」でもレギュラーだったようですか、テレビ番組に関しては、「TVガイド」が創刊される62年8月以降64年12月までに4回も表紙を飾っており、1年後からは急激に関連記事も増加していると予想されます。フジテレビ担当プロデューサーの「歌うというより全身から歌を発散している」という言葉が印象的。好きな歌手にエルヴィスとワンダ・ジャクソンを挙げているのと、“レコードが先生で、輸入盤をいち早く手に入れ、それを練習してレパートリーを増やすのだそうだ。”という記事の締めにグッと来るものがありました。










1961年11月15日号週刊平凡「弘田三枝子の幸運/中村八大がほれこんだ14歳の少女歌手」
(「週刊平凡」61年11月15日号)


中村八大リサイタル
「第3回 中村八大リサイタル」61年7月コンサート・パンフ

中村八大作品集
「中村八大作品集/上を向いて歩こう」<TOCT-24193~6>*4枚組CD
ブックレットのデータにも「NHK中村八大リサイタル特集」(61年10月?)で弘田三枝子が出演した記録は書かれていない。


 先ほど紹介した「トップ・アンド・トップ・ショー」(この記事ではフジテレビではなくTBSテレビと書かれている)で歌うシーンが、「週刊平凡」11月15日号にも掲載されています。“出番を待つ間、廊下のベンチに腰かけて携帯用のテープレコーダーで勉強に余念がない。イヤホーンを耳にあて、足で拍子をとりながら、時々大きな声を出して歌う。 (中略) 「最近忙しくてゆっくり新曲の勉強が出来ないから、これが先生」”と語っています。この記事の後半には、タイトルで紹介されている中村八大の弘田三枝子への思い入れが記録されています。“11月上旬にデビュー曲が発売された後に中村八大が「あの強烈な個性を思う存分生かせるような」曲を贈ることになっている”、とありますが、これは結果的に第4弾の「寝不足なの/ブルージン・ブルース」(62年6月)で結実したものと思われます。これは文献やサイトでも見つけられなかったのですが、“さきごろ行われたNHKの「中村八大リサイタル特集」にも、江利チエミのかわりに起用されているほどなのだ。”とも書かれています。そして11月から「平凡歌のバースデー・ショ-」の準レギュラーとして、ハナ肇の相手役をつとめている、との情報でこの記事は締められています。(この記事はデビュー前ということで当然「三枝子ちゃん」ですね)
 








ML61年11月月号「’62の新しいスターは?」
フジテレビ「歌のバースデイ・ショウ/‘62の新しいスターは?」 *後列右から2番目
(「ミュージック・ライフ」61年11月号)


 他にデビュー前の記録として確認できるものに、「‘62の新しいスターは?/来年のホープ14人の新人を採点する」という「ミュージック・ライフ」(以下ML)61年11月号の記事があります。これは10月1日にフジテレビ「歌のバースデイ・ショウ」で企画されたもので、これに出演した14人の“今日の成績”と“将来性”が100点満点で評されています。ちなみに出演して歌を披露したのは、藤木孝・飯田久彦・中尾ミエ・波多まゆみ・石橋イサオ・清原タケシ・平野浩二・松島アキラ・斉藤チヤコ・弘田三枝子・フランツ・フリーデル・鹿内タカシ・北原謙二・渡辺トモ子の14人。斉藤チヤ子(当時19才)と交互に「小さな悪魔」を歌った弘田三枝子(14才)は、“小粒ながらピリっとしたものが感じられ、歌にドライブがあってなかなか有力。これからが期待できる一人だ。”とそれなりに評価しながらも冷静なトーンで書かれています。同月号の「新人登場」で、“あまりにたくみなフィーリングと、あどけない顔とはまるでちぐはぐに強力な色気さえ感じさせる個性には、一瞬恐ろしさまで感じた”と絶賛している草野東芝ディレクター(ただの立場的ヨイショではなく一番音楽的に近かった人の本音の言葉と確信します)の熱量との違いを感じながらも、最終的に「今日の成績 90点、将来性 95点」のトップ評価が下されています(音源残っていれば強烈に聴いてみたい!!)。ちなみに同月号で発表されている「1962年度 ML人気投票・中間成績発表(10月中旬作成?62年2月締切りで3月最終結果発表予定)では、61年5月にレコード・デビューした斉藤チヤ子の10位に対し弘田三枝子はデビュー前ということもあり35位初登場となっています。ただし先ほどの新人14人ステージで斉藤チヤ子の専門家評価が70点/70点と大きく開いていたことは、弘田三枝子の実力とその後の躍進の歴史を予感させます。

アーリー弘田三枝子 ~東芝時代の記録 序章

アーリー・ビートルズ<EAYU-7007>
「アーリー・ビートルズ/ミート・ザ・ビートルズ」<EAYU-7007>*8トラ
タイトルの「アーリー」はこれから拝借


 何とか2020年度オークションも無事終了し、現在発送作業に追われています。もう2週間ぐらいで平常に落ち着くことでしょう。本来はそれからじっくり腰を据えてスタートしたかった新企画「アーリー弘田三枝子 ~東芝時代の記録」ですが、本日の生誕74周年記念日にとりあえずスタートすることとしました。2月5日という日は、ジスボーイが27年前にオープンした日でもあり、さらにそれから遡ること30年前の1964年にビートルズが国内盤デビューを果たした記念すべき日でもあります。国内外のフェイヴァリット・アーティスト(バンド)の誕生が合致する実にめでたい日なのであります。







ミュージック・ライフ1961年11月号2ミュージック・ライフ1961年11月号
「ミュージック・ライフ」1961年11月号の巻頭を飾ったフォト「ポーズ」

弘田三枝子ポーズ
「フレッシュ」「キュート」に並んで「強烈なパンチある歌声」と絶賛され、ミコちゃんの代名詞とも言える「パンチ」が登場している。15才は14才の間違いであろうが、デビュー直後はまだ「三枝子ちゃん」と呼ばれていたようである。

 何故ここまで弘田三枝子という歌手に愛着を抱き続けてこれたのかと考えた場合、やはり小4の時に紅白歌合戦で見た「ヴァケーション」に尽きると思います。中1のビートルズと比べても、田舎の少年にはあまりにもそのインパクトがストレートでした。ただその後のビートルズと共通するものがあって、それは”それまでの常識から飛び抜けて外れている”感覚だったのだと思います。ビートルズも弘田三枝子も、そのインパクトの幻影を追い続けた半世紀だった気がします。特に初期における両者に共通した個人的イメージは、ブリティッシュ・ミュージック。それは一般には和製ブレンダ・リーと言われながらも、デビュー曲がイギリス出身のヘレン・シャピロの両面同一カヴァーであったことが要因の一つであります。さらにミコ・カヴァーがヘレン・シャピロの国内デビュー盤(61年10月)のカップリングを逆転し、アップ・テンポな「子供ぢゃないの」をA面、マイナー・メロウな「悲しき片想い」をB面として発売した(61年11月)ことが、ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」とそのB面「アスク・ミー・ホワイ」、「抱きしめたい」とそのB面「こいつ」を連想させるのです。ビートルズ少年になってしばらくして、ヘレン・シャピロがイギリス初の女性スター歌手であることを知りました。それ以降弘田三枝子を”ブリティッシュ風土に根ざした日本人にとって分かりやすい音楽でスタートした歌手”として親近感を抱くことになったのは、間違いなくビートルズの影響だと思います。

 





ミュージック・ライフ1961年11月号3
同ミュージック・ライフ「新人登場」
ここでも「三枝子ちゃん」と書かれています。"ミコちゃんの命名者”という新たなテーマが・・


 このブログをお読みの方はご存知だと思いますが、今回のシリーズ・タイトルは大村亨さんの「ビートルズと日本」の“記録シリーズ”のパクリであります。そして今回の“東芝時代の記録”に関しても、大村さんご本人からも直々にご協力いただいています(感動的に仕事が早い!)。61年末のデビューから64年末の東芝時代のほぼ3年間がその範囲となるのですが、ビートルズですらあれだけの情報が眠っていたわけです。いわゆる芸能人の記録となると、想像を絶する数になることは容易に推測できます。ですから当然完璧を目指すものではなく、あまりにも意識が低すぎる(と感じる)東芝時代に光を当てる一助になればと願っての企画であるわけです。基本ベースとして音楽雑誌の「ミュージック・ライフ」「ジュークボックス」「ポップス」等から記録をピック・アップし、それに「明星」「平凡」といった芸能雑誌(これがとてつもない!)で味付けしようと考えています。それらに関連して、新聞やファンクラブ機関誌などでいくらか新発見情報も加味することが出来れば申し分なしと考えています。「60年代ビルボード・トップ20日本盤リスト」と同様にいつまで続けられるかはなはだ疑問ではありますが、時間はかかっても最後まで継続する覚悟です。
















恥ずかしながら個人史的補足として、15年前に地元中国新聞に5話ほど連載した団塊コーナー「私の原風景」の巻頭記事を掲載させていただきます。
私の原風景

ビートルズ・カヴァー考、そして半世紀前の回想

リストA表紙

謹賀新年
今年もよろしくお願いします。









8ミリその夜は忘れない

その夜は忘れない その夜は忘れない2
歩く姿にも色っぽいオーラが・・

その夜は忘れないdvd
さすがに当時の小学生には観せてもらえなかった。
予告編の2分あたりに安芸津の海岸が映っている。

 大変な幕開けとなった2021年ですが、世界が混乱している中、未だもってこれからの1年を前向きに予想立て出来ない状況にあります。ただ自らの立ち位置を客観視するいい機会が持てたという意味で、昨年はそれなりに有益なこともあったと思っています。昨年よりお付き合いが始まった隣町のFさんにお願いして、親父が撮りためていた古い8ミリ・フィルムの一部をDVD化してもらいました。そこには竹原市出身の池田勇人首相が現職時代に安芸津町を訪れた時の映像や、62年の映画「その夜は忘れない」のロケで、田宮二郎と若尾文子が安芸津町に蒸気機関車やハイヤーで到着しその後海岸散策するロケ現場の様子が細かく映されていました。ちょうどその時私は小学4年生で、放映時にはスチール写真の1枚に私と友人が「ロケに見入る地元の少年二人」としで選ばれ、映画館のウインドウを飾ったこともあります。若尾文子とおふくろのツー・ショット写真も確かありました。8ミリには音声がありませんが、それが余計に想像力を刺激し何ともリアルであります。 親父の8ミリ・フィルムは30本以上ありますが、残念ながら、レコードに没頭する坊主頭の中学生の映像は残っていないようでした。







ディスカバー・ビートルズ

 年末に「ディスカバー・ビートルズ ~ウィンタースペシャル」というNHKラジオの特番聴きました。杉真理&和田唱のお二人による軽妙な進行にゲストの藤本国彦さんが加わり、何とも楽しいビートルズ・トークを堪能させていただきました。ちらっと紹介ありましたが“213あるビートルズ曲の中で212番目に好きな曲”が藤本さんは「ホールド・ミー・タイト」とのこと。私にとっての“212番目に好きな曲”(この表現いいなあ)は、「密の味」なんです。初期にはサウンド的にチープな曲も多いですが(大好き!)、「アンナ」や「ベイビー・イッツ・ユー」にも必ずビートルズならではの魅惑ポイントがあるんですね。それが「密の味」には感じられないんです。え~、これで終るの?といった感じ。ジョンが歌ったら絶対何かヒネリを入れそうな気がするんです。それと杉さんと和田さんが強調されていた“ビートルズ・カヴァー曲のオリジナル全越え”説ですが、ビートルズ・フリークのお二人の御意見としてはごもっともで基本的には私も何の異論もないんですが(何たって4人が歌い演奏したカヴァーなんですから)、個人的にはビートルズ・カヴァーの中で圧倒的に凄いのはジョンだと思っていて、「プリーズ・ミスター・ポストマン」「ミスター・ムーンライト」「ロックン・ロール・ミュージック」に象徴されるように、カヴァーが単なる“A+B=AB”ではなく、別物として昇華された“A+B=C”、いわゆる物理的変化ではなく化学的変化を感じてしまうんです。ポールも「のっぽのサリー」のような超絶カヴァーがありますが、とにかくジョンのカヴァーは秀でている気がするんですね。ですからチャック・ベリーの軽妙な「ロックン・ロール・ミュージック」を、ジョンの歌う「ロックン・ロール・ミュージック」はボーカルの勢いやセンスで圧倒的に越えているけど、チャック・ベリーの「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」はウッド・ベース等のバック・サウンドの地味さにも拘わらず、ボーカルやギター・プレイそのものの勢いでジョージの歌うカヴァーを越えているような気がするんです。いかがでしょう。まあ別物と言えば別物ですけどね(これ結論?)。







日記1972

 断捨離で倉庫整理してたら、1972年(大学1年)の日記が出てきました。読んでいるといろんな発見が。せっかっくですから幾らか抜粋を(わ~、今気付いた。半世紀前だ!)。

(4月24日)“カルアというクラブをやめてさて今度は何に入ろうか”
オリエンテーションで部室覗いただけかと思ってたけど、ちゃんと入部してたんですね(1ケ月もいないのに入部とは言わないか)。*今回リストしたカルアのシングルもそこそこ入札入ってます。

(5月8日)“日劇でウエスタン・カーニバルを見る。ピッグズが出ていたが意外と沢田研二という奴もくだらない奴であることが分かる。女の子がキャーキャーうるさかったが、舞台装置だけは立派であった。”
「ピッグズ」という表現やジュリー評からも分かるとおり、田舎から出てきたばかりの洋楽かぶれの日記ですね。 ジュリーの何が気に入らなかったのか分かりませんが、今は大尊敬しています。ピッグの客が余りに少なかったことだけはっきりと記憶しています。

(6月15日)“「ジョンとヨーコの世界」とやらを第3校舎で観る。最初の頃はレット・イット・ビーのワン・シーンのようなところもありなかなかよかったが、あの「ツー・バージン」はちょっと緩慢に感じた。観ている人達の退屈そうな態度を見ている方がおもしろかった。FMラジオで宣伝していたらしく、わざわざ遠方から来た人や、女子高生なんかも沢山いた。”
このフィルム上映を主催したのが誰なのか日記には記録がないけど、前座のギター・ソロでビートルズを歌う男子学生?が渋かったのを覚えています。

(6月19日)“前の部屋のO君が友達を連れてきて、もう11時30分になるというのに二人でギターをガチャガチャやっている。たいしたもんだ。しかしそれにしても、もう一人の奴のニール・ヤングの「孤独の~」という曲のリードはなかなか冴えていた。”
同じ下宿に住んでいたO君は「リアル・マッコイズ」というサークルに入っていて、“実にリズム感溢れた男で、話題がなくなった時は常にタラタラとリズムをとったり歌ったりしている。それがあっさりしていて野暮ったくなく感じがいい(4月23日)”のです。その後も下宿ライヴは何度か繰り替えされましたが、それにしても「ユー・ガッタ・フレンド」とかのハーモーニーも素晴らしく、結構感心して耳をすまして聴いていました。諸事情でその下宿は1年で出ることになりましたが、気軽に低予算で下宿が変われる大学のシステムを利用しその後も毎年のようにいろんな所に住いを変えました。要は引越し魔だったわけですね。そして大学卒業から30年以上経過してO君に再会した時、「あの時いっしょにギター弾いて歌ってたのは杉真理だったと思うよ。」と教えてくれたのであります。








ザ・ヒットパレード・スライド写真

 お正月を挟んでオークション公開するなんて、いったい何年ぶりのことでしょう?それだけ気分的には余裕を持って新年を迎えられてるとは思いますが、本当にこれが営業サイトかと疑われるほどオークションの宣伝をしませんね。セットセールのアイテムにもいろいろとエグい入札額が届いていますが、それはオークションの非万級アイテムにも言えること。万級●も厳選しているため、極端な話、現状の一時的人気と判断したものは1万円以上で買取りしたものでも万級にしていないものもあります。そのあたりの落札ポイントの見極めはコレクターによって判断の異なるところでしょう。締め切りまでもう1週間を切りました。毎回のことながら「嵐の前の静けさ」を感じる時期ではありますが、はたして例年通りの入札パニックになりますやら(ほぼ7割が締め切り前1週間の申込みです)。これで終ったりして・・(それってホラーですよ)。それではまた後日お会いしましょう。本年も何卒よろしくお願いします。

キープ・オン・ロッキン・アンド・スマイリン

get back
映画「ザ・ビートルズ Get Back」先行特別映像

 監督のピーター・ジャクソンが「この困難な時期、皆に笑顔になってほしい」と21日公開した映画「ザ・ビートルズ Get Back」先行特別映像は、笑顔や歓喜を通り越し、驚愕と呼べるものでした。リアルタイムのビートルズ・フリークにとって、「レット・イット・ビー」はビートルズ全アルバムの中でも評価の低いアルバムではありますが、それは収録曲の問題だけでなく、映画「レット・イット・ビー」のどんよりとしたムードがかなり影響していたのではないかと思われます。来年の映画公開によって、メンバーの交友関係等、ビートルズ史の塗り替えが大幅に行われることでしょう。ただ映像から垣間見れるような「溌剌とした四人の個性がぶつかり合って生まれた未発表曲群」が同時に発表されない限り、ビートルズ音楽史そのものは変らないような気がします。まあいずれにせよ、来年8月27日のシネマ公開までは死ねま、せんね。








ロング・アンド・ワインディング・ロード赤盤the new beatleslp



 ピーター・ジャクソン監督のように、こんな未発見レコードを公開出来れば私もビートルズ・コレクターを驚愕(悶絶?)させることが出来るのですが、未だ果たせぬ夢であります(共にフェイク画像)。ただし「ロング・アンド・ワインディング・ロード」<AR-2611>の赤盤とホリーリッジ・ストリングス/『ミッシェル』<CP-7528>の帯付の2枚に関しては、“存在しないと断定することは出来ない”という事実が、我々に限りないロマンを抱き続けさせてくれるのは確かです。








弘田三枝子/悲しきハートTP-4002EP
“悲しきハート”EP<TP-4002>*64年6月発売予定 

弘田三枝子/ひとつぶの真珠EP
“ひとつぶの真珠”EP<TP-4002> *64年10月発売



弘田三枝子EPB
ジャケ裏面

 88年にスタートした未見国内盤発掘の旅は30年を越えてしまいましたが、その長い旅の途上で発見した最高に度肝を抜かれた1枚のジャケット画像を、2020年の最後に公開させていただきます。それは個人的にファンだからという問題ではなく、あまりに前例のない形態だからです。弘田三枝子の「悲しきハート」はカヴァーポップスにおける究極のマイ・フェイヴァリット・ソングでありますが、この発売中止盤と思われる“悲しきハート”EPコンパクト盤は、もう1枚の“ひとつぶの真珠”EPコンパクト盤(弘田三枝子の初EP)と同じくレコード番号は<TP-4002>でありながら、収録曲で同じものは「悲しきハート」1曲だけなのです。しかも何より凄いのが、ジャケット写真に同撮影時の別フォトを使用していることです!ビートルズ・コレクターの皆さん、初EP“ツイスト・アンド・シャウト”<OP-4016>のコンパクト盤に同じレコード番号の“プリーズ・プリーズ・ミー”<OP-4016>が出てきたらどうします?(あえて“抱きしめたい”<OP-4016>としない)。レコード番号も近い同じ64年の発売ですぞ。国内盤コレクター並びに60年代音楽ファンの皆様。こんなレコードだって存在するのです。希望を持って、決して笑顔を忘れずに。来年もよろしくお願いします。








op-4016.jpg
“ツイスト・アンド・シャウト”EP<OP-4016> *64年8月発売

“悲しきハート”EPのような幻盤がビートルズに存在するのであれば、正式発売EPの「ひとつぶの真珠」にあたる曲が間違いなく「ツイスト・アンド・シャウト」。幻の「プリーズ・プリーズ・ミー”EP<OP-4016>の選曲を想像することは実に楽しい。それを発掘することは数倍エキサイティング!

かんだレコード・リストNo.38発送

2020オークション・リスト

 先週末2020年度のオークション・リスト発送しました。こんなご時世にありながら、何とか年内に完成したことが実に嬉しい。60~70年代音楽ファンのしばしの休息の一助になればと願っています。観逃していた「メイキング・オブ・モータウン」を映画鑑賞したり、4月のライヴ・チケットが当選した竹内まりや(無事開催されるのか?)のDVDを観たりして凪状態を満喫しております。とりあえず、さらっと前回好評だった?セットセール・クラスの画像のほんの一部をアップしておきます。では次回!




リストA(国内) セットセール・シングル(セクションB 1500円)

セッt・セールB

セッt・セールB2


セットセールLP、ちらし(セクションD 2500円)

セット・セールD (1)

セット・セールD (2)

セッt・セールD4  フォークル労音
労音機関誌等まだ大量にあるも未整理



リストB(外国) セットセール・シングル(セクションF 2000円)

セッt・セールF

セッt・セールF2



セットセールLP、目録(セクションH 3000円)

セッt・セールH
ジュディ・コリンズあまり人気はないけど、60年代LPコンプリート?で、ほぼジャケ・盤・帯共にMクラスというのが気持ちいい。ビクターの60年代帯変遷史ここにあり。

セッt・セールH2

セッt・セールH3

セッt・セールH4
ビートルズ(60枚,独,仏,伊,西,英,米),ジョン(1枚,英),ポール(1枚,英),ジョージ(1枚,英),ピンク・フロイド(3枚,英) 他、72年1月までに発売されたメ直盤757枚!掲載
















MARIYA TAKEUCHI/souvenir the movie
MARIYA TAKEUCHI/「souvenir the movie」

作詩家としての力量が際立つまりやさんですが、
このDVD観て初めて実感したのがメロディー・メーカーとしての秀逸さ。
浜田省吾「誰かどこかで」等、リバプール・サウンド調のJ・ポップの名曲多いけど、
竹内まりや「マージービートで唄わせて」は間違いなく和製リバプール・サウンドの金字塔。







m_2020122300455481f.jpg
このセーター、M-ではなくMですぞ。さすが!?


2020年度オークション・リスト完成間近

レココレ広告2021年1月号

先日発売されたレココレ2021年1月号の「かんだレコード・リストNo.38」告知広告


レココレ2021年1月号

  
 例年通りの長期戦でしたが、何とか2020年度のオークション・リスト原稿を印刷に出しました。今週末には出来上がってくるのではないでしょうか。前回のブログ告知で「前回リストとほぼ同様の1600枚前後になりそうです」と書いたのですが、その後の買取も急遽加えてレココレにはトータル1900枚以上掲載と告知しました。何も計算せずリストしたものにトータル番号をふったところ、出てきた数字が「1969」。何か気分のいい数字ですね。最初数字を見たときドキっとしました。リストA(国内アーティスト編)が982枚、リストB(外国アーティスト編)が987枚。バランスもいいですね(AとBで200枚近く枚数に差が出る年もありますから)。レココレ広告の原稿を送った時の予想枚数よりさらに70枚近く増えて、トータルで2000枚弱の数字となりました。「数じゃなく内容ですから」って、誰かが言ってましたけど・・。(自分で自分に突っ込んでどうする)

せっかくですので、レココレ広告掲載のジャケット画像を、「60年代ビルボード・トップ20日本盤リスト」のブログ画像調にカラーで列挙しておきます。

リストA(国内アーティスト編) 31.jpg

1_20201215195403539.jpg 2_202012151954496dc.jpg 3_20201215195515ef2.jpg 4_20201215195548e34.jpg 5_202012151958179b5.jpg 

6_20201215200041162.jpg 7_20201215200621297.jpg 8_202012152006526fe.jpg 9_2020121520071712c.jpg 35.jpg

11_20201215201433d7a.jpg 12_202012152015035ba.jpg 13.jpg 14.jpg 15.jpg


リストB(外国アーティスト編) 32.jpg

16.jpg 17.jpg 18.jpg 19.jpg 20_202012152031378aa.jpg

21.jpg 22.jpg 23.jpg 24.jpg  25.jpg

 26.jpg   27.jpg 28.jpg 29.jpg 30.jpg

なあんだこのレコードだったのか、という声も聞こえてきそうですね。ちなみにビートルズの8トラ・コメントは象形文字のようになっていますが、「8トラ14本」ということです。これですね。

8トラ1
8トラ2

さも凄そうですが、ビートルズ関連は今回不作で、目玉と言えるものはほぼこれだけです。多い時は500枚以上も一気にリスト掲載する年もあるというのに・・。あまりに数が少ないので、レココレ特集の一つが「マッカートニーⅢ」ということもあり、以前のオークションでまだ売れ残っていた「ラム」の赤盤LPの再掲載も考えていたのですが、掲載直前で問い合わせがあり売れてしまいました。苦肉の策で、今回は特別にUK盤も加えることにしました。

please please me UKLP

さも凄そうですが、ほぼこれだけです(Again) しかもモノ並盤 



随分遠慮がちな告知になっていますが(まあ世情の状況が状況ですから)、ここらでちょっぴり気分変えて本命の洋楽シングルの宣伝を。


33.jpg

これはさすがに力を入れて凄いと言わないといけません。リストBの洋楽シングル(セクションEとF)のトータル枚数は564枚。その内の約9割488枚がコンディションM-/M-以上クラス!レココレ広告では「ほぼ極美品」と書きましたが、トータルのイメージで思わずそう書いてしまったのであって(安易に氾濫するネット上の「極美品」という表現への皮肉も込めて?)、厳密にはリストのM/Mが極美品と考えています。表記しなくてもいいようなちっちゃな「折れ」やジャケ裏の豆粒のような「しみ」でも目に入れば(長年のクセでついつい目に入ってしまうんですね、これが)M-とせざるを得ません。とくにジャケ裏のしみなんて、半世紀以上前のレコードがほとんどなんですから白地には浮かんできますよ。ですからM-にも厳密には5ランクぐらいあると感じています。M-とE+の境界線も大変です。A・B・Cの3段階でランク付け出来ればどんなに楽か(どんなに早くリストが完成するか)。まあここが通販オークションの意地と宿命でしょうね。MとM-の表記の違いだけで、当店のコンディション基準を熟知されてる以前からのリスト顧客によっては、1万円以上も入札額に差が出るアイテムも結構ありますから。そんなシヴィアなこと言いながら、「木を見て森を見ず」的なミスをすることもあるので大きなことは言えないんですがね(どっちやねん?)。たまにミクロ決死隊のような超絶シヴィアなコレクターもいらっしゃいますから、「そこそこシヴィア」ぐらいに思っていただければありがたいです。以下ほんの一部ですがM/Mの極美品といえそうなものをピック・アップしました。

ロイ・オービソン/ライド・アウェイ
ロイ・オービソン/ライド・アウェイ<HIT-542>

レン・バリイ/その日その時
レン・バリイ/その日その時<DS-438>

リトル・アンソニー/アイ・ミス・ユー・ソー
リトル・アンソニーとインペリアルズ/アイ・ミス・ユー・ソー<LL-853>

メイジャー・ランス/カム・シー
メイジャー・ランス/カム・シー<LL-761>

ロネッツ/恋しているかしら
ロネッツ/恋しているかしら<HIT-382>

ダーレン・ラヴ/ア・ファイン・ファイン・ボーイ
ダーレン・ラヴ/ア・ファイン・ファイン・ボーイ<HIT-292>

バーズ/オール・アイ・リアリー・ウォント
バーズ/オール・アイ・リアリー・ウォント<LL-798>

ディノ・デシ・ビリー/涙のローティーン
ディノ・デマーティン・ジュニア/涙のローティーン<JET-1626>

アソシエイション/パンドラス・ゴールデン
アソシエイション/パンドラス・ゴールデン<TOP-1115>

ファイヴ・アメリカンズ/サウンド・オブ・ラヴ
ファイヴ・アメリカンズ/サウンド・オブ・ラヴ<TOP-1256>

ローリング・ストーンズ/イッツ・オール・オーヴァ・ナウ
ローリング・ストーンズ/イッツ・オール・オーヴァ・ナウ<HIT-386>

キャット・スティーヴンス/マシュー・アンド・サン
キャット・スティーヴンス/マシュー・アンド・サン<D-1006>














抱きしめたいbox

 今回レココレの特集はRCサクセションということですが、残念ながら目玉となるようなレコードは何もありません。32年間の長い歴史の中では、当然「宝くじは買わない」や「涙でいっぱい」もリストしています。「長さじゃなく(今回の)内容ですから」(←おっ、新たな突っ込みが)。しいて言えば、RCセクションC(笑うとこ)に、忌野清志郎含む非売品シングルのボックス・セットがあります。プロモ・オンリー・シングル8枚組のプロモ・オンリー手提げボックス・セットって、これレアじゃない?ユーミンや加藤和彦、鈴木康博(オフ・コース)等もありますから、各コレクターさんは注目して競ってください(入札状況非公開ですが)。


ベルウッド

ついでながら今回のレココレに福岡風太さんのインタビュー記事があった関係で、ミニコミ業界誌をご紹介。セクションD(セットセール2500円)にリストされた「ベルウッド」(キングレコード)。いろんな記事があって楽しめます。特集は「はっぴいえんど」。

ベルウッド2

ベルウッド3

ベルウッド4

ベルウッド5

ベルウッド6

ベルウッド7

セット・セールでもこんなに宣伝してます。ブログはノリですから。
まだいろいろありますが、今回はとりあえずこんなところで。




34.jpg
「紙モノ多数あり」のコメント画像にLPの帯が映っているのがしゃれてるでしょ?(ポスターの押さえ物だっちゅーのって、古いっちゅうの。他になかったのか)


デビュー曲でふり返るなつかしの昭和歌謡(ポップス)

2020オークション3  2020オークション1
オークション用レコード棚(検盤済み)
洋楽シングルだけで500枚は軽くオーバー     


 10月突入です。タイトに継続していたビルボード日本盤リストも一旦お休みして、2020年度のオークション・リスト完成に向けて検盤作業にいそしんでおります。何とか7割方は済ませたでしょうか。今月中旬までに検盤作業にピリオドを打ち、20日過ぎあたりからリスト入力を開始したいと考えています。掲載枚数も前回とほぼ同じ1600枚前後にはなりそうです。年内のリスト完成に光が見えてきました。








珍動画隊
お出かけ情報サイト「リビングひろしま
確かに「日頃なかなか目にすることがない光景」ではあります。


 先月下旬のことでした。高校時代の同級生T君から「リビング広島読みました。ビートルズの看板凄いね!元気そうですね。」と携帯にショート・メールが入りました。ちょうど娘のところに行っていてうたた寝していたこともあり、意識もうろうとして直ぐにピンと来ず、電話で訊いてみました。「動画が上がってたよ。」その一言で思い出しました。そういえば、夏に来店されたリビング広島のお二人から動画の取材を受けていました。「取材するのはいつですか?」と尋ねると、「今日お願いしたいのですが」と言われ、さすがに直ぐには対応出来ず、別の取材もあるとのことだったので2時間後に再来店をお願いしました。その間、店内に無造作に置いていたダンボールを片付けるぐらいしか大した準備も出来ず、ワイルドな取材にはワイルドに対応しようと覚悟を決めました。T君が観たというのが、この「広島珍動画」と銘打ったシリーズでした。いわく「広島珍スポット! このコーナーは、日頃なかなか目にすることがない光景を動画と紙面で紹介します。」こういうノリは実は私も大好きで、それならそれで事前に取材の話聞いてたらおなかがよじれるようなレコードも準備して、更にワイルドに対応出来たんだけどなあ。残念。動画取材の真意分かってなかった。それにしても随分生意気なこと言ってますね~。「偉い人、立派な人もいいが、謙虚な人であることです。」の格言、この人に伝えたい(てめえのことだろう)。 昨年2月のTSS(テレビ新広島)の取材の時は、「国会図書館へのレコード寄贈」の話や「ビートルズ国内盤研究」等、随分格調高く紹介してもらったのに、これで一気に化けの皮が・・。これもワイルド・サイド・オブ・ジスボーイということで、まあいいか(これだけだったりして)。突撃取材にスムーズに対応出来なかったにも拘わらず、うまく編集していただき感謝です。




廣島銀行
ジスボーイから歩いて2分の広島銀行安芸津支店

 T君は実は就職先も私と同じ広島銀行で、私が10年足らずでドロップアウトしたのに反し、以前ブログでも紹介した大学同期入行のI君が頭取してるときに常務にまで登りつめたエリート(半沢直樹の世界か?)。そんな彼は大の音楽好きで、10年近く前の高校同窓会で即席バンドを結成し一緒に「こいつ(ジス・ボーイ)」を演奏し歌った仲。現安芸津支店長が転勤の挨拶に来店された時、「以前の職場でTさんは上司だったんです。」と聞かされていました。そんな力関係や忖度とは一切関係なく、ハマショー・ファンでもある安芸津支店のK君から「銀行のロビーにレコードの展示をお願い出来ませんか」との依頼を先月中旬に受けていました。30枚くらい展示のスペースがあるということで、私がとっさに思いついたテーマが「デビュー曲でふり返るなつかしの昭和歌謡(ポップス)」という企画でした。以前から私には「昭和デビュー館」の構想があり、世間一般にウケるテーマはこれしかないという感じでした。洋邦合わせ目標3千枚を念頭おいてチョイスし続けているため、30枚なんてあっという間にセレクト出来ました。「30年代青春歌謡」「演歌」「女性アイドル」「グループ・サウンズ」「フォーク」「ロック・ポップス」「広島県出身シンガー」とジャンル分けし、何とか10月1日の展示スタートに間に合わせました。
 




デビュー曲で振り返る昭和歌謡(ポップス)

デビュー盤ギャラリー2

「広島県出身シンガー」では、お隣竹原市出身の浜田省吾「路地裏の少年」や、安芸郡府中町出身で今年テレビドラマ「探偵・由利麟太郎」で話題になった吉川晃司「モニカ」、さらに定番でもある西城秀樹「恋する季節」と城みちる「イルカにのった少年」をチョイスしました。地元安芸津町出身者も意識し、南一誠「あなたの世界」(小学校の同級生)、日浦孝則「スローダンス」(後にClassというデュオの一人としてブレイク)をピックアップ。今年「ダーツの旅」で安芸津町訪問した所ジョージ「ギャンブル狂騒曲」も加えました。


デビュー盤ギャラリー

各レコードにコメントを入れ、雰囲気を出すべくテーブルには昭和40年代に発売された東芝ポータブル・プレーヤーを置き、ソニーのラジカセで展示レコードの曲を流す、というおもてなしも。ちなみにこのラジカセは、昭和41年のビートルズ来日公演のテレビ放映で当時メイン・ディレクターを担当された方からレコードと一緒に買取したものです(キー局の日本テレビではないですよ)。10月いっぱい展示していますので、ジスボーイに来店される方で興味おありの方がいらっしゃいましたら覗いてみて下さい。ただしコレクターが唸るようなレア盤はほとんどありませんので、あしからず。(ビートルズ・ファンがラジカセだけ見に来たりして)













2020オークション4

最後にオークション出品予定の中からデビュー盤のみを一部ご紹介(検盤メモすみません)。一般の人にとっては、なつかしくも何ともないでしょ?

ジャッキー・吉川とブルー・コメッツ/サンダーボール<LL-875>
ジ・オフ・コース/群衆の中で<EP-1224>
シュガーベイブ/ダウンタウン<NAS-001>
戸川昌子/いやならいやで(B面)<SAS-24>
前川陽子/暗い夕陽<SV-692> *厳密には「ひょっこりひょうたん島」でしょうが・・。
宇崎竜童/その日その日の女です<BS-1497>
八代亜紀/愛は死んでも<SN-1170>
松本めぐみ/愛のくちづけ<BS-987>*デビューといっても1枚のみ。夫の加山雄三「夜の太陽」は銀行に展示しています。
今 陽子/甘ったれたいの<SV-582>
マオ/僕を呼んでおくれ *プロモ・フォト付(コロムビア盤のシングルは出てないですよね?)

60年代ビルボード・トップ20日本盤リスト⑰  ― 62年5月~6月

 いよいよ9月に突入です。今年度最後のアナログ貴重盤8月分も昨日アップしました。今年32年目となるオークションは、何としても年内に公開したいと考えています。ここんとこずーっと年越えとなっていましたが、昨年一休みしたこともあり、今年は枚数絞ってでも早めにリスト完成したいと思っています。まあここまで来たら、個人的には継続そのものに意義があるわけです。今回はビルボード日本盤コレクターの大口買取のおかげで、洋楽のシングル(セクションE・F)はかなりの充実ぶりだと思います。それとポスター・ちらし等の紙物も幾らか掲載枚数に寄与してくれそうです。完成までの3ヶ月間、引き続き買取強化中です。オールド・コレクター及び業界関係者等の放出(委託も)、何卒よろしくお願いします!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(391)(391)アーニー・マレシュカHIT-269(392)(392)ブレンダ・リーDS-251★(393)(393)レイ・チャールスPS-103(394)(394)ジミー・ダーレンJET-1117
(396)(396)ロニーとザ・ハイライツJET-1318(397)(397)ダイオンHM-1150(398)(398)クリスタルズHIT-329(399)(399)レイ・チャールズPS-106
(400)(400)ジョニー・ティロットソンFS-3★(402)(402)ジーン・ピットニーUA-2(403)(403)コニー・フランシスLL-2155(404)(404)フレディー・キャノンY-1
(405)(405)ベン・E・キングJET-1126(407)(407)デヴィッド・ローズ管弦楽団LL-2149(409)(409)エヴァリー・ブラザース7B-4●(410)(410)エミリオ・ペリコリ7B-1
(412)(412)ボビー・ヴィーLIB-17(413)(413)ポール・アンカSS-1296●(414)(414)ボビー・ヴィントンNS-77(415)(415)クロード・キングLL-374(チャート)◆
(416)(416)ジョニー・ソマーズ7B-5(417)(417)リチャード・チャンバレンLL-2165((418)(418)オーロンズJET-1143(419)(419)ボビー・ライデルJET-1125◎▲

R60年代ビルボード・トップ20リスト⑰

エミリオ・ペリコリ/アル・ディ・ラwb-20
エミリオ・ペリコリ/アル・ディ・ラ<WB-20>

 62年7月に全米6位まで上がったエンリオ・ペリコーネの「アルディラ」(国内3位)ですが、映画「恋愛専科」で歌われたことが直接のヒットに繋がったようです。本人によるオリジナル歌唱は、エミリオ・ペリコリ名義で61年5月に日蓄(コロムビア)盤が発売されていますが、音源が異なるため当然日本盤としては62年東芝盤の画像を掲載にしています。

60年代ビルボード・トップ20日本盤リスト⑯  ― 62年3月~4月

ハリウッド・スタジオ交響楽団UAT-1024
ハリウッド・スタジオ交響楽団/孤独の部屋のブルース、(B面)アパートのテーマ<UAT-1024>

  まったく先が見えない状況が未だに続いていますが、やっと国会図書館利用の抽選がお願いしていた方に当り、ビルボード・トップ20日本盤リスト⑥で「不明のUAT-1025の存在があるため、これがフェランテとタイシャの「アパートの鍵」である可能性は残されています。」と問題提示していた疑問解決に向けて一歩前進しました。ビクターの総目録ではUAT-1024は ドン・コスタ楽団  ピアノ)フェランテとテイチャー/アパートのテーマ(ユナイト映画「アパートの鍵貸します」より)、(B面)孤独の部屋のブルース となっているとのことでした。しかしながら「ビルボードトップ20日本盤リスト⑥で紹介したように、UAT-1024の現物はハリウッド・スタジオ交響楽団/孤独の部屋のブルース、(B面)アパートのテーマ です。UAT-1025 は目録では欠番となっているようなのですが、目録に誤記載のフェランテとテイチャーの「アパートのテーマ」<UAT-1024>が<UAT-1025>の間違いである可能性が濃厚となったわけです。ということで、フェランテとテイチャー/アパートのテーマ<UAT-1025?>強烈WANTです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(359)(359)コニー・フランシスLL-2146◎(360)(360)ジミー・ダーレンJET-1080(361)(361)ドンとファンJET-1094(363)(363)パッシー・クラインDS-243●
(364)(364)サム・クックSS-1298★(365)(365)チャビー・チェッカーJET-1074(366)(366)ロイ・オービスンLED-250(367)(367)ジョイ・ディーとスターライターズJET-1069
(368)(368)シェリー・フェブレーJET-1093(369)(369)ケティ・レスターLED-252(370)(370)エルヴィス・プレスリーSS-1294(371)(371)リッキー・ネルソンJET-1078
(372)(372)ディー・ディー・シャープJET-1095●(373)(373)ポール・アンカSS-1289★(375)(375)ボビー・ヴィーLIB-12(376)(376)クライド・マクファーターM-1017●
(378)(378)ボビー・ライデルJET-1100◎●(379)(379)シャイアルスJET-1096(380)(380)ジョイ・ディーとスターライターズJET-1104(381)(381)ラリー・フィネガンHM-1173
(382)(382)エッカー・ビルク楽団LL-3059(384)(384)ジェイとアメリカンズUA-5(385)(385)ジャック・ロス楽団JET-1119(386)(386)ジミー・ディーンLL-353(チャート)
(388)(388)ポール・ピーターソンJET-1106(389)(389)バール・アイブスDS-252

R60年代ビルボード・トップ20リスト⑯


ML62年4月号
「ミュージック・ライフ」62年4月号

ジョニイ・ハリデイDP-1255
ジョニイ・ハリデイ/ポニー・タイム・ツイスト<DP-1255>

日本における「ツイスト・ブーム」について調べてみました。 チャビー・チェッカーの「The Twist」が最初に全米1位になったのは60年9月のことで、元々のオリジナルであるHank Ballard&Midnightrsの曲(58年)に新ダンス「ツイスト」を加えてブレイクさせたものでした。さらにそれから1年3ヶ月ほど経過して再度火が付き、2度目の全米1位を獲得したのが62年1月のこと 。再燃の原因については、「ミュージック・ライフ」62年4月号の「君も私もツイスト踊ってこの世はゴキゲン」という記事に詳しく書かれています。米・仏を中心にツイスト映画が続々と製作され、「ツイスト・アラウンド・ザ・クロック」や「ヘイ・レッツ・ツイスト」、「パリジェンヌ」(ジョニー・ハリデイ主演)等が日本でも放映されたようです。あまりウィキペディアとかでも書かれていませんが、“ジョニー・ハリデイによりツイスト・ブームがぶり返しフランスからアメリカへ逆輸入されて再燃した”とも書かれています。真相はよく分かりませんが、確かにジョニー・ハリデイには「ポニー・タイム・ツイスト」を筆頭に、「土曜の夜のツイスト」「電話でツイスト」「ヤー・ヤー・ツイスト」と、62年ではツイスト曲のオン・パレードです。



ビル・ブラックのコンボLED-241(チャート、ツイスト)◆
ビル・ブラックのコンボ/彼女はツイスト<LED-241>

東京で売れているレコード・ランキングでは、62年3月にチャビー・チェッカーの「ツイスト No.1」(3位)やジョイ・ディーの「ペパーミント・ツイスト」(10位)が掲載されています。これらは4月新譜ですが、3月には流通していたわけですね。同じく21位にビル・ブラック・コンボの「彼女はツイスト」がリストされていますが、月報の記述(2月28日臨時発売)から判断すると、この曲がどうやら「ツイスト」名義の最古の発売と思われます。そして4月になると同時に日本でもツイスト・ブームに火がつき、大量のツイスト曲が発売されることになります。


ジューク・ボックス62年1月号
「ジューク・ボックス」62年1月号

「ツイスト」という記述も、時期やレコード会社(東芝・キング・コロムビアは最初期に「トゥイスト」表記していました)・出版社(ライター?誤植?)等によって微妙な違いがあったりするのですが、「ジューク・ボックス」誌62年1月号の“今月の話題/ブームとなった新ダンス「トウィスト」”という記事に、何とチャビー・チェッカーの「The Twist」のカヴァーがリアルタイムで日本でも発売されていたことが書かれています。

“ドドンパ、パチャンガ、スク・スクてな具合に次々と新ダンス、ニュー・リズムが登場してくるが、今月は現在アメリカで爆発的な人気を持っている新ダンス、トウィストを御紹介しよう。 (中略) 本邦では60年9月頃、ジョニー・プレストンのマーキュリー盤が出されていたが、一向に話題とはならなかった。”


ジョニー・プレストン/ザ・トゥイスト(B面)MS-116
ジョニー・プレストン/ザ・トゥイスト(B面)<MS-116>

ジョニー・ハリデイがツイストを広めた人物の一人として紹介しましたが、ジョニーはジョニーでもジョニー・プレストン。チャビー・チェッカーの「The Twist」が全米1位となったジャスト60年9月に日本で発売された「ハートブレーク酋長の嘆き」のB面に同曲カヴァーを収録しているんですね。この記事を見つけたのはコレクターからその情報を入手した直後だったのですが、これでほぼ間違いないことが証明されました。ただし表記が「ザ・トゥイスト」となっているため、厳密な「ツイスト」タイトル曲の最古はビル・ブラック・コンボのままということにしておきましょう(演奏物では他に何かあるような気もしますが)。そして最後に一言付け加えてありました。

“とにかく、トウィストは全米に流行し、遂にパリにまでも進出したようだから、日本でもトウィスト・ブームにまき込まれる時がくるかも知れない。”



藤木孝/ツイストNo1       藤木孝/ツイストNo1月報
藤木孝/ツイストNo.1<NS-527> テイチク月報62年3月号

見事にまき込まれましたね。 62年4月以降の1年間をメインとして、「マイ・ボニー・ツイスト」含む100近いポップス系ツイスト曲の日本盤が発売されたのですから。軽音楽系のインスト物も含めると相当な数にのぼると思います。カヴァーポップス・シンガーのツイスト曲を調べたら意外と少なく、前回紹介したミコちゃんの「かっこいいツイスト」(突出したクオリティー!)含む20曲ほどしかありませんでした。その調査で一番驚いたのが藤木孝の「ツイストNo.1」<NS-527>(「ペパーミント・ツイスト」のカヴァー)で、何と発売が62年2月20日で本家ジョイ・ディーとスターライターズの日本盤より1ヶ月以上早かったということです。恐るべし、ミスター・ツイスト!


LMツイスト
「世界中で賛否両論大騒ぎ ~鉄のカーテンも打ち破ったツイスト旋風」
ミュージック・ライフ62年4月号記事


先ほど紹介した「ミュージック・ライフ」62年4月号の“君も私もツイスト踊ってこの世はゴキゲン”の記事ですが、実はこの記事には“世界中で賛否両論大騒ぎ ~鉄のカーテンも打ち破ったツイスト旋風”という本題があり、これを書いているのが何と湯川れい子さん(当時26才)。80代半ばで未だにチャーミングかつロック・スピリット溢れた音楽評論界のレジェンドですが、この記事にブーム到来直後の日本におけるツイストの立ち位置が実によく書かれています。いくらか抜粋してみます。

“たしかに日本でもツイストはさかんに踊られています。赤坂や六本木の高級クラブでは夜な夜なツイストを踊り狂う人がいっぱい。けれど、そんな人達をよく見まわしてみましょう。そりゃ若い人、年とった人、いろんな国の人達が踊っていますが、そこにはあなたがたのような人が、一人もいないんです。”

「ツイスト」音楽を聴いて楽しむ若者はいたでしょうが、踊って楽しむ若者は少なかったというのが実態だったわけですね。

“アメリカ人は、実にパ-ティーが好きな人種です。そして学校でも、小学生の頃からダンス・パーティーをひらいて、子供達の将来のために、エチケットやダンスを教え込みます。 (中略) ですからツイストが流行すれば、それこそ大人でも子供でも、お年寄りまでが、ツイストを楽しむチャンスにめぐまれるわけです。日本にもこんな雰囲気が作られるようになれば、流行も一部の人の手や、ジャーナリズムだけに握られずにすむのに・・・。そこで皆さんに提案があるのですけれど、ひとつお友達だけで集まって、ツイスト・パーティーをやってごらんになりませんか。 (中略) あんまり楽しそうに若いあなたがたが踊っていらしたら、お友達のお姉さまやお母さまも、仲間に入れて!っておっしゃるかもしれません。そうしたらシメたもんです。だってあなたは、一歩日本を前進させたことになるんですからネ。”

若者に対し、ダンス・ミュージックで楽しめるように意識改革を促す湯川さんはさすがです。その後マイケル・ジャクソンに傾倒することへの予兆を感じます。

“ともあれこんな具合に、今や日本をふくめた全世界(中国とソヴィエトはどうかしら?)は、ツイストでぐらぐらとゆれうごいています。まさにツイスト・アラウンド・ザ・ワールドってとこですネ。 (中略) せっかくここまで来た流行を、「私しゃ関係ナイ!」なんてことでは終わらせずに、あなたと私の力で日本の進化に役立てましょうよ。なんてオーバーかしら。でもそうなればカッコいいじゃない?”

若者とダンス・ミュージックが切っても切れない現在の日本の状況から考えたらとても信じられないことですが、当時は「踊るという行為が恥ずかしい」若者がほとんどだったのです(今でも恥ずかしい?)。結局湯川さんの提案は届きませんでしたが、それは「ツイスト」という音楽そのものに若者を刺激する対抗音楽としての要素が少なかったからでしょう。ある意味大人を対象にしたダンス・ミュージックとしての音楽的側面もあったわけで、ツイスト曲はポップス系の歌物よりむしろ演奏物に多く存在するような気がします。62年に大量に発売されたツイスト曲も63年に入るとポップス系の歌物は一気に10曲ほどに落ち着いてしまい、64年にはある意味ダンス・ミュージックとは真逆にあるとも言えるビートルズ・ミュージックの登場により、ほぼ皆無に近い状態となってしまいます。

ミコ・イズ・フォーエバー

ヒット・キット・パレード ml62年2月号
デビュー・アルバム『ヒット・キット・パレード』<JP0-1150> 

  弘田三枝子さんが亡くなられました。62年2月号の「ミュージック・ライフ」に、「十年に一人の女性歌手現わる!!」と題されたデビュー・アルバムのレビューが掲載されています。“ぴったりと身についた感じのリズム感、身体全体で消化しきってしまったようなメロデイの処理のしかた・・・  (中略)  スケールの点だけを考えても、これだけの人は現在第一線で活躍している歌手にもいないのではないでしょうか。他の人たちが何十年も歌い続けてやっと身につけたすべてを生まれながらにして持っている感じなのです。”


かっこいいツイスト リチャード・アンソニーLL-3052◎
オリジナルを凌駕する歌声

 ポップスを歌う天才少女としてデビューしたミコちゃんは、やがて歌唱力のある歌謡歌手として幅を広げるも、本命とも言えるジャズ歌手としての道を走り続けた音楽人生でもありました。個人的には、十年どころか半世紀に一人ほどの重みがあります。しかしながらネット全盛の現在では、その多大な恩恵を受ける一方で、「天才歌手」と呼ばれていたことの真実味が世間一般に伝わりにくい時代にもなってしまいました。ビートルズの長い髪が”不良”の象徴から“カッコよさ”の象徴に日本で変化したのは、バンドが解散して何年も過ぎてからのことです。それは“音楽そのもの”が尋常でないほど素晴らしかったためです。“歌(ヴォーカル)そのもの”でエルヴィスもひばりも伝説になりました。“歌を歌うためにこの世に生まれてきた”(from MLレビュー)がゆえに、七十代を過ぎてもなお生涯現役をまっとうしようとした一途さが、歌(ヴォーカル)そのもので伝説になることを曖昧にしているのかもしれません。弘田三枝子さんは旅立ってしまいましたが、ミコちゃんの歌声は、(伝説になるならないにかかわらず)これからも永遠に生き続けると信じています。心よりご冥福をお祈りいたします。






ミコ・ライヴ
On A Clear DAY(You Can See Forever)」収録LP

60年代ビルボード・トップ20日本盤リスト⑮  ― 62年1月~2月

(336)(336)ブルック・ベントンM-1010●(338)(338)シャイアルスJET-1063●(339)(339)スー・トムスンIS-1048(340)(340)バール・アイブスDS-244
(341)(341)ハイウェイメンUA-7(342)(342)ダイオンHM-1150(343)(343)ジーン・ピットニーJET-1037●(344)(344)ゲイリー・ボンズJET-1071●
(345)(345)ブレンダ・リーDS-242(346)(346)ジーン・チャンドラーJET-1068(347)(347)ボビー・ダーリンJET-1056(348)(348)エヴァリー・ブラザース7B-3▲
(351)(351)ブルース・チャネルM-1016(352)(352)ジーン・マクダニエルスLIB-27●(354)(354)アイケッツJET-1081(355)(355)ケニー・ボールとジャズメンSS-3047
(358)(358)ビリー・ジョーLED-248(ツイスト)◆

R60年代ビルボード・トップ20リスト⑮

いよいよ62年度に突入です。62年という年は、何と言っても日本でツイスト・ブームに火が付いた年ということですね。さっそくタイトルに「ツイスト」の文字を冠した2曲(ゲイリー・ボンズの「ディア・レディー・ツイスト」とボビー・ダーリンの「恋にダウン ~ツイスト」)が登場しています。ただしこれまでトップ20入りした「ツイスト」がタイトルにある4曲(チャビー・チェッカ-の「ツイストNO.1」「レッツ・ツイスト・アゲイン」「ブンブン・ツイスト」とジョイ・ディーとスターライターズの「ペパーミント・ツイスト」)も同様にすべて4月の発売となっています。ということで、そのあたりの詳しい話は3~4月を紹介する次回で。今回は画像とリストの掲載のみにとどめ、61年度で紹介しきれなかったトップ20入りした曲の動画を貼りつけておきます。




(234)U.S.ボンズ/真夜中のロック・パーティー

(252)マーキーズ/ラスト・ナイト

(283)Ike and Tina Turner/IT'S GONNA WORK OUT FINE

(299)ジミー・ディーン/ビッグ・バッド・ジョン

(304)エヴァリー・ブラザース/責めないで

(308)ブレンダ・リー/フール・ナンバー・ワン

(315)パッシー・クライン/クレイジー

(311)マーベレッツ/プリーズ・ミスター・ポストマン

(312)ジミー・ダーレン/恋も涙もさようなら


(318)ルロイ・ファン・ダイク/ウォーク・オン・バイ

(325)ニール・セダカ/すてきな16才



ビートルズと日本 ~週刊誌の記録 来日編

 線状降水帯の発生による集中豪雨が猛威を振るっています。悲惨なニュースを見るにつけ、2年前の悪夢が甦ってきます。何事もなかった昨年同様に今回もかろうじて無事でしたが、まだ予断は許しません。これから毎年こんな気象が繰り返されるのかと思うと気が重くなります。そんな状況のなかですが、先週の土曜日から開催している「ボーダーライン福岡店店内セール」が意外や好調のようです。 セール開始から3日目の月曜日に、「土日でかなり売れています。まだこれから2週間近くもあるので追加をお願い出来ませんか?」という連絡がありました。レコード・ファンのセールへの渇望をひしひしと感じます。ということで、一昨日4箱を見繕って追加発送しました。






週刊誌の記録
「ビートルズと日本 ~週刊誌の記録 来日編」(大村 亨著,シンコーミュージック・エンタテイメント)

 大村本、3冊目の完成です。衝撃のデビュー作「ビートルズと日本!~熱狂の記録」が2016年3月。それからほぼ1年後の2017年4月に、「No.2!」にあたる「~ブラウン管の記録」を出版。そして今回3年余りの熟成期間を経て、「“ビートルズと日本”がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」ともいうべき「~週刊誌の記録 来日編」が完成したというわけです。ちょっぴりはしゃいだイントロになってしまいましたが、こんな奇書シリーズ(ほめ言葉)がこの4年間に3冊も出版されたという事実がとにかく嬉しいのです。それはひとえに大村さんの膨大なデータの蓄積と、それを整理して世に出すことにもはや使命感すら感じてしまったシンコー編集部スタッフの情熱が生み出した当然の結果にほかなりません。





shukanshi_202007110912448bb.jpg
インスタ映えのする巻頭カラー・グラビア(6ページ目に掲載)
現役時代にビートルズが表紙を飾っているレアな週刊誌達


 「インスタ」って、インスタントの略?と思えるほど画像が氾濫したネット世界ですが、今回も424ページもある分厚い本の中に活字がぎっしり詰め込まれています。さすがに簡単に読破出来る情報量ではありません。大村さんから以前「菅田さんの本ってずるいですよ。オールカラーであれだけのレア盤を掲載して」と図鑑シリーズに突っ込みを入れられたことがありますが、私としてはただ単に派手さを売物にするのではなく、リアルな日本盤の資料本を提示したいという意識もあったわけです。ですから対象へのアプローチの仕方で唯一無二のスタイルを築き上げた大村本の本質は、ある意味学術的とも言える「60年代マスメディア記録資料 ビートルズ編」だと思っています。







幻のビートルズ・フェスティバル            幻のビートルズ・フェスティバル2
「熱狂の記録」の“幻のビートルズ・フェスティバル”記事  「週刊誌の記録」の同記事

多くのページにトータル200を超える週刊誌記事が散りばめられ、しかも今回はそのほとんどを読めるサイズに調整しているという配慮が素晴らしい。ここが「熱狂の記録」で参考に掲載されていた週刊誌記事と決定的に違う点である。


  新聞や月刊誌と比べその信憑性が懸念される週刊誌記事ではありますが、それについても冒頭の「60年代の週刊誌記事の確度」でしっかり説明されています。今回対象にした17誌は「総合誌」「専門誌」「芸能誌」「ヤングアダルト誌」「ゴシップ誌」「女性誌」に分類され、それぞれに対する理路整然とした分析もなかなか読み応えがあります。内容的には“書き捨てごめん”の面白さを優先した記事も多いのですが、それらに対して徹底した大村さんの補足説明が入ります。“ビートルズ通ではない記者”が一般人に向けて書いた記事への“ビートルズ通の大村コメント”はお見事です。そこが単なるアーカイブ本とは違う大村本の価値でもあります。

 
 

すごいぞ!ビートルズ旋風
「週間読売」66年6月3日号に掲載された“ビートルズの社告が載ることを事前に知った中学2年生の女子6人(私と同期だ)が前日の夕方に読売新聞社を訪れ「日本でいちばん先に読みたい」と懇願した”という記事(彼女達に会いたい!)。
このブログ画像では見出ししか読めません。内容を知りたい人は本書の購入をお勧めします。


 自らをビートルズ通と意識している人の来日知識って、リアルタイマーや後追いファンの区別なく、「ミュージック・ライフ」「ティーンビート」「ポップス」「ビートルズ・レポート」といった当時の音楽専門月刊誌やルポルタージュ本の記事をベースに、その後出版された多くの来日関連本やネット上に流布している孫引き情報がほとんだと思うのです。一方で当時の週刊誌記事は、その寿命の短さやイメージされる信憑性の低さもあって、そのほとんどが遙か半世紀前の闇に葬られていたわけです。それを(頼まれてもないのに)容赦なく掘り起こし、徹底的にアーカイブしたのが今回の「週刊誌の記録 来日編」なのです。









「週刊平凡」66年7月14日号
「週刊平凡」66年7月14日号

「週刊明星」66年7月17日号
「週刊明星」66年7月17日号

「ヤングレディ」66年7月18日号
「ヤングレディ」66年7月18日号

 あまりに新ネタ多くて呆然としてしまうのですが、1例を挙げてみます。6月29日に行われた「ビートルズと加山雄三の対面」については、「熱狂の記録」でも3ページに要約されたものが既に掲載されています。しかしながら今回はそれを10ページに渡っで細かく紹介し、4誌の比較表すら提示してみせるのです(頼まれてもいないのに)。

ビートルズ・加山雄三食事会

「真実はひとつしかない」という大原則から多くの誤情報が推測出来ます。しかしながらそのことを差し引いても有効なのが、当時のオリジナル情報に漂っている空気感です。さらに(これは見逃せないのですが)、グラビアや記事内に挿入されている写真には決定的な真実が潜んでいます。大村さんは冒頭にこう書いています。「紙媒体の最大の魅力は、情報と共に時空がパック詰めされている点だろう。 (中略) 66年7月のとある時間が切り取られ、紙の上に固定され、永遠に変わることなく保持されている。いわばタイムカプセルだ。これはデジタル・メディアでは実現困難である。そして、ビートルズを追体験するには、当時の時代背景を把握していた方が抜群に面白い。」

憧れのビートルズ時代を追体験することに純粋に喜びを感じられる世代が、時に羨ましくもあったりします。同じビートルズ・フリークとしての共感があるのは確かですが、現役時代における孤独なビートルズ少年だった頃の、怨念にも似た想いを未だに引きずっているのも事実です。その燃えカスが完全に消えてしまいそうなほど歳も重ねてしまったのですが、特に今回の週刊誌に的を絞った3作目には、ビートルズに対する当時の大人社会の無理解や音楽に対する意識の低さを再確認することが出来ました。それと同時に、予想しなかったような意外な新発見もあったりしてそれはそれで充分楽しめました。次は「ラジオ番組の記録」でしょうか?期待してます。そして改めて今回の労作完成、お疲れ様でした!










ビートルズは終わらない

6月29日に無料配信された「ビートルズは終わらない」というイベントで、大村さんのトーク・ショーが観れます(7月末まで)。次回トーク・ショーの際は、是非ともこのビートルズ・ヘアーを頭につけて登場していただくことを希望します。

「週刊明星」66年7月17日号
「週刊明星」66年7月17日号に掲載された広告より
最終章のお楽しみコーナー「グラビア」「広告」(p399~p419)に掲載されたモノクロ画像は、ネットに流布しているありふれたカラー画像より数倍のインパクトあり

ビートルズの日(来日記念日)

2020オブジェ
4度目の御開帳(ビートルズ来日記念日)

 予想だにしなかった2020年の世界的危機のさなかですが、6月29日は今年も無事にやって来ました。こんな浮世(憂き世?)離れしたことをいつまで続けられるのか見当もつきませんが、まあこんなお目出度いビートルズ・バカが一人ぐらいいてもいいじゃあないですか。ということで、今日は54年目となる来日記念日なのであります。






ビートルズと日本 ~週刊誌の記録(来日編)
「ビートルズと日本 週刊誌の記録(来日編)」(大村亨 著、シンコーミュージック・エンタテイメント)

 そんな記念日を狙ったかのように(狙ったんでしょう)、大村亨さんの新作「ビートルズと日本 ~週刊誌の記録(来日編)」が本日シンコーミュージックから送られてきました。ありがとうございます。ついに3部作完成です。感無量。でもこれは決して“ビートルズ日本史研究家”大村亨としての完結編ではありません。あとがきからも、寡黙な?意気込みがビンビン伝わってきます。これからじっくり読ませていただきます。感想はいづれ後日。本日「ビートルズは終わらない!」という配信ライヴで、大村さんのトーク・ショーありました。








ボーダーライン店内セール

 今週末の7月4日(土)より、福岡の老舗中古レコード店「ボーダライン・レコーズ」福岡店内で出張セールをさせていただくことになりました。店長の甫足さんとは30年近いお付き合いをさせていただいております。それなりに吟味した、お手軽価格品多数放出しております。乞うご期待!

60年代ビルボード・トップ20日本盤リスト⑭  ー 61年11月~12月

(310、3)(310)(313)リッキー・ネルソンJET-1029(311)(311)マーベレッツJET-1569(312、4)(312)ジミー・ダーレンJET-1038(315)(315)パッシー・クラインDS-239
(316)(316)フェランテとタイシャーUA-10(317)(317)ジョニー・バーネットLIB-6(318)(318)ルロイ・ヴァン・ダイクM-1009(319)(319)チャビー・チェッカーJET-1054●
(321)(321)ジェリー・バトラーJET-1039★(322)(322)サンディー・ネルソンJET-1041◇(323)(323)トーケンスSS-1282(324)(324)イムプレッションズPS-88
(325)(325)ニール・セダカSS-1284(326)(326)ジョイ・ディーとスターライターズJET-1057(327)(327)ヘンリー・マンシーニ楽団SS-1274(329)(329)レターメン7P-244●
(330)(330)コニー・フランシスLL-2139◎(331)(331)レイ・チャールスPS-92(332)(332)エルヴィス・プレスリーSS-1278(333)(333)エンジェルズIS-5008
(334)(334)ビング・クロスビーDS-70

R60年代ビルボード・トップ20リスト⑭

 今回で60~61年の2年分が終了します。69年までやりますので、やっと5分の1が済んだ計算になります。先はまだ長いです。以前60年度の最後に集計した日本未発売曲は、164曲中43曲で全体の4分の1でした。今回61年度を集計してみたところ、170曲中52曲で全体の3分の1と逆に割合が増えていました。前回の集計時に「割合は年々徐々に減ってゆくのでしょう」と予測したのが見事に外れました。まだ全体を見渡せるところまで出来ていない分、今後の展開が楽しみでもあります。

61年度の最後の最後になって登場したビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」ですが、本国では1942年にレコードを発売して以来ちょくちょくチャート・インしていたようです。ただし60年代に入ってからはトップ20入りしたのは何故か61年のみで、61年という年にいったい何があったのかちょっと気になります。ということで「ホワイト・クリスマス」の国内盤(テイチク)の発売の流れを振り返ってみることにしました。

white christmas DE-70
ビング・クロスビー/ホワイト・クリスマスの国内初レコード(SP盤)<DE-70> 

日本で最初にレコードが発売されたのは1952年11月のことで、当然SP盤でした。


ビング・クロスビーD45-70
国内初シングル<D45-70>

テイチクの56年度目録で確認出来る45回転シングル盤の最初は、ハード袋ジャケのD45-70というレコード番号で、54年11月の発売となっています。


white christmas D45・DE-70
<D45-70・DE-70> *SP兼用ジャケ

ところがD45-70には、数が少ないですがDE-70とのSP兼用ジャケも存在しています。縦長ジャケという形態からしてこちらの方が古いイメージがありますが、兼用ジャケに関するデータが乏しいため断定は避けます。


DE9-70内袋
<DE9-70>の内袋

さあここから徐々に泥沼に入って行きます。テイチク45回転の黎明期にあたる1954~55年に関しては、国会図書館にも総目録が欠落しており月報等の資料を参考にせざるを得ないのですが、ややこしいことにこの時期には「D45」とは別に「DE9」という45回転盤の規格が存在しています。D45は50枚ぐらい目録でも確認出来るのですが、DE9は資料不足もあって10枚ちょっとしか現物も確認出来ていません。「ホワイト・クリスマス」にも当然のことながら<DE9-70>がありますが、単独ジャケは現在のところ未確認で、盤とクリスマス用の派手な内袋しか見つかっていません(内袋の右下には英語で書かれたAB面の曲名とアーティスト名、レコード番号<DE9-70>が印刷されたシールが貼付されています)。


ビング・クロスビーDE9-71    DE9-71~2内袋
ビング・クロスビー/きよしこの夜<DE9-71>  DE9-71と72の内袋下部 

この内袋がジャケにあたるのではないかと思われがちですが、「ホワイト・クリスマス」に続く「きよしこの夜」<DE9-71>の内袋付きジャケが見つかっているため、「ホワイト・クリスマス」<DE9-70>も間違いなく縦長ジャケが存在すると考えられます。


紅の翼DE9・DE-268
ビクター・ヤング楽団/紅の翼<DE9-269・DE-269> *SP兼用ジャケ

もういいかげん嫌になってくるのですが、別の曲でDE9とDEのSP兼用ジャケまで見つかっています。ということは、DE9-70とDE-70の兼用ジャケが存在する可能性もあるわけです。


us 9-23778
「WHITE CHRITMAS」のUS盤<Decca 9-23778>

DECCA30th、テイチク55年1月
テイチク月報(Decca第30回発売)55年1月?
DE9-257~285までで、6枚のDE9盤が確認出来ます。


57年2月にDS盤が登場するまでのテイチクのシングル(D45,DE9)は、考えてみたら54年末まではほとんどがSPと同番号での再発盤という形態をとっています。55年に入ると、徐々にD45のみの新譜も増えてきています。D45に多いハード・ジャケとは別に縦長ジャケのDE9を作った意図は何だったのか。あまりに数の少ないDE9盤は、月報から推測するにほぼ54年末から55年頭にかけての僅か数ヶ月に発売されたもののようです。ですから54年度か55年度の総目録の内容によっては、<DE9-70>盤がデビュー・シングルの可能性だってあるわけです。それにしても、DE9の「9」って何なんでしょう?もとを正せば米国DECCA45回転盤のレコード番号の頭に伏してある9-から借用したものでしょうが、「45回転盤の4と5を足した9と言う数字を加えて、単純なDE盤(SP)と区別したのではないか」という意見があります。悶々とした頭にスカっと一撃を加える、何ともどストライクな推測ではないですか!(当ってるかも)


ビング・クロスビーDS-70・DE-70兼用ジャケ (1)
<DS-70・DE-70>SP兼用ジャケ

60年代全般を通して廃盤になることなくずっと生き続ける<DS-70>というレコード番号が初めて登場したのは57年10月のことでした。DE→D45(DE9)→DSと規格を変えながら、SP盤時代に端を発した「70」という番号を変えることなく毎年クリスマス・シーズンに繰り返し発売し続けた「ホワイト・クリスマス」ですが、これに続く「きよしこの夜」<DS-71>も同様に、60年代末まで「71」という番号をキープし続けることになります。
D45-71.jpg      DS-71.jpg
「きよしこの夜」<D45-71>*ハード袋ジャケ   同<DS-71>*通常分離ジャケ





最後に<DS-70>のみの分かりやすい60年代推移を示し、日本盤「ホワイト・クリスマス」考察の締めとさせていただきます。

(334)ビング・クロスビーDS-70
61年度350円盤(同ジャケのまま330円盤に引き継がれます)

テイチク月報61年12月号     テイチク月報61年12月
テイチク月報61年12月号

さすがトップ20入りした年の表紙だけのことはあります。派手ですね(なぜトップ20入したかの推測は及ばず)。


bing crosby4
66年度370円盤

テイチク月報66年12月号   テイチク月報66年12月
テイチク月報66年12月号


bing crosy5
68年度400円盤

テイチク月報68年12月号     テイチク月報68年12月
テイチク月報68年12月号














ビル・ヘイリーD45-498◎□
ビル・ヘイリーと彼のコメッツ/ルディーズ・ロック<D45-498>
D45規格のラストと思われるシングル(57年1月)




ビル・ヘイリーと彼のコメッツ/ロック・アラウンド・ザ・クロック<DE-329>
ビル・ヘイリーと彼のコメッツ/ロック・アラウンド・ザ・クロック<DE-329> *SP盤(55年6月)

ビル・ヘイリーDS-8(1st)◎
<DS-8>として57年4月に発売された「ロック・アラウンド・ザ・クロック」45回転盤 *ジャケ4種類あり
映画「暴力教室」は55年当時日本でも放映され、主題曲「ロック・アラウンド・ザ・クロック」のSP盤も当然のように発売されている<DE-329>。しかしながら<DS-8>以前の<D45-329>(時期的に<DE9-329>の存在は考えがたい)の45回転盤は何故か未確認。55年度の総目録ノー・チェックなので断定は出来ないが、あまり売れてなさそうなD45盤も多くある中で、これだけの話題曲がなぜ当時45回転シングル盤で発売されなかったのか。仮に出てくれば、エルヴィスのジャケ付「忘れじのひと<ES-5035>級の大発見か?!

60年代ビルボード・トップ20日本盤リスト⑬  ー 61年10月

(292)(292)ヘイリイ・ミルズLED-235(293)(293)レターメン7P-237(294)(294)トロイ・ションデルLIB-13(295)(295)トニー・オーランドNS-76
(297)(297)ダイオンJET-1018(298)(298)パリス・シスターズJET-1042●(299)(299)ジミー・ディーンLL-315(チャート)◎●(300)(300)スー・トンプソンJET-1414
(301)(301)シャンテルスJET-1032(302)(302)チャビー・チェッカーJET-1055(304)(304)エヴァリー・ブラザースWB-41◎(305)(305)ジーン・マクダニエルスLIB-7
(306)(306)コニー・フランシスLL-2128◎(308)(308)ブレンダ・リーDS-234

R60年代ビルボード・トップ20リスト⑬


british rc
「BRITISH RECORD CHARTS 1955―1978」(Tony Jasper、M&J、1978年)

british rc2


 まずLee Dorseyの「YA YA」ですが、個人的にはジョンがカヴァーしたということで気になる曲ではあります。Doneysの「Devil In His Heart」のようなマイナー曲をカヴァーしてるビートルズですからこの曲もと思いきや、全米チャートでは7位まで上がっているんですね。ただUKチャートでのランク・インは確認出来ず、当然日本では未発売となっています。日本独自の洋楽チャート・シーンがあるように、UK独自のチャート・シーンが形作られていたのも確かです。

ヘイリー・ミルズ罠にかかったパパとママ
レッツ・ゲット・トゥゲザー」が歌われる映画「罠にかかったパパとママ」のポスター

そんななか、米英日共通してヒットしているのがヘイリー・ミルズの「レッツ・ゲット・トゥゲザー」です。イギリス出身であることや日本でこの曲が収録された映画が62年(米は61年)に公開されたことも原因しているのでしょうが、米8位、英11位、日3位の最高位となっています。


(292-1)ヘイリイ・ミルズHIT-121(LEDと違うジャケ)
ジャケの異なる「レッツ・ゲット・トゥゲザー」の再発盤<HIT-121>

「レッツ・ゲット・トゥゲザー」<LED-235>が日本で最初に発売されたのが62年1月。ビルボードトップ20入した61年10月から3ヶ月後と妥当な発売でした。それから2ヶ月後に日本で映画公開されているようなのですが、翌63年には再発盤<HIT-121>が発売されています。その映画公開もきっかけの一つになったのかと思わせる再発盤ですが、この再発盤を掘り下げてみたところ、とんでもないキングレコードの大口再発企画の実態が見えてきたのです。

リトル・エヴァLED-278         リトル・エヴァHIT-132(LEDと同じジャケ)
リトル・エヴァ/ロコ・モーション<LED-278>      同<HIT-132>

オールディーズの日本盤にいくらか興味をお持ちの方はご存じかと思うのですが、リトル・エヴァの「ロコ・モーション」には同じジャケの再発盤があります。LEDの規格番号廃止に伴い登場したと思われたHITナンバーですが(63年1月),どっこいそれだけではありませんでした。


ジョニー・ティロットソンFS-6        HIT-162.jpg
ジョニー・ティロットソン/どうにも出来ない<FS-6>    同<HIT-162>

リンダ・スコット(B)IS-5012        リンダ・スコット(B)HIT-171(ISと同じジャケ)
サント・アンド・ジョニー/ツイスト・ジングル・ベル<IS-5012> 同<HIT-171>

レイ・チャールズPS-115        HIT-155.jpg
レイ・チャールズ/泣かずにいられない<PS-115> 同<HIT-155>*ジャケ違い

FSや1S、PSナンバーからのHITへの切り替えもありました。62年からビクターに変わったMSナンバー以外、63年にはそれまでの洋楽規格がすべてHITに統合されていたのです。



キング月報63年9月
キング月報63年9月号

キング月報63年9月3
ユベール・ビアンコ楽団/地下室のメロディー<HIT-100>が63年7月20日臨発で、第1期HIT新譜発売の最後となっています。

キング月報63年9月2
トミー・ロウ/キッス・アンド・ラン<HIT-174>が63年8月1日臨発で、第2期HIT新譜発売の最初となっています。

以前ジョニー・ティロットソンの「ポエトリー」の日本発売を紹介した時に“63年末から64年にかけてキングで全米チャート曲の復活ブームがあったのではという気もします。”と書いたのですが、63年の夏にとんでもない大口再発があったようです。9月号月報に<HIT-100>と<HIT-174>が同時掲載されていたことで、HIT-101~173の73枚が再発のために各規格番号順で振り分けられていたことが判明したのです。
 
HIT-101~141の41枚がLED(LONDONレーベル)の再発
HIT-142~158の17枚がPS(ABCパラマウント・レーベル)の再発
HIT-159~162の4枚がFS(CADENCEレーベル)の再発
HIT-163~173の11枚がIS(キング・インターナショナル・レーベル)の再発
*PS-148と149のポール・アンカのみ単純な再発ではなくゴールデンカップリングとなっています。


■タイプ1(同一ジャケでの再発)

ジョニーとハリケーンズLED-146          ジョニーとハリケーンズHIT-119(LEDと同じジャケ)
ジョニーとハリケーンズ/レッド・リヴァー・ロック<LED-146>  同<HIT-119>

■タイプ2(別ジャケでの再発)

ケイシィ・リンデン/グッドバイ・ジミー・グッドバイLED-139          ケイシィ・リンデン/グッドバイ・ジミー・グッドバイHIT-116
ケイシィ・リンデン/グッドバイ・ジミー・グッドバイ<LED-139>  同<HIT-116>

テディ・ランダッツォPS-83          HIT-146.jpg
テディ・ランダッツォ/ワン・モア・チャンス<PS-83>  同<HIT-146>

■タイプ3(同一・別ジャケと2種類ある再発)

リトル・リチャード/グッド・ゴーリー・ミス・モーリーLED-89          リトル・リチャードHIT-108

リトル・リチャード/グッド・ゴーリー・ミス・モーリー<LED-89>  同<HIT-108>

リトル・リチャード/グッド・ゴーリー・ミス・モーリーHit-108
同<HIT-108>*別ジャケ

チャンプスLED-249          チャンプスHIT-122
チャンプス/テキラ・ツイスト<LED-249>       同<HIT-122>

チャンプスHIT-122の2
同<HIT-122>*別ジャケ


当時の「ミュージック・ライフ」や「ポップス」、マンスリーや月報でもチェックしてみたのですが、「63年夏のキンク大口再発」の発売告知は見つけることが出来ませんでした。ビートルズにおけるアップル盤の単純な再発も、レコード会社的には同一商品と見なすのか、目録から漏れてたり発売日もオデオン盤と同じに管理されていたりします。あえて宣伝する必要もないのかもしれません。旧規格の初版在庫が売り切れた都度HITナンバーで再プレスしたのか、73枚のうち市場で確認出来ているのは20枚程度です。ただハッキリと出てないと断定出来ないのがレコードの奥深さでありロマンでもあります。売れそうなものを中心に担当者がセレクトしたのでしょうが、スリー・ファンキーズのカヴァーが効いたのか、バリー・マンの「踊ろよベイビー」も再発リストにあったりします。これの別ジャケでも出てきたら、間違いなくコレクターには卒倒ものでしょう。      
プロフィール

thisboy1994


>>買取のお問い合わせはこちら

●店長「菅田」
 1952年広島県安芸津町生まれ。獅子座のAB型。ビートルズをたまにしか聴かないビートルズ・フリーク。
●スタッフ「オイリー」
 A型、初代ミス・ジスボーイ、元ユニコーン(及び新日本プロレス)・ファン
●スタッフ「モンリー」
 A型、元PANTA FC会員(’83~'01)

●スタッフ「スーザン」
 B型、2代目ミス・ジスボーイ、初レコ:中森明菜

●スタッフ「白井」
 O型、趣味:釣り、初CD:フランキー・ヴァリ&フォー・シーズンス

【買取専用フリーダイヤル】
0120-50-1041【13時~20時】
0120-0846-45【9時~13時(菅田)】

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示